初めての異世界転生

藤井 サトル

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月光の花嫁

月の都のシーラ

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 リリアが取っている部屋の前に来たハンナはノックする。二回の音の後に何の反応がない為、まだ起きていないと判断した。

 ガチャリとドアを開けて中へ入り奥へと進む。その先にあるベッドで寝ているのはリリアと大地が運んできた気を失った亜人だ。それも兎型の。

 どんな敬意でここまで衰弱したのだろうか?ギルド近くで倒れていたという話だがこの王都で衰弱するまで逃げる必要があったとは考えられない。ならば、遠くの町から逃げてきたと思うのが自然だろう。では、その遠くの町から逃げてきた理由は……?

「ん……ううん……」

 和服兎の女性がゆっくりと目を開く。見知らぬ場所だ。自分の最後の記憶はホワイトキングダムへ入ったまでだ。そこから覚えてないのは恐らく倒れたからだと考えを巡らせた。

 今背中越しで感じる柔らかい感触はベッドで寝かせてもらっていることもわかった。きっと親切な人に助けて貰えたのだ。

「ここ……は……」

 和服兎の女性は思ったより自分の声が出ないことに驚くがそのリアクションすらも出来ない自分がそうとう弱っている事を思い知らされた。

「起きたんですね!」

 元気そうな声が和服兎の女性の耳に届く。その声の主へ振り向くとメイドの姿が目に映る。そのメイドが再び元気に言った。

「今お水をお持ちしますね!」

 扉をガチャリと開けて部屋を出ていく。一人になったことで考える時間ができた。

 自分をさらった者達は何者なのだろうか?複数人いたがそれで全員じゃないだろう。私を監禁場所へと押し込めていたのだ。誰かを待つように。

 2日が過ぎようとした時に何とか隙をついて逃げることは出来たけれど、与えられていた少ない食事や監禁生活で疲弊しきっていた自分では力を使っても王都につくのがせいいっぱいだった。

 奴らの目的はきっと私の力だ。きっとこの場所にも来るかもしれない。だけど休めたおかげで力は行使できそうだ。……ならば用心の為に監視網は巡らせておこう。

 ――コンコン。

 ドアが叩かれた。先程のメイドだろうと言うことはわかり「はい」と返事をする。

 その声を聞いてからハンナは扉を開けて入ってきた。

「起き上がれますか?」

 和服兎の女性はためしに腕に力を込めて体を動かしてみると問題なく上半身を起こせた。

 そんな彼女にハンナは水が入ったコップを「はい。どうぞ」と言って差し出した。

 それを簡単に礼を言いながら受け取った和服兎の女性は何も疑わずに口をつける。ところが一口つけた和服兎の女性は体が欲していたのかどんどん流してしまう。

「ああ……ゆっくり飲まないといけませんよ」

 ハンナがそう言い切る前にはコップの中身が空になった。ハンナの心配をよそに和服兎の女性は次のものを欲した。

 ――ぐぅ~~~。

 体に潤いが戻ったことで空腹を思い出したのだ。もっとも、少ない食事に加えて全力で逃げたのだ。腹が減るのは当たり前なのだが……せめて鳴るタイミングくらいは考えてほしいものである。と思いながら和服兎の女性は少し顔を赤らめる。

「お食事もご用意してますよ。栄養満点のスープと、食べれましたらパンもご用意していますからよろしかったらどうぞ」

 そう言ってスープとパンの皿を近くのテーブルへと置いてくれる。それを見て和服兎の女性が言った。

「なんでそこまでして頂けるのですか?」

 その問いに警戒されているとわかった上で表情を崩さずに答えた。

「この部屋を取っている方に頼まれたからですよ。貴女の看病をしてほしいと」

「頼まれた……?」

 キョトンとした様子でハンナは「ええ」と答える。なにせ目の前にいる和服兎の女性が何を言いたいのかわからないのだ。

「私を助けて何が目的なのでしょうか……」

 和服兎の女性が悲しむように言ったことでハンナはムッとした。リリアがそこいらの下心で動く下卑た輩と一緒にされたことに。

「あの!言っておきますけど、ここを借りてる方は貴女に何かして貰いたくて傷を治したり部屋へ運んだわけじゃないはずですよ!困っている人がいれば無償で手を差し伸べる人なんですから!!」

 その怒りっぷりに気圧され少しだけ考えると、名も知らぬ人にたいして思い抱く事ではなかったと反省し和服兎の女性は頭を下げた。

「申し訳ありません。逃げてきたこともあって少しピリピリしていました」

「あ、え、と……私の方もお客様に出すぎた事を言い過ぎてしまいました……申し訳ありません」

 素直に謝られたせいかハンナの怒りは抜け落ちてしまった。

 二人同時に下げていた頭を上げてお互いの顔をじっと見つめたことでおかしくなり二人してクスクス笑った。そして和服兎の女性のお腹がまた鳴った。

「こちらにどうぞ」

 ハンナがテーブル席の椅子を引いて座るように促した。

「ありがとうございます。そう言えば名前を教えていませんでしたね。私は……月の都のシーラ・パル・ムーンと申します」

 先に名乗らせてしまったことにハンナは恥じつつあわてて自分も名乗る。

「あ!わ、私はこの宿のメイドでハンナ・マリアベルと申します」

 座っているシーラと違い立っているハンナは綺麗にお辞儀して挨拶を終える。

 そうしてようやくシーラはスプーンを手に取りスープを救って口に運んだ。そうとうお腹が空いていたからか、はたまた宿の料理人の腕がいいからか。シーラは二口目以降を夢中で口に運んだ。

 あっという間に皿が空になるがそれを恥ずかしがるよりも生きることが優先である。つまり……。

「あの、おかわりを頂きたいのですが……」

 が、やっぱり恥ずかしく思うのも仕方なく顔はやや赤い。しかし、倒れていたことをハンナは聞いているからこそ必要だと思ってキッチンカートに鍋を置いて持ってきていたのだ。

「お皿をお借りしますね」

 ハンナが皿を取り鍋からスープを注いで再び渡す。二杯目にしてようやく落ち着いてくるとその手はパンへと延びていった。

 食事が落ち着き「ごちそうさまでした」と丁寧にお礼を言ったシーラはハンナヘ尋ねた。

「ここの部屋を借りている方はいつ頃お戻りになられるんでしょうか?」

 完璧に把握しているわけではないが早めに戻ると言われているから日が明るい内には戻ってくるだろう。

「ギルドの依頼を終わらせてくると思いますが、お昼過ぎくらいには戻って来ると思います」

 これからの事を考えるとどこまで長居していいのか考えものだ。ただ、ここまでしてもらってはこの部屋を取っている方に挨拶の一つはしたい。だけど追ってが近づいてくればそれも難しいだろう。

 シーラが顔を上げてハンナの顔を見てせめてこのメイドに今の自分の事情くらいは話した方がいいかと思う。

 そのハンナはいきなり視線を向けられて困った様子で笑みを作っていた。
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