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第二章 アストライア大陸
第六十話 友と信念
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「人を馬鹿にするのもいい加減にしろアーキダハラ! 俺たちは狂ってなどいない。むしろお前たちの方がおかしいのだ。ウダボルスティに、お前の言うような副作用などあるものか! よく目を見てみろ、みんな正常そのものじゃないか!」
アーキダハラの発言を受けて、一人の男が彼に掴みかかる。周りのことなど少しも見えていないのか、それとも感覚がバグっているのか、俺の敏感な聴覚には痛いほどの声量だ。とても健常者のそれとは思えない。
それに、正常な判断も出来ていない。掴みかかっている男は間違いなく普通の人間だが、ダルそうにしているのは森の精霊だ。彼にかかれば、人間程度指先だけでも打倒できる。そんな、当然の常識すら分からなくなっているのだ。この男は。
「何度も説明しただろう。ウダボルスティは危険な薬物だ。お前たちは中毒症状に陥っている。これ以上アレを摂取し続ければ、今度は脳が潰れて廃人になるぞ。もしくは、あまりの衝撃に心臓が止まる。アレは、そういう植物なんだ!」
アーキダハラは、ガラにもなく声を荒げている。きっと、俺には想像もできないほどの地獄を味わってきたのだろう。このウダボルスティによって。それこそ、ボンスタもそうだったのだろうな。
これは俺の考察だが、地球にあるコ〇インや覚〇い剤ほどの威力はないはずだ。科学的な処理は何も施されていない、自然界にある状態の薬物。当然、その快楽も小さければ、副作用や中毒症状も軽いはずである。
しかし、アレが薬物であることに変わりはない。一時的な快楽と全能感をもたらし、反動で気だるさが身体を襲う。そしていつしか、アレがなくては生きられない体になるのだ。
まだ、数日に一回で済んでいるうちは良い。たまの快楽に身をゆだねるのも、また人間らしさがある。だが、中毒というのは恐ろしいものだ。
数日に一回が一日一回に変わり、一日二回、三回と頻度が増え、さらには一時間に一回、三十分に一回となったころには、もうソイツの人生はお仕舞だ。
それに、酒と併用しているのも非常によろしくない。酔った勢いで一度に摂取する量が増え、さらにその快楽で酒をあおる。最も避けるべき悪循環だ。これに嵌っては、いかに症状が軽いと言えど精神が持たない。
「いい加減に目を覚ましてくれ。幸い、今ならまだ回復できる段階なんだ。みんな、二日に一回の頻度で摂取しているんだろう? それなら、数十日で回復した奴がいる。お前たちも元に戻るかもしれない。ウダボルスティはもう止めにしないか!」
ついに、アーキダハラが勢いよく男の手を払いのけた。彼にとっては軽く払っただけでも、人間には攻撃と同じ。男は大きくよろけ、廊下の壁に背を打ち付けた。
「ッいってぇじゃねぇかアーキダハラ! お前こそいい加減にしろ。この薬を止めろだと? 人を異常者扱いするなといつも言っているだろうが! それにな、俺たちはもうみんな毎日ウダボルスティをキメてるさ。一日一回? 笑わせるなよ、そんなんで足りるわけねーだろうがよ!」
そう、だろうな。ウダボルスティは効力が弱い。その分、耐性がついてしまったら大量に摂取しようとするのは、誰でも予想できたことだろう。
〇麻の快楽では足りなくなって、覚〇い剤に手を出すようなものだ。
「もう、ダメだ……。俺ではお前たちを救うことはできない。これ以上、俺に手の施しようはない。選べ、どうして欲しい。このままの生活を続けるか、潔く死を選ぶか。俺としては、死にゆく友を苦しませたくはない」
「友? 今俺たちのことを友と言ったのか? ハハハ、本当にお前はバカだな。友ってのは、どんなに恐ろしくとも一緒に道を歩む者のことだ。ウダボルスティが怖くて逃げたのはお前じゃないか! 殺せるものなら殺して見せろ。弱虫のお前にできるのならな!」
男は再びアーキダハラの胸倉を掴み、顔面に向かってそう言い放った。
あまりにも酷い言葉だ。言われているのは俺でないのに、どうしてか自分のことのように胸が苦しくなる。きっと、アーキダハラはこれ以上の苦痛を味わっているのだろう。
「そう、か。そうであったか。友と思っていたのは、俺だけだったのか。……ならば、お前たちなど名前さえも忘れてしまおう。所詮、人間とは相容れなかったのだ。俺たちは、交わるべきではなかったのだ……!」
素早い手刀。俺の目にも、光のように速い動きであった。
恐らく、転移魔法を応用したものだろう。なんの抵抗もなく、胸倉を掴んでいた男の首が落ちた。そして、後方で酒を煽っていた男たちも、糸の切れた操り人形のようにゴトリと倒れる。
「殺したのか、アーキダハラ。アレは、君の友だったのではないか」
