初めての異世界転生

藤井 サトル

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セブンナイト

円滑に進む最良なる日

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 祭りの次の日。ギルニア公爵は自室でカリカリと一定のリズムで筆を走らせる音を響かせていた。

 王の代わりに必要なものへのサインを書いたり、街で起きている問題の解決を指示する書類の作成をしたりと……。そんな傍らでギルニア公爵は次なる計画を詰めていた。今懸念すべき事項はテッド王子の動向と聖女の行方を調べている奴らの動きだ。

 テッド王子に関して言えばホワイトキングダムに聖女が居ないとわかればナイトガーデンに居ると考えて戻ってくるはずである。もっと言えば帰ってきたら王と王妃に挨拶に来るはずだ。ならばその行動を逆手にとればあっさり事が進むだろう。

 もっとも協力者に頼んで暗殺も試みている。そちらが上手くいけばより楽なのだが……。

 まぁそんなことより、最大の懸念は聖女と仲が良いと話に聞くホワイトキングダムの英雄ダイチなる存在だ。

 個の戦闘力もかなり高いという評価はもちろんの事、ナイトガーデンから少しはなれた場所に隠されている月の都まで来たという話まである。それほどまでに行動範囲が広いのであればナイトガーデンまで来るだろう。

「聖女なんかと仲良くなる愚か者め……何とも邪魔な存在だ」

 吐き捨てるように言うとギルニア公爵は走らせていたペンを止めた。疎ましい存在である。それもこれも、もし現れた場合に行う最善の対処が思い付かないからだ。

 英雄と言われるほどだ。力量は高いだろう事は容易にわかる。それはつまり始末は難しいことを指し示している。

 もし聖女がこの城の中に居るとばれれば城から連れ出されてしまうだろう。そうなると芋づる式に計画がばれてしまい失敗に終わる可能性が考えられる。

 ……それならば聖女が居ることに気付かれてはいけない。いや、それならいっそお尋ね者として捕らえる様に動けばいいのだ。適当な理由をでっち上げ牢屋の中で過ごさせれば良い。

 ギルニア公爵はリリアを監禁した状態で、且つ英雄を牢屋に居れながら自分の計画が上手くいく妄想を思い浮かべて喉の奥でクックと笑う。

 その満足いく妄想をしている中でドアがノックされ現実に引き戻される。ギルニア公爵は止む無く視線をドアへと注いだ。

「ギルニア様。失礼します。ヴァニスです」

 リリアと会うときに連れていった男の方の七騎士だ。そして七騎士のリーダーでもあり実力はトップだ。

「どうした?」

「はい。実はホワイトキングダムからこちらに向かってる馬車があります。その馬車にはテッド王子と英雄ダイチが居るとの事ですが……暗殺は失敗したとの報告が上がりました。その為にプランを切り替える必要ありとのことです」

 来るとはわかっていたが、よもやテッドど同席しながら来るのは嫌な事態である。暗殺も失敗に終わったとなればもう一つの作戦を決行しなければならないが……英雄が共に行動しているとなればその作戦も失敗に終わる確率が極めて高い。

 ならば先ほど考えたことを実行するのがよいのかもしれない。

「そうか。ならばテッドは恐らく王と王妃に会いに来るだろう。それは作戦どおりに進めろ。英雄ダイチの方は手配書を出して捕獲しろ」

 そのギルニア公爵の命令にヴァニスは困惑した。自分の強さは三騎士と並べると自負している。しかし、英雄が相手となるとそんな自分でも勝ち目は薄いだろう。何せ相手は1000人と戦い一人も殺さずに済ませた男だ。

 それは余程の実力差がなければ出来ない所業である。なのに他の騎士達では戦っても負けるのは目に見えているのだ。

「……お言葉ですがテッド王子の方は問題ありませんが英雄の捕獲は実力的に難しいかと思われます」

「なに。捕まえられないならそれはそれで良い。追いかけ回せ。そうすればテッドと動く事も出来まい。それにこの国での行動範囲も狭められるだろう」

 その真意を知るとヴァニスは頷いた。確かにその程度の結果であれば問題がなさそうなのだ。

「わかりました。では手配書をばらまくように指示しておきます」

 ヴァニスが一礼をすると、くるりと反転してそのまま部屋を出ていった。再び一人になったギルニア公爵は再び筆を走らせる。


 リリアは見慣れ始めた天井をベッドの上で寝転がりながら見ていた。それは手持ち無沙汰による暇の行為……と言うのもあるが先ほどから同じことをぐるぐる考えた事でオーバーヒートぎみになった頭を休ませるためにベッドへダイブした結果だ。

 何せ現状は何かが起きているように見えるのだが何が起きているのかが見えてこない。

 ギルニア公爵の息子に掛かっている呪い。その呪いの気配は日に日に濃くなっていてこのままいけば大変なことになるのは確実だ。にもかかわらずギルニア公爵は動く気配を見せてはくれない。

 言葉では動いているような事を言っているが音沙汰が少ないからかそれが嘘のようにも思えてくる。

 そして王様と王妃様の病気の件だ。

「王様と王妃様のご病気……」

 昨日祭りで聞こえてきた二人組の話だ。ギルニア公爵に会いたい旨を伝えたが断られている。その時の理由は病気ではなかった。

「確かギルニア様のご子息が呪いに掛かっていることを王様経由でばれたくないとの事でしたよね……」

 やはり何かがおかしい。何か違和感がある。どちらも本当の事なのだろうか?

