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迷って腐って浄化して
対リビングデッド血吸いベア
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「なんだ?暗くて一人で寂しかったのか?」
オーガスが冗談混じりにそう言うがカイからしたらたまったものじゃない。自分よりランク上のモンスターがいる上、強制リビングデッド化まで見てしまったのだ。
「ここはヤバい。取り敢えず早く戻ろう!」
子供のように焦りながら言うカイに対してマリンはクスッと笑みをこぼした。
「やっぱり怖いんだね。ここで出るモンスターなんて大きな熊くらいなもんだろうさ。アンタもBランクハンターになるんだからそんなのにビビってちゃダメさ」
通常であればカイは素直に頷いて持ち前の勇気を振り絞って立ち向かうだろう。だが、今はそんな呑気な事を言っていられる状況ではない。
「いや、わかるけどそんな話じゃ済まないんだって!」
あの白い人形のモンスターは特に危険だ。
「そんなにヤバいのかい?まぁでも私達が守ってやるから安心しなよ」
「そうだ。男ならどんな絶望でも乗り越えるもんだぞ?」
ニヤリと笑みを浮かべながら言う何も知らない二人にイラつきながらカイは反発する。
「お前らも俺と同じCランクハンターだろ」
声を張り上げて言うところをぐっとこらえながら言うカイに対してマリンとオーガスは一度目線を合わせてからカイへ振り向く。
「ふふん。私達には切り札があるから問題ないさ」
「うむうむ。恐ろしいモンスターが出てもちょちょいのちょいだ」
二人して高笑いを始める様子を見てイラつきはどこかと奥へ消えてしまった。むしろカイの顔は青ざめていく。……今、そんな声をあげたら――。
「ぐおおおおおおおおおっ!!」
カイがやって来た方向から血吸いベアが木々をなぎ倒しながらやって来た。その顔は腐敗が進み、所々の肉が落ちた箇所から骨まで見え、人目でリビングデッドだとわかる。
「……あれは何だ?」
オーガスが今まで見たことがない血吸いベアの成の果てを見てそう聞いた。
「血吸いベアのリビングデッドだよ……」
そしてその問いにはマリンが答える。既に両刃の手持ち斧を握っている。
「血吸いベアのリビングデッド化……だとしたら通常より力は強くなっているが動きは鈍くなってると見るべきだな」
杖を構えたオーガスは先端の魔石へ魔力を集中させる。
「ああ。俺もそう思う」
通常より力が強くなっていたとしても三人なら勝てるだろう。懸念すべきへ白い人形のモンスターだが、一緒にいないところを見ると別の場所へ向かったのかもしれない。それならとっととこのモンスターを倒して今を切り抜ける方がいいだろう。
剣を引き抜いて構えたカイがモンスターを正面に捉え打ち込む隙を伺う。しかし、隙を伺うのはリビングデッドの血吸いベアも同じだった。
摺り足でカイが一歩だけ下がった。瞬間、モンスターがその巨躯を弾丸のように飛ばした。
避けられないと判断したカイは両手で抑えた剣の腹で受ける。靴が地面を摺り、砂ぼこりを少しだけ巻き上げながら止めることに成功した。
「マリン!オーガス!」
「あいよ!」
「まかせろ」
カイの呼び声に呼応して二人は行動する。マリンは横から飛び出し腹へ一撃決め体勢を崩すとすぐに飛び退く。すると真上から炎の槍が三本降り注いだ。
モンスターの体が火に包まれる。しかし、マリンの斬撃にもオーガスの魔法にも痛みという感覚が無いのか、モンスターは自身が受けたダメージに反応せず大きな手を振るってきた。
その一撃は重く、カイが再び剣を盾のように構えたガードごと彼を吹き飛ばす。
「カイ!?」
