初めての異世界転生

藤井 サトル

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セブンナイト

夜と呪い

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 テッドが居なくなった牢屋の中でリリアは項垂れて地面を見続けていた。殺されるとわかっていてもテッドが連れ去られていくのを見ていることしか出来なかったのだ。

 もう処刑は執行されてしまっただろうか。そう考えてしまう度に悲しみが溢れてくる。助けることが出来なかった後悔も、何も出来なかった憤りも飲み込むことが出来ないでいた。

 そんな折、カツカツと靴をならす音が響いてくる。その音は次第に大きくなるに連れて近づいてきてることを教えてくれる。

 人の気配が伝わる距離になってようやくリリアは顔を上げた。その視界に映るのはリリアを牢屋へ入れた人物、ギルニア公爵である。

「……リリア様はここで大人しくしてくれているようですね」

 それを確かめに来たのかギルニア公爵は自信が言ったことに二度三度頷くような姿勢をしてから満足そうにした。

「……テッドさんをなぜ殺したのですか!!」

 普段、声を荒げないリリアだが今度ばかりはそうとも言っていられなかった。嘘で固めた罪状をテッドに押し付けて処刑したのだ。そんな事、許されるはずがない。そう思わざるを得ないのだ。

 ただ、そんなリリアに対してギルニア公爵は予想外の事を口にした。

「残念ですが……テッドには逃げられてしまいましてね……」

「逃げた……?」

「ええ。忌まわしい事ですが……」

 リリアとしては一つだけ思っていたことがある。それは「間に合ってくれればきっと……」という願いのようなもので、フルネールがゆっくりと来ると言っていた事でそれは本当に薄い望みだった。

「……ダイチさん……ですね」

「やはり、わかりますか……」

 このギルニア公爵の反応から願い通りになったことがわかる。こんなに嬉しいことはないのだ。今目の前にギルニア公爵が居るからこそ、この感情を表には出さないが心の内から喜びが沸き上がる気持ちになってくる。

「ダイチさんが来たのなら……もう、あなたの企みは叶いませんよ!ですからこんなことはもうやめてください」

 出来ればギルニアに償って欲しい。きっとまだやり直すことが出来るはずだから。そう思って口にするが、返ってきた言葉はリリアの想いを一片も汲まないものだった。

「そんな心配は必要ありませんよ。何せ王と王妃は呪いで死ぬのだから」

「そんなの!私が呪いを解けばいいだけのことです!」

「そんな時間があるとお思いですか?」

 時が経つにつれて呪いの力が強まっているのはわかる。だけどこのペースであればまだ死ぬのには時間を要するはずなのだ。

 ただ、それでもたった一つだけ気がかりがあり、それがリリアの胸中に不安を抱かせる。

「まだ……大丈夫なはずです」

「やはり呪いの力を感じることが出来るのですね。それもしっかりと」

 ギルニア公爵はある程度わかっていたのか、驚く様子を見せない。それどころか少し楽しげな表情ですらある。

「一ついいことをお教えしましょう」

「な、何ですか……」

 先ほどからある不安とギルニア公爵の表情。それら二つが重なることでリリアに嫌な予感が脳裏を掠めた。

「この呪いは解呪騙しの一種なんです」

「な!それじゃあ!!」

「さすがにご存じですね。解呪騙し……ある一定の間隔で呪いの強さを上げていき、まだ猶予があると思わせた翌日に一気に力を強める呪い」

「いつ!いつ強まるんですか!!」

 ギルニア公爵の話が本当なら今まで感じてきた呪いの強まる速度は宛に出来ない。つまりリリアが思うたった一つの気がかりが、嫌な予感が当たってしまったのだ。

 その焦り、取り乱すリリアを見て醜悪な笑みをもってギルニア公爵は返した。

「リリア様が来てから七日目の夜……そう。明日の夜を迎える時、王と王妃はその体を呪いに完全に蝕まれて息絶えるだろう」

「明日……そんな……」

 自分を騙す嘘。そうであって欲しいと言う思い、それに加えて敵であるギルニア公爵の言葉を鵜呑みにするのは危険であること。

 その二つが念頭にあるにもかかわらずリリアは解呪騙しの呪いであると確信めいたものを感じざるを得なかった。

 その理由はギルニア公爵の表情や呪いの強さから割り出されたものとかではなく、聖女としての勘である。

 それ故に自分の中で『嘘である可能性』を否定しようにも頭の片隅から離れることがないのだ。

「ギ、ギルニア様はなんでそんな事をするのですか!七騎士の皆さんは貴方のしようとしている事を知ってて従っているのですか!?」

「そうですね。理由なんてただ一つだけですよ。私がこの国を欲しいと思ったからです。だから必死に王に媚びへつらい、妙案を思い付きは王へと伝えてきたんです」

「国が欲しいって……そんなことして何になるんですか!人を殺す事になるんですよ!」

「それこそ些末なことですよ」

 視線からもギルニア公爵の言葉の冷たさが伝わってくるようで背筋が凍るような不気味さをひしひしと感じた。

「な……そんな……」

「そもそもです。人間なんて何をしても死んでいく生き物です。普通に生きていても病魔で死に、モンスターと戦っても死に、挙げ句は戦争に赴いて死ぬ。人は死にやすい生き物なんですよ。だから、たかだか人が死ぬだけで右往左往する方が変わっているのです」

「そんなこと……ありません!!」

 その暴論を許してはいけない。確かにこうしている間も何処かで誰かが死ぬようなことが起きているかもしれない。でも、だからといって自分の欲望のままに人を殺していいわけがないのだ。

「確かに……色々な理由で死ぬこともあるでしょう。でも!だからと言って気軽に人の命を奪っていいはずはないんです!誰だって必死で生きているんです!」

「ま、そうでしょうな。そして私も必死に生きているんです。そして欲しいものを手に入れるために全力を尽くしている。ただそれだけですよ」

「だからといって……こんなやり方は!」

 荒げるほど熱くなってきたリリアの声を上回る声量でギルニア公爵は声を遮る。

「そもそも!……先ほど申したように人が死ぬだけで感情移入をしすぎなのです。今は邪魔をされぬようにここに居て貰ってますが、貴方には貴方の役目があるはずですよ。それだけに死力を尽くすべきなのです。歴代の聖女のように……ね」

「そ、それこそ私が必死でいきるために必要なことなんです!」

「その結果、英雄の手を借り、王女の威光を使い、貴方の身近にいる人を振り回すんですか……とんだ聖女様ですね」

 鋭い針のような言葉を受け、リリアは言葉を失った。自分が知り合いを、友達を、仲間を、家族を振り回していたのか。そう考えてしまい何も言えなくなってしまったのだ。

「おや、だんまりですか……。ま、良いでしょう。そこで大人しくしていれば明後日には解放して差し上げますから」

 ギルニア公爵の視線は俯いてしまったリリアへと注がれる。だが、自分の言葉に反応しなくなった彼女へ興味をなくしたのか踵を返すと、それ以上の言葉を放つことすらなくギルニア公爵は自室へと戻っていくのだった。
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