初めての異世界転生

藤井 サトル

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温泉の中の金と銀

夜の銀

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 こうして慰安旅行は無事に終わった……ところで夜中に目が覚めてしまった。

「明日には帰るのにゆっくり眠れないのか俺は……」

 上半身を起き上がらせて回りを見る。みんな眠っているが特に印象深いのはリリアとレヴィアが手を繋いで寝ていることだ。しかし……この状況は何か違和感があるがそれはわからない。たぶん気のせいだろうと結論付けてせっかくだから夜中の風呂でも楽しむ事にした。

 風呂の準備をしながら風呂場までの道のりを思い出す。今一番危惧していることは実は夜中は閉まってます。と言われる事だろう。それっぽい張り紙があったら諦める他無い。
 
 しかし、天は大地に味方したようだ。どうやら浴場に繋がる脱衣場の扉が開く。これは問題ないやってるだろう。

 いそいそと服を脱ぎ真夜中の温泉だ。

 月と星が見える温泉は真っ暗というわけでもなくうっすらと星の光に照らされていた。

 これは風景も楽しめそうだ。

 そう考えながらかけ湯してから温泉へと足を踏み入れたところでまたもや違和感だ。それは温泉が広い。

 こんなに広かったか?

 少しずつ視線を横に向けていくと入り口がもう一つあるのだ……。大地は理解した。この温泉は夜中になると混浴になるのでは?と。だが、誰もいなければ――。

「大地さん?」

 温泉の方から聞き覚えがある声だ。夜空の雲が動き月明かりがその女性を照らしていく。綺麗な銀色の髪と少しだけ浮いている大きい胸が見えた。

「フルネール……か?」

 顔から血の気が引く音が聞こえる。
 起きたときの違和感はこれだった。なんの障害もなく上半身を起こせることに疑問を持てばある程度推理できだだろう。

「ごめん!覗くつもりはなかったんだ。すぐ出るな!」

 そうやって回れ右をして出ていこうとしたところにフルネールは大地を呼び止めた。

「待ってください。お風呂に入りに来たのでしょう?……一緒にはいりませんか?」

 勇気を出すのに一瞬だけ間を空けたがフルネールはそう言った。

「いやでも、お前だって恥ずかしいだろ」

「それは……そうですけど大地さんを信じてますから。それとも私とお風呂はいるのは嫌ですか?」

 何とも断りにくい事を言う女神だ。

「嫌じゃないけどよ……お前は体に何か巻いてるのか?」

「いいえ?」

 この女神は危機感と言うものを持っていないのだろうか?

「……はぁわかった。まだ埋め合わせしてなかったからな」

「埋め合わせって……ああ。リリアちゃんが泣いた時のですね」

 お城でリリアの素性が暴露されたときの話だ。その時にフルネールへ苛立ちのままに返事をしてしまったのだ。

 大地は諦めながら温泉の中へ足を沈めていく。完全に浸かり終わるとゆっくり暖まるのだがフルネールが隣に移動してきた事で緊張が走る。

「おま、俺がせっかく離れたのに……」

「埋め合わせなら隣に来てくださいよ……寂しいじゃないですか。それにお話もしたいですしね」

 隣には一糸纏わぬフルネールだ。顔を向ければ白い肌や彼女の普段見えない部分が見えてしまうだろう。……だから大地は視線を逃がすように月を見る。

「話し?」

「はい。まず私の質問からですね」

 フルネールが改まって聞きたいことか……どんな内容なんだ。

「大地さん」

「おう……」

 ごくりと息を飲む。間を空けるフルネールから聞くのはとんでもない話かもしれないと、心の準備をした。

「皆さんの素足は拝みました?」

「ああ……は?え?何言わせんだ!!」

 とんでもない話だった。こいつ俺を変態として話しかけてきて思わずフルネールの方へ視線を移しそうになった。

「えー?リリアちゃんの生足ですよ!クラリスちゃんもいい足してますよ!!」

「知らねぇよ!!」

 そう言いながらも確りと見ているのは言えないことだ。……浴衣だから見えちゃうんだ。しかたないよな?

「おかしいですね。大地さんが喜びそうな話題のはずなんですが……」

 クスクスと笑いながら言うフルネールの言葉と表情が合っていない。

「まったく……俺をからかいたいだけかよ……」

 その言葉を最後に少しの静寂が訪れる。チャプチャプとお湯に浸かる音とたまに吹く風の音。まさに自然の中に身を投じている感覚を味わっていると再びフルネールが口を開く。

「ねぇ大地さん」

「ん?」

 ポツリとフルネールが大地の名前を呼んだ。

「肩はまだ痛みますか?」

「いや、もう痛みはないな」

「そうですか」

 フルネールは夜空を見上げながら言う。

「……この世界は何をするにしても魔力が殆どの割合を占めています。魔道具なら魔力を込めて使うタイプと込めずに使うタイプ。そのどちらも魔力は必要ですし、戦いとなれば魔法はもちろんですが魔力を込めて攻撃することが殆どなんですよ。魔力の込めかたで力や速さが変わってきますからね」

 アルメルスの技やカイが最初に突っかかってきたときも魔力を込めていたのかもしれない。

「ですから私は大地さんの体を転生させる時に魔力を有した攻撃をほぼ無効化するようにしました。今まで言わなかったのはいざという時に悪意ある攻撃が避けれないと困ると思って……」

 ナルの最後の噛みつきで傷ついたのは込めていた魔力を消したからか。

「……この世界に来てから至れり尽くせりだな」

 普通の人とは明らかに違う作りにした。それなのに怒らず少しだけ笑つて言う大地にフルネールは甘えるように肩へ頭をのせる。

「フルネール?」

「……ごめんなさい。少しだけこうさせてください。女神でも甘えたい時だってあるんです」

 フルネールを拒む気はない大地はなすがままだが……悪くない気分だ。まぁ美女にそんな事されれば拒める男は居ないと断言できる。

「謝る必要はない。俺の方こそ役得だ……」

「はい……」

 大地からフルネールに聞きたいことはあるにはある。何せ魔力の攻撃を通さない体なんて異質も良いところだろう。なら『何故そんな体にしたのか』だ。

 前からフルネールが隠し事をしているのは知っていた。それが『リリアが王女』か今日の『異質な体』の話かと思ったが……何か違う気がする。きっと俺をそんなに強くした理由に繋がるのだろうが……それでも質問する雰囲気ではなくなってしまった。

 それならそれで仕方がない。今はこの肩に乗る重みと髪の質感を味わいながら銀の美女との一時を楽しむ事にしよう。

「ねぇ大地さん」

「何だ?」

 また一時の静寂が訪れる。だがいやな時間でもない。

「初めて異世界転生をして呼び出したのが貴方でよかったです」

「そうか。俺の方こそ嬉しいよ……」

「……私頑張りますね」

「?……おう」

 月明かりに包まれるまま二人の時は過ぎて行くのだった。
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