木に叩きつけられたカイがゲホッゲホッと咳き込みながらも立ち上がり剣を構えた。
「だ、大丈夫だ。それより来るぞ!?」
モンスターは俊敏な動きでマリンの横へ回り込むと大きな手を振り下ろした。
「ぎゃっ……!?」
地面へ転がされたマリンへオーガスは叫ぶ。
「マリン!?」
だが、その言葉を言い終える直前にはすでにモンスターがオーガスの横へと移動し終わっていた。
「なっ――」
虫を払うようにオーガスも吹き飛ばされて木へと叩きつけられる。
「……リビングデッド化していてこの速さはどういうことだ?」
血吸いベアを睨み付けながらカイは再び剣を構える。
その構えは右手で持つ剣の刃を自身の左後方へと深く差し込む形だ。腰をやや落とし剣を素早く振るう構えだ。一度だけ大地に使用したが見切られてしまったあの時よりも速さと鋭さは格段に上がっている。
「さぁ……来やがれ!!」
動く獲物を見つけた。そう言わんばかりの血吸いベアが飛びかかった。巨体に似合わず俊敏な動きに全体重をのせた上空からの一撃だ。受ければガードすらまとめて潰されてしまう。
だが、カイは逃げずに自分の技で迎え撃つ。
一歩、地面を踏み抜くように飛び出して加速する。近づいてくる相手の距離を正確に把握しインパクトする瞬間を見極めて腰を捻り相手にめがけて剣を振るった。
「くらいな!」
刃は血吸いベアの体を横半分に切り裂き、空中で受けたことにより勢いを削がれバランスを崩しその場でボトッボトッと半分になった二つの体が地に落ちた。
「ふぅ……こんなものか。マリン、オーガス大丈夫か?」
モンスターの残骸から目を離したカイはマリンとオーガスに目を向けるが、起き上がったマリンが叫ぶ。
「まだそいつは生きているよ!目を離すな!!」
上半身だけとなった血吸いベアが両手を上手く使って仰向けから俯せへと体勢を変え、カイへ飛びかかった。
「げ……」
今まさに血吸いベアがカイへ腕を振り下ろす時だった。
「ストームボール!」
その声と共に緑色の球体がモンスターへ直撃する。暴風を塊にしたような魔法が当たった瞬間、モンスターを回転させながら木へと叩きつけた。
「オーガス。たすかった!」
「まだまだ青いな……しかしこれはどういうことだ?」
またまた不思議な現象が目の前で起きているのだ。上半身だけでなく切り離された下半身すら起き上がっていたのだから。
「普通のリビングデッドなら脳から切り離された部位は動けないはず……だよな」
少しの恐怖を伴いつつカイが息をのみながらそう呟いた。
「……はぁ。まったく面倒なリビングデッドも生まれたものだね」
傷を負った体でも痛みを見せないようにマリンは平然としながらため息を一つ吐き出した。
「どのみち頭を破壊すればそれで終わりになるはずだ。とはいえこの武器じゃ心許ないね」
マリンがその辺の地面に斧と松明を置いた後、オーガスへ振り向く。
「オーガス。私の二つ目の武器を出してくれ」
「その武器から変えるのは久々だろう?鈍ってないか?」
オーガスは自分の目の前の地面に魔方陣を展開する。その魔方陣が上へと上がっていく中で武器が姿を表していく。
柄の長い量手持ちの戦斧。両刃で出来ていて先端から柄まで重厚に作られたマリンの得意とする武器。
「鈍るわけないさ。もう何年も使ってきた形状の武器なんだから」
マリンが戦斧の柄を片手で握り持ち上げると肩へと下ろす。
「この程度のモンスターなら切り札も必要ないね……一気に潰すよ!」
マリンがそう言って飛び出した。その後方ではカイが「リーダーは俺だろ!?」と大声で文句をいいながら同じように飛び出す。
モンスターも同時に動いた。
モンスターの上半身は器用に体を地面につけずに腕の力だけで走ってくる。足を使っていないのに『走る』というのは不思議な感じだが、走っているのだ。
