※異世界ロブスター※

Egimon

文字の大きさ
上 下
45 / 84
第二章 アストライア大陸

第四十四話 言葉と仕草

しおりを挟む
 深い夜、俺は相棒のスターダティルと共に星空を見上げていた。
 海で暮らしていたころも空を見ることは良くあったが、やはり地上で見るのは雰囲気が違う。それに、わざわざ海面まで来なくても、ただ顔を上げれば星が見えるというのは、俺にとって馴染み深くもあり、同時に新鮮でもあった。

 この世界の環境は地球とそう変わらない。夜空に浮かぶあの月を見ても、それが良くわかる。きっとあれがなければ、この星は地球とはまったく異なる環境になってしまうのだろう。月がもたらす影響は、思いのほか大きい。

 本当に、パラレルという男の偉大さが良くわかった。こんな星を見つけ、そして地球という遥か彼方から俺を連れてこれる。そんな芸当は、人類では無限の時を重ねても不可能だろう。根本からして、人類と彼とでは差がありすぎる。

 そしてそれは、タイタンロブスターとなった俺でも到達できない領域だ。たとえ俺が無限の命を持っていようとも、パラレルさんに追いつくのは絶対に不可能だと確信している。

 何故か。それは、俺たちの用いる力の全てが、パラレルさんただ一人から漏れ出たエネルギーの一端でしかないからだ。魔法の根源であり中心。それがパラレルという男だ。
 その気になれば、この星空ですら砕けるのだろう。それも、きっと何でもないかのように振る舞うはずだ。

 夜の空は、どうしてか俺にパラレルさんを思い出させる。きっとそれは、初めて会った時、彼が黒よりも暗い深淵の色をしていたからだろう。どこまでも続く『穴』としか表現できない彼の姿は、ちょうどこの『夜』と重なっていた。

「ニー、こんな遅くまで起きていて大丈夫? 今日はかなりの距離歩いたし、疲れが溜まってるんじゃない? 夜番ならアタシがやるから、みんなと休んできた方が良いよ」

 俺が星空を眺めていると、不意にウチョニーが声を掛けてきた。
 月の光に照らされ、彼女の分厚い外骨格が妖しく輝いている。その光景は、タイタンロブスターとして成長した俺の感性をこれでもかというほど刺激していた。

「大丈夫だよ。人間のペースに合わせていたんだから、疲れなんて大した事ないさ。それに、夜番ならスターダティルに任せておけばいい。コイツは夜行性だからね。賢いし、強い。奇襲を心配することはないよ」

 俺はどうにか興奮する頭を抑え、言葉を紡いだ。それはなんてことはない、特に意味も持たない言葉だ。しかし俺が冷静になるのに充分な時間を稼いだ。もう大丈夫。

 まったく、本当に心臓に悪い。ウチョニーは、自分がとても魅力的な女性だということを分かっていないんじゃないか。鈍感というかピュアというか、自分が他人にどう見られているのか察する力に欠けている。

「それより珍しいね、ウチョニーがこんな時間に起きているなんて。どうしたんだい?」

「う~ん、ニーの声が聞きたくなっちゃった……なんて!」

 グッ! 俺のハートに1000のダメージッ!

 なんだそれ、ずる過ぎるだろ。こんな夜遅い時間に起きて、寂しかったから俺の声が聴きたくなっちゃった? こんなに可愛い女性がこの世に存在したとは!
 そして極めつけは、最後の照れ隠し。どこまでも俺の心を揺さぶる!

 ……いや、冷静になれニーズベステニー。俺は賢い男だ。この程度で流されてはいかん!
 こんな時間にウチョニーが起きているのは、本当に珍しいんだ。ただ目が覚めただけではないはず。きっと何か用があって来たんだ。

 そもそもタイタンロブスターは、大きくなるにつれて睡眠時間が短くなる。この理屈は正直良く分かっていないが、地球のゾウやキリンの睡眠時間が短いことと同じだろうと、勝手に結論付けている。

 俺の場合は、魔法で睡眠時間を調節出来たり、起きている間にも内臓の活動を休ませたり出来る。これも、生態魔法の応用だ。開発したのは俺じゃなくて師匠だが。
 これのおかげで、俺は自分の身体をコントロールできる。