「友さ。少なくとも、俺はそう思っていた。しかし、これ以上友が苦しむのは見ていられない。苦しむ友に、何もしてやれない自分が許せない。このまま見殺しにするのであれば、友の苦しみを俺が肩代わりしよう。俺は友を殺した悪者だ。その業を、一生背負って生きていく覚悟はある」
アーキダハラは、やはり誠実な人間だ。彼ほど信念の強い者はそういないだろう。
いったいどうして、友のことを想いながら殺害できようものか。友の苦しみを払い、代わりに自分が業を背負うとは。ある種まっすぐな精神の持ち主だ。
こんなたとえ話がある。いや、実話だったか。何分、20年以上前に日本で聞いた話だ。もうほとんど覚えていない。だが、アーキダハラのまっすぐさに、何故かこの話を思い出した。
南極に向かう研究チームが二つある。ひとつは日本のもので、もうひとつはアメリカのものだ。どちらも、数匹のイヌを連れて調査に向かっていた。
一行は順調に調査を進めていた。そんなある日、事件が起きるのだ。
到着する予定だった食料の詰まれた舟が、巨大な流氷にぶつかって沈没してしまうのだ。
南極は、食料を現地調達できるような環境ではない。その舟が、文字通りの生命線であったのだ。調査員たちは焦った。今ある手持ちの食料では、次の舟が到着するまでに間に合わない。どうにかして、自分たちが本国に帰還するべきだと。
しかし、大きな課題がひとつ。イヌの食料が不足していたのだ。人間の食べ物を一部与えることも可能だが、それでは自分たちが本国まで辿り着けなくなる。
両国とも、連れてきたイヌは置いて去るしかなかったのだ。
とても可愛がっていたイヌだ。食事睡眠を共にし、命の危険もある探索を乗り切ってきた仲間。休日には存分に遊んでやるし、仕事の合間にも気にかけている。そんなイヌたちを、誰も見殺しにしたいとは思わなかった。
日本人のチームは、彼らのリードを外しケージも解放して立ち去った。
残っている餌もそのままに、あわよくば現地で生活できないかと願って。そして、自分たちが戻ってきたとき、また出迎えてくれるものと信じて。
アメリカ人のチームは、手に持っていたライフルで一匹ずつ殺した。
彼らが餓死するのは目に見えている。過酷な南極で生活していくことも、まず叶わないだろう。自分たちは間に合わない。だから、せめて苦しまないよう殺したのだ。
俺は、どちらの判断も悪いとは思わなかったし、良いとも思わなかった。ただ、理解はしたし、納得も出来た。どちらにも共感できるし、自分がその状況に陥った時、どうするのか悩みに悩むのだろうと思った。
しかし、受け入れることは出来なかった。だって、どちらも残酷すぎるではないか。
日本人がイヌを放置することで、彼らは必ず飢餓に苦しむ。ともすれば、共食いを始めるかもしれない。それはあまりにも悲惨だ。
かといって、アメリカ人のように打ち殺すのはどうだ。今まで仲間と思っていた人間に、無情にも殺される気分は最悪だろう。イヌには、こちらの意図など半分も伝わらないのだから。
ある種の嫌悪感だろうな、俺が感じたのは。受け入れられないものへの反発とも言える。
そして、その時と同じような感情を、今俺はアーキダハラに抱いたのだろう。だから、このエピソードを思い出してしまった。
気付くと、俺はアーキダハラを殴り飛ばしていた……。
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アーキダハラは、ガラにもなく声を荒げている。きっと、俺には想像もできないほどの地獄を味わってきたのだろう。このウダボルスティによって。それこそ、ボンスタもそうだったのだろうな。
これは俺の考察だが、地球にあるコ〇インや覚〇い剤ほどの威力はないはずだ。科学的な処理は何も施されていない、自然界にある状態の薬物。当然、その快楽も小さければ、副作用や中毒症状も軽いはずである。
しかし、アレが薬物であることに変わりはない。一時的な快楽と全能感をもたらし、反動で気だるさが身体を襲う。そしていつしか、アレがなくては生きられない体になるのだ。
まだ、数日に一回で済んでいるうちは良い。たまの快楽に身をゆだねるのも、また人間らしさがある。だが、中毒というのは恐ろしいものだ。
数日に一回が一日一回に変わり、一日二回、三回と頻度が増え、さらには一時間に一回、三十分に一回となったころには、もうソイツの人生はお仕舞だ。
それに、酒と併用しているのも非常によろしくない。酔った勢いで一度に摂取する量が増え、さらにその快楽で酒をあおる。最も避けるべき悪循環だ。これに嵌っては、いかに症状が軽いと言えど精神が持たない。
「いい加減に目を覚ましてくれ。幸い、今ならまだ回復できる段階なんだ。みんな、二日に一回の頻度で摂取しているんだろう? それなら、数十日で回復した奴がいる。お前たちも元に戻るかもしれない。ウダボルスティはもう止めにしないか!」
ついに、アーキダハラが勢いよく男の手を払いのけた。彼にとっては軽く払っただけでも、人間には攻撃と同じ。男は大きくよろけ、廊下の壁に背を打ち付けた。