その勢いのままに宙へ飛び上がった。大きく開いている口からはよだれを撒き散らし、モンスターの軌道はカイへ吸い込まれるように放物線を描きながら近づいていく。だが、カイはしっかりと見切った上でさらにその上をいくように飛び上がり空中で血吸いベアを背面から一瞬で数度切りつけた。
それによりバランスを崩したモンスターがドサっと地面へ落ちる。だが、すぐに起き上がるところを見るとダメージは微妙なところだ。
「くそ……固いな……」
密集された筋肉により刃の通りが悪い。薄い皮膚を切り裂くことはできるがそれ以上が入らなかった。
モンスターの下半身は二足歩行からの跳躍だった。半分となって軽量化しようとも大人一人分の重量はある。それに加えて獲物をえぐる鋭利な爪だ。
その重量+貫通の一撃をマリンへと繰り出すが斧の面で受けきるとマリンは気合の掛け声とともに斧をぶん回してモンスターの下半身をぶん投げる。だが、モンスターはくるくると回転して見事に足から着地した。異常な状況で異常なモンスターがそんな動きをすれば驚くか唖然してもおかしくはないのだが、マリンはすでに次へと動いていた。
「曲芸をしている暇なんてあるのかい!」
跳躍からの戦斧の振り下ろし。単純だが破壊力は折り紙付きだ。その刃がしっかりとモンスターの中心を捉えるが、モンスターがその場を離れるように飛び上がる。
「逃がさない!」
マリンが振り下ろし中の戦斧へさらに力を加える。刃が地面へ激突した瞬間、地面が爆発したように砕けて衝撃で岩が上空へ飛ばされる。その岩の弾丸を受けたモンスターが空中で撃ち落とされた。
「お前みたいな変わり種とは何度も戦ってんだ!」
落ちたモンスターの下半身に向けて戦斧を切り上げるようにフルスイングする。だが、またしてもモンスターの反応は早かった。ほんの少し切り裂くことはできたが、跳躍により大きく後退し上半身だけのモンスターと合流した。
「ふむ……仕損じるとは珍しいな」
「……振り下ろすべきだったよ」
「魔法で片付けよう。足止めしてくれ。まとめて燃やす」
「あいよ!頼んだよ!」
オーガスが杖に魔力を込め始めると同時にマリンが走り出した。そのマリンと並走する形でカイが合流する。
「カイ!合わせな!」
「わかった!……ってだからそれ俺のセリフ!!」
カイが血吸いベアの上半身へと走るとその顔を踏みつけて飛び越える。それに気をとられた上半身、下半身はマリンの接近を許す。
「足元がお留守だよ!!」
戦斧に風を纏わせたマリンがその名を叫びながら振るった。
「魔技!風輪弧月!」
戦斧の刃から風が放たれる。それは戦斧の刃の射程が拡張されたかのようで風の刃が弧を描きながらモンスターの足を切りつけた。
それによってモンスターがバランスを崩すとマリンは次の一手の為に予め魔力を込めておいた掌で地面を叩いた。
「アースウォール!!」
モンスターを囲むように五つの四角い石が地面から出現した。そして、カイが飛んでいる方向にその一つがある。
空中で体をクルッと回転させて見事に体勢をかえたカイは石の壁に横から着地する。そして、石の壁を足場にして勢いよく飛び出した。
モンスターを切りつけて地面へ着地すると直ぐに石の壁へと飛び上がる。そして、同じように石の壁へと横から着地してからモンスターに向けて飛び出していく。
石壁を利用して縦横無尽に飛びかかるカイの速度は徐々に速さを増していく。その早さについていけていないモンスターはなすがままに切り刻まれる。
「カイ!マリン!準備できたぞ!」
カイは即座にその石の壁の外へと飛び出した。マリンも続いて直ぐに囲いの中から飛び出すが、直ぐに地面へ手を置いて再び魔法を唱えた。
「アースウォール!」