 それと、若干の遺伝子異常もあるんじゃないかと思う。ショートスリーパーと同じだ。睡眠に関する遺伝子に異常が発生して、休息に必要な時間が短くなる。特に体調が悪くなったりはしないから、今のところは放置していた。

 しかしウチョニーは何故か特殊で、俺よりも遥かに大きな身体を持ちながら、睡眠時間が比較的長い。これも遺伝子異常の一種なのかと思ったが、他にも彼女の身体は通常のタイタンロブスターと異なる点がいくつも見られた。

 例えば、ムドラストの妹であるにもかかわらず、知能を獲得するのが異様に遅いこととか、年齢的にはかなり若いのに、既に父アグロムニーにも匹敵するほどの大きさを持っていることとか。
 とにかく彼女は、何か特別な性質を持っている。それが何かは、まだ分からないんだが。

 その彼女が、こんな夜中に起きている。
 そう、本来必要ないはずなのに、無駄に昼寝をむさぼったり、俺が朝食を作り終わるまでかたくなに起きなかったりと、とにかく寝ることが大好きな彼女が、それを押し切ってこの時間に話しかけてきたのだ。何もないはずがない。

「アタシさ、ニーに迷惑かけちゃってないかって心配になって。アタシの方がお姉さんだし身体も大きいのに、ずっとニーに守られてばっかりだし、正直自信失くしちゃう。みんなもアタシのこと怖がってるよね」

 ……なるほど、彼女も悩んでいたのか。
 彼女は賢い。それに器用だ。村でも大いに活躍してくれた。しかし彼女の本当の強味は、実戦での戦闘能力にある。それを、村では発揮することが出来なかった。

 あの時は、村人が自分たちで村を守れることを優先していた。だから、俺たちが手を出すことはなかったんだ。その結果、ウチョニーはこれと言って活躍することが出来なかった。俺が一人で張り切り過ぎて、彼女を置いてけぼりにしてしまったのだ。

 だがここで俺がすべきは、俺がどれだけ彼女に助けられているのか理路整然と語ることではない。俺の言葉ではなく、彼女自身の実感としてそれを受け入れられなければ、ただの言葉など苦痛でしかない。だから……。

「そう、だったか。ウチョニー、気付いてあげられなくてごめんな。それと、話してくれてありがとう。気付かせてくれてありがとう」

 俺は自分でも不思議なくらい自然に、彼女の鋏を抱いていた。
 鋏が最大の攻撃武器であるタイタンロブスターにとって、それに身を預けることは、相手への最大の信頼を示す。彼女が俺を攻撃することなど、絶対にありえないと確信できた。

「ちょ、ちょっとニー!? いきなり何してるの!?」

「これが俺の答えだよ。君が寂しい想いをしたのなら、君が悩んでいたのなら、全部俺に話してくれ。俺はそれを全部、受け止めて見せるから。余計な言葉を言ったら、君はもっと自分で抱え込んでしまうだろ? だから、これが答えだよ」

 変に言葉で説明すれば、彼女は心のどこかでそれを嫌がる。きっと、言葉というものを不快に感じるのだろう。時に言葉は、煩わしいだけの雑音になり下がる。
 それが嫌で、結局俺に相談してくれなくなる。以前にも、彼女が一時期口を聞いてくれなくなったことがあった。俺はその時の至らなさを、絶対に忘れはしない。

「……ありがとう、ニー。ずっとアタシを支えてくれて。ホントはアタシがニーを守るつもりだったのに」

「そんなことはないさ。俺だって、ウチョニーにずっと助けられている。こうして信頼しているのが、何よりの証拠だよ」

 どうして信頼しているのか、何がきっかけで信用するに至ったか。説明するのは簡単だ。しかしそれは、必ずしも彼女に受け入れてもらえるとは限らない。むしろ、それこそ彼女を不快にさせかねないのだ。そんなことは、俺も当然望んでいない。

 だから言葉なんかいらないんだ。俺たちは、こうして互いの身体を預け合えば、相手が何を思っているのか理解できる。今はそれに頼ればいい。

「アタシ、頑張るよ。頑張って、もっともっとニーのこと支える。迷惑なんて絶対にかけない。だから……もう少しだけこうしていて」

 満点の星空の中、人間も動物も寝静まった時間、月の光だけが射すこの場所で、今日の彼女はいつにも増して魅力的だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...