「ッいってぇじゃねぇかアーキダハラ! お前こそいい加減にしろ。この薬を止めろだと? 人を異常者扱いするなといつも言っているだろうが! それにな、俺たちはもうみんな毎日ウダボルスティをキメてるさ。一日一回? 笑わせるなよ、そんなんで足りるわけねーだろうがよ!」
そう、だろうな。ウダボルスティは効力が弱い。その分、耐性がついてしまったら大量に摂取しようとするのは、誰でも予想できたことだろう。
〇麻の快楽では足りなくなって、覚〇い剤に手を出すようなものだ。
「もう、ダメだ……。俺ではお前たちを救うことはできない。これ以上、俺に手の施しようはない。選べ、どうして欲しい。このままの生活を続けるか、潔く死を選ぶか。俺としては、死にゆく友を苦しませたくはない」
「友? 今俺たちのことを友と言ったのか? ハハハ、本当にお前はバカだな。友ってのは、どんなに恐ろしくとも一緒に道を歩む者のことだ。ウダボルスティが怖くて逃げたのはお前じゃないか! 殺せるものなら殺して見せろ。弱虫のお前にできるのならな!」
男は再びアーキダハラの胸倉を掴み、顔面に向かってそう言い放った。
あまりにも酷い言葉だ。言われているのは俺でないのに、どうしてか自分のことのように胸が苦しくなる。きっと、アーキダハラはこれ以上の苦痛を味わっているのだろう。
「そう、か。そうであったか。友と思っていたのは、俺だけだったのか。……ならば、お前たちなど名前さえも忘れてしまおう。所詮、人間とは相容れなかったのだ。俺たちは、交わるべきではなかったのだ……!」
素早い手刀。俺の目にも、光のように速い動きであった。
恐らく、転移魔法を応用したものだろう。なんの抵抗もなく、胸倉を掴んでいた男の首が落ちた。そして、後方で酒を煽っていた男たちも、糸の切れた操り人形のようにゴトリと倒れる。
「殺したのか、アーキダハラ。アレは、君の友だったのではないか」
「友さ。少なくとも、俺はそう思っていた。しかし、これ以上友が苦しむのは見ていられない。苦しむ友に、何もしてやれない自分が許せない。このまま見殺しにするのであれば、友の苦しみを俺が肩代わりしよう。俺は友を殺した悪者だ。その業を、一生背負って生きていく覚悟はある」
アーキダハラは、やはり誠実な人間だ。彼ほど信念の強い者はそういないだろう。
いったいどうして、友のことを想いながら殺害できようものか。友の苦しみを払い、代わりに自分が業を背負うとは。ある種まっすぐな精神の持ち主だ。
こんなたとえ話がある。いや、実話だったか。何分、20年以上前に日本で聞いた話だ。もうほとんど覚えていない。だが、アーキダハラのまっすぐさに、何故かこの話を思い出した。
南極に向かう研究チームが二つある。ひとつは日本のもので、もうひとつはアメリカのものだ。どちらも、数匹のイヌを連れて調査に向かっていた。
一行は順調に調査を進めていた。そんなある日、事件が起きるのだ。
到着する予定だった食料の詰まれた舟が、巨大な流氷にぶつかって沈没してしまうのだ。
南極は、食料を現地調達できるような環境ではない。その舟が、文字通りの生命線であったのだ。調査員たちは焦った。今ある手持ちの食料では、次の舟が到着するまでに間に合わない。どうにかして、自分たちが本国に帰還するべきだと。
しかし、大きな課題がひとつ。イヌの食料が不足していたのだ。人間の食べ物を一部与えることも可能だが、それでは自分たちが本国まで辿り着けなくなる。
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とても可愛がっていたイヌだ。食事睡眠を共にし、命の危険もある探索を乗り切ってきた仲間。休日には存分に遊んでやるし、仕事の合間にも気にかけている。そんなイヌたちを、誰も見殺しにしたいとは思わなかった。
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残っている餌もそのままに、あわよくば現地で生活できないかと願って。そして、自分たちが戻ってきたとき、また出迎えてくれるものと信じて。
アメリカ人のチームは、手に持っていたライフルで一匹ずつ殺した。
彼らが餓死するのは目に見えている。過酷な南極で生活していくことも、まず叶わないだろう。自分たちは間に合わない。だから、せめて苦しまないよう殺したのだ。
俺は、どちらの判断も悪いとは思わなかったし、良いとも思わなかった。ただ、理解はしたし、納得も出来た。どちらにも共感できるし、自分がその状況に陥った時、どうするのか悩みに悩むのだろうと思った。
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かといって、アメリカ人のように打ち殺すのはどうだ。今まで仲間と思っていた人間に、無情にも殺される気分は最悪だろう。イヌには、こちらの意図など半分も伝わらないのだから。
ある種の嫌悪感だろうな、俺が感じたのは。受け入れられないものへの反発とも言える。
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