マリンが魔法を唱えると石の壁同士を繋いで隙間を無くすように石の壁が追加で地面から出現してモンスター達を閉じ込めた。
「マーガス。やれ!」
「あいよ!エクスプロージョン!」
石壁の囲いの中に小さな火種が生まれた。大量の魔力が圧縮されたその火種は少し揺らめくと途端に大爆発を起こし、広がるはずだった爆炎は石の壁により石壁の中を行き交いながら上空へと上った。
その炎が消えるとマリンも石の壁を消した。そして残ったのが真っ黒になったモンスターの残骸だけとなった。
「……頭潰すんじゃなかったのかよ」
「ま、倒せたんだしいいだろう」
「それにしてもこいつは一体なんなんだい?」
マリンは真っ黒こげの塊となっているモンスターへと手を伸ばす。炭化してしまったその体は触れると直ぐに崩れていく。その感触からしても普通のモンスターが炭化した状態と遜色がない。
「そうだ!コイツは白い人型のモンスターにリビングデッドにされたんだ」
「リビングデッドにされた?そんなことが出来るものなのか?」
マリンの当然のような疑問にオーガスは自前の知識から頷く。
「……理論上は可能なはずだ。要は死んだ後に魔力が蓄積されてリビングデッドモンスターになるのだからな、死体を弄くって作ることも可能かもしれん」
「なんかそう聞くと簡単にリビングデッドに出来るんだな」
カイは倒したモンスターに手を当てて魔力を流すイメージをしながら言うのをオーガスは笑って否定する。
「簡単なんてとんでもない。そもそも死体となった物に魔力を直接込める方法はないからな。ただ、魔法でリビングデッドのように死体を動かす事が出来る事は聞いたことあるけどな」
「へぇ……」
あまり興味なさそうな返事をしながらカイはふと横へ振り向いた。それは視線や音等の感覚での行動ではなく、言うなればただの勘である。だが、暗い森の中で勘が見せたものはカイに悪寒を走らせる結果となった。
そこにはこちらの様子を窺うように白い人型のモンスターが顔を覗かせていた――。
オーガスが冗談混じりにそう言うがカイからしたらたまったものじゃない。自分よりランク上のモンスターがいる上、強制リビングデッド化まで見てしまったのだ。
「ここはヤバい。取り敢えず早く戻ろう!」
子供のように焦りながら言うカイに対してマリンはクスッと笑みをこぼした。
「やっぱり怖いんだね。ここで出るモンスターなんて大きな熊くらいなもんだろうさ。アンタもBランクハンターになるんだからそんなのにビビってちゃダメさ」
通常であればカイは素直に頷いて持ち前の勇気を振り絞って立ち向かうだろう。だが、今はそんな呑気な事を言っていられる状況ではない。
「いや、わかるけどそんな話じゃ済まないんだって!」
あの白い人形のモンスターは特に危険だ。
「そんなにヤバいのかい?まぁでも私達が守ってやるから安心しなよ」
「そうだ。男ならどんな絶望でも乗り越えるもんだぞ?」
ニヤリと笑みを浮かべながら言う何も知らない二人にイラつきながらカイは反発する。
「お前らも俺と同じCランクハンターだろ」
声を張り上げて言うところをぐっとこらえながら言うカイに対してマリンとオーガスは一度目線を合わせてからカイへ振り向く。
「ふふん。私達には切り札があるから問題ないさ」
「うむうむ。恐ろしいモンスターが出てもちょちょいのちょいだ」
二人して高笑いを始める様子を見てイラつきはどこかと奥へ消えてしまった。むしろカイの顔は青ざめていく。……今、そんな声をあげたら――。
「ぐおおおおおおおおおっ!!」
カイがやって来た方向から血吸いベアが木々をなぎ倒しながらやって来た。その顔は腐敗が進み、所々の肉が落ちた箇所から骨まで見え、人目でリビングデッドだとわかる。
「……あれは何だ?」