 特に違和感があるのはギルニア公爵の態度だ。そもそも急いで連れてきたにもかかわらず足踏みをする理由は何だろう?

 ちゃんとした用意も手紙も残す時間を貰うことが出来ないほど性急に連れてきたのに焦った様子を見せない。

「……私どうしたらいいんだろう。呪いの力も強くなってきてますし」

 居ても立ってもいられないリリアはうろうろと部屋の中を歩きだす。何かしないといけないが何をすれば良いのかわからない。

 そんな様子で落ち着くことが出来ないのだが時間は過ぎていく。

「ダイチさん……ならどうするでしょうか……」

 ポツリとその名を呼んだがすぐに首を横に振った。

「私が頑張らないと……ダイチさん達が来た時に心配かけさせたくありません!」

 一人は心細い。ずっと誰かが近くに居たのだから急に引き離されればそう思うのも無理はなかった。でもだからこそ今はその寂しさを乗り越えなければいけない。それに何より今後の事を考えるならば……一人で役目を果たす事を考えるならば慣れなければならない。

「……ちょっと気が引けますがギルニア様に聞いてみましょう。そうすればなにかわかるかもしれないから」

 ガバッと起き上がりリリアは意気込んだ。きっとなんとかなると信じて。

 コンコン。部屋の扉からノック音が聞こえてきた。そちらに顔を向けると同時にベッドから降りたリリアが「どうぞ」と答える。

 ガチャリと音を立てながら開かれるとギルニア公爵と先日も来た二人の騎士が入ってくる。

「昨日は楽しめましたか?」

 笑みを浮かべるギルニア公爵。その表情は優しそうなお爺ちゃんのようでほっこりとした微笑みを見せる。

「はい!とても楽しかったです。ありがとうございます!」

 リリアが嬉しそうに言うとギルニア公爵は朗らかに笑う。

「いえいえ。楽しかったなら何よりです。ずっとこの場所にいると息も詰まってしまいますからね」

 最初の印象とは大分違うギルニア公爵に少しだけリリアは戸惑っていると窓の外から声が聞こえてきた。それも何かけっこう大きめな声で叫んでいるような……。

「あの、お外で何か起きているんですか?」

 それが気になり窓の外を見てみるがそこからわかるわけでもなくギルニア公爵へと視線を向け直す。

「どうやら賊が現れたようですな。でもご安心を。我が国の騎士達は優秀ですから直ぐに収まるでしょう」

「そうですか……あの!ギルニア様のご子息は今どんなご様子でしょうか。呪いをはねのけるのにも体力は必要ですがご飯はしっかり食べておりますか?」

 リリアの簡単な質問にギルニア公爵は頷いて見せた。

「ええ。しっかりご飯は食べていますよ。リリア様の言うとおり、そのおかげかまだまだ元気が有るようです」

「それは何よりです」

 ギルニア公爵の答えで何らかの嘘をついている事がわかったが、それを悟られないようにリリアは笑みをつくって答えた。

 残念なことに体力があれば呪いをはねのけられると言うのは嘘である。体力があって出来る事と言えば呪いで衰弱する体をほんの少し支える程度だ。

 そして今の呪いの強さからいって掛かっている者は起き上がることすら出来はしないだろう。

「ただ、まだまだ時間は掛かりそうでして……リリア様には不便を掛けますが何か必要なものがあれば部屋前で待機しているメイドに言いつけてください」

「はい。ありがとうございます」

「ギルニア様そろそろ時間かと……」

 男の騎士の方が頃合いを見たのかギルニア公爵へそう告げた。するとギルニア公爵は「もうそんな時間か」と答えてからリリアへ視線を戻す。

「あまり時間がとれず申し訳ありません。私たちはこれで失礼します。ヴァニス、メローナ行くぞ」

 そして再び部屋にはリリアだけとなる。王様と王妃様の事について聞くことが出来なかった。だが、むしろそれで良かったのかも知れない。

 もし言っていたら余計な警戒心を与えていた可能性もある。それならば、まだ疑われていないままの方が良い。先ほど聞いた事で嘘をついている事がわかったのだから……。まだ考える余地はあるから。

「嘘をつく理由は……何でしょうか……」

 一人の部屋でポツリと呟いた言葉はぐるぐるとリリアの中で渦巻いていく。
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