オーガスが今まで見たことがない血吸いベアの成の果てを見てそう聞いた。
「血吸いベアのリビングデッドだよ……」
そしてその問いにはマリンが答える。既に両刃の手持ち斧を握っている。
「血吸いベアのリビングデッド化……だとしたら通常より力は強くなっているが動きは鈍くなってると見るべきだな」
杖を構えたオーガスは先端の魔石へ魔力を集中させる。
「ああ。俺もそう思う」
通常より力が強くなっていたとしても三人なら勝てるだろう。懸念すべきへ白い人形のモンスターだが、一緒にいないところを見ると別の場所へ向かったのかもしれない。それならとっととこのモンスターを倒して今を切り抜ける方がいいだろう。
剣を引き抜いて構えたカイがモンスターを正面に捉え打ち込む隙を伺う。しかし、隙を伺うのはリビングデッドの血吸いベアも同じだった。
摺り足でカイが一歩だけ下がった。瞬間、モンスターがその巨躯を弾丸のように飛ばした。
避けられないと判断したカイは両手で抑えた剣の腹で受ける。靴が地面を摺り、砂ぼこりを少しだけ巻き上げながら止めることに成功した。
「マリン!オーガス!」
「あいよ!」
「まかせろ」
カイの呼び声に呼応して二人は行動する。マリンは横から飛び出し腹へ一撃決め体勢を崩すとすぐに飛び退く。すると真上から炎の槍が三本降り注いだ。
モンスターの体が火に包まれる。しかし、マリンの斬撃にもオーガスの魔法にも痛みという感覚が無いのか、モンスターは自身が受けたダメージに反応せず大きな手を振るってきた。
その一撃は重く、カイが再び剣を盾のように構えたガードごと彼を吹き飛ばす。
「カイ!?」
木に叩きつけられたカイがゲホッゲホッと咳き込みながらも立ち上がり剣を構えた。
「だ、大丈夫だ。それより来るぞ!?」
モンスターは俊敏な動きでマリンの横へ回り込むと大きな手を振り下ろした。
「ぎゃっ……!?」
地面へ転がされたマリンへオーガスは叫ぶ。
「マリン!?」
だが、その言葉を言い終える直前にはすでにモンスターがオーガスの横へと移動し終わっていた。
「なっ――」
虫を払うようにオーガスも吹き飛ばされて木へと叩きつけられる。
「……リビングデッド化していてこの速さはどういうことだ?」
血吸いベアを睨み付けながらカイは再び剣を構える。
その構えは右手で持つ剣の刃を自身の左後方へと深く差し込む形だ。腰をやや落とし剣を素早く振るう構えだ。一度だけ大地に使用したが見切られてしまったあの時よりも速さと鋭さは格段に上がっている。
「さぁ……来やがれ!!」
動く獲物を見つけた。そう言わんばかりの血吸いベアが飛びかかった。巨体に似合わず俊敏な動きに全体重をのせた上空からの一撃だ。受ければガードすらまとめて潰されてしまう。
だが、カイは逃げずに自分の技で迎え撃つ。
一歩、地面を踏み抜くように飛び出して加速する。近づいてくる相手の距離を正確に把握しインパクトする瞬間を見極めて腰を捻り相手にめがけて剣を振るった。
「くらいな!」
刃は血吸いベアの体を横半分に切り裂き、空中で受けたことにより勢いを削がれバランスを崩しその場でボトッボトッと半分になった二つの体が地に落ちた。
「ふぅ……こんなものか。マリン、オーガス大丈夫か?」
モンスターの残骸から目を離したカイはマリンとオーガスに目を向けるが、起き上がったマリンが叫ぶ。
「まだそいつは生きているよ!目を離すな!!」
上半身だけとなった血吸いベアが両手を上手く使って仰向けから俯せへと体勢を変え、カイへ飛びかかった。
「げ……」
今まさに血吸いベアがカイへ腕を振り下ろす時だった。
「ストームボール!」
その声と共に緑色の球体がモンスターへ直撃する。暴風を塊にしたような魔法が当たった瞬間、モンスターを回転させながら木へと叩きつけた。
「オーガス。たすかった!」
「まだまだ青いな……しかしこれはどういうことだ?」
またまた不思議な現象が目の前で起きているのだ。上半身だけでなく切り離された下半身すら起き上がっていたのだから。
「普通のリビングデッドなら脳から切り離された部位は動けないはず……だよな」
少しの恐怖を伴いつつカイが息をのみながらそう呟いた。
「……はぁ。まったく面倒なリビングデッドも生まれたものだね」
傷を負った体でも痛みを見せないようにマリンは平然としながらため息を一つ吐き出した。
「どのみち頭を破壊すればそれで終わりになるはずだ。とはいえこの武器じゃ心許ないね」
マリンがその辺の地面に斧と松明を置いた後、オーガスへ振り向く。
「オーガス。私の二つ目の武器を出してくれ」
「その武器から変えるのは久々だろう?鈍ってないか?」
オーガスは自分の目の前の地面に魔方陣を展開する。その魔方陣が上へと上がっていく中で武器が姿を表していく。
柄の長い量手持ちの戦斧。両刃で出来ていて先端から柄まで重厚に作られたマリンの得意とする武器。
「鈍るわけないさ。もう何年も使ってきた形状の武器なんだから」
マリンが戦斧の柄を片手で握り持ち上げると肩へと下ろす。
「この程度のモンスターなら切り札も必要ないね……一気に潰すよ!」
マリンがそう言って飛び出した。その後方ではカイが「リーダーは俺だろ!?」と大声で文句をいいながら同じように飛び出す。
モンスターも同時に動いた。
モンスターの上半身は器用に体を地面につけずに腕の力だけで走ってくる。足を使っていないのに『走る』というのは不思議な感じだが、走っているのだ。
その勢いのままに宙へ飛び上がった。大きく開いている口からはよだれを撒き散らし、モンスターの軌道はカイへ吸い込まれるように放物線を描きながら近づいていく。だが、カイはしっかりと見切った上でさらにその上をいくように飛び上がり空中で血吸いベアを背面から一瞬で数度切りつけた。
それによりバランスを崩したモンスターがドサっと地面へ落ちる。だが、すぐに起き上がるところを見るとダメージは微妙なところだ。
「くそ……固いな……」
密集された筋肉により刃の通りが悪い。薄い皮膚を切り裂くことはできるがそれ以上が入らなかった。
モンスターの下半身は二足歩行からの跳躍だった。半分となって軽量化しようとも大人一人分の重量はある。それに加えて獲物をえぐる鋭利な爪だ。
その重量+貫通の一撃をマリンへと繰り出すが斧の面で受けきるとマリンは気合の掛け声とともに斧をぶん回してモンスターの下半身をぶん投げる。だが、モンスターはくるくると回転して見事に足から着地した。異常な状況で異常なモンスターがそんな動きをすれば驚くか唖然してもおかしくはないのだが、マリンはすでに次へと動いていた。
「曲芸をしている暇なんてあるのかい!」
跳躍からの戦斧の振り下ろし。単純だが破壊力は折り紙付きだ。その刃がしっかりとモンスターの中心を捉えるが、モンスターがその場を離れるように飛び上がる。
「逃がさない!」
マリンが振り下ろし中の戦斧へさらに力を加える。刃が地面へ激突した瞬間、地面が爆発したように砕けて衝撃で岩が上空へ飛ばされる。その岩の弾丸を受けたモンスターが空中で撃ち落とされた。
「お前みたいな変わり種とは何度も戦ってんだ!」
落ちたモンスターの下半身に向けて戦斧を切り上げるようにフルスイングする。だが、またしてもモンスターの反応は早かった。ほんの少し切り裂くことはできたが、跳躍により大きく後退し上半身だけのモンスターと合流した。
「ふむ……仕損じるとは珍しいな」
「……振り下ろすべきだったよ」
「魔法で片付けよう。足止めしてくれ。まとめて燃やす」
「あいよ!頼んだよ!」
オーガスが杖に魔力を込め始めると同時にマリンが走り出した。そのマリンと並走する形でカイが合流する。
「カイ!合わせな!」
「わかった!……ってだからそれ俺のセリフ!!」
カイが血吸いベアの上半身へと走るとその顔を踏みつけて飛び越える。それに気をとられた上半身、下半身はマリンの接近を許す。
「足元がお留守だよ!!」
戦斧に風を纏わせたマリンがその名を叫びながら振るった。
「魔技!風輪弧月!」
戦斧の刃から風が放たれる。それは戦斧の刃の射程が拡張されたかのようで風の刃が弧を描きながらモンスターの足を切りつけた。
それによってモンスターがバランスを崩すとマリンは次の一手の為に予め魔力を込めておいた掌で地面を叩いた。
「アースウォール!!」
モンスターを囲むように五つの四角い石が地面から出現した。そして、カイが飛んでいる方向にその一つがある。
空中で体をクルッと回転させて見事に体勢をかえたカイは石の壁に横から着地する。そして、石の壁を足場にして勢いよく飛び出した。
モンスターを切りつけて地面へ着地すると直ぐに石の壁へと飛び上がる。そして、同じように石の壁へと横から着地してからモンスターに向けて飛び出していく。
石壁を利用して縦横無尽に飛びかかるカイの速度は徐々に速さを増していく。その早さについていけていないモンスターはなすがままに切り刻まれる。
「カイ!マリン!準備できたぞ!」
カイは即座にその石の壁の外へと飛び出した。マリンも続いて直ぐに囲いの中から飛び出すが、直ぐに地面へ手を置いて再び魔法を唱えた。
「アースウォール!」
マリンが魔法を唱えると石の壁同士を繋いで隙間を無くすように石の壁が追加で地面から出現してモンスター達を閉じ込めた。
「マーガス。やれ!」
「あいよ!エクスプロージョン!」
石壁の囲いの中に小さな火種が生まれた。大量の魔力が圧縮されたその火種は少し揺らめくと途端に大爆発を起こし、広がるはずだった爆炎は石の壁により石壁の中を行き交いながら上空へと上った。
その炎が消えるとマリンも石の壁を消した。そして残ったのが真っ黒になったモンスターの残骸だけとなった。
「……頭潰すんじゃなかったのかよ」
「ま、倒せたんだしいいだろう」
「それにしてもこいつは一体なんなんだい?」
マリンは真っ黒こげの塊となっているモンスターへと手を伸ばす。炭化してしまったその体は触れると直ぐに崩れていく。その感触からしても普通のモンスターが炭化した状態と遜色がない。
「そうだ!コイツは白い人型のモンスターにリビングデッドにされたんだ」
「リビングデッドにされた?そんなことが出来るものなのか?」
マリンの当然のような疑問にオーガスは自前の知識から頷く。
「……理論上は可能なはずだ。要は死んだ後に魔力が蓄積されてリビングデッドモンスターになるのだからな、死体を弄くって作ることも可能かもしれん」
「なんかそう聞くと簡単にリビングデッドに出来るんだな」
カイは倒したモンスターに手を当てて魔力を流すイメージをしながら言うのをオーガスは笑って否定する。
「簡単なんてとんでもない。そもそも死体となった物に魔力を直接込める方法はないからな。ただ、魔法でリビングデッドのように死体を動かす事が出来る事は聞いたことあるけどな」
「へぇ……」
あまり興味なさそうな返事をしながらカイはふと横へ振り向いた。それは視線や音等の感覚での行動ではなく、言うなればただの勘である。だが、暗い森の中で勘が見せたものはカイに悪寒を走らせる結果となった。
そこにはこちらの様子を窺うように白い人型のモンスターが顔を覗かせていた――。
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