初めての異世界転生

藤井 サトル

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温泉の中の金と銀

暴走ナインテイル

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 ナインテイル。その子供はまだ体が小さく尻尾も三つしかなかった。本来の変わった鳴き声である「コン」という鳴き方も出来ないその子供は「きゅー」と顔に似合った可愛らしい鳴き声を発し、人懐っこい性格が全面的にでているようなモンスターだった。

「おいおい。お前……そんな姿じゃなかっただろ?」

 だが今はザルドーラの強化魔法を受けて姿が変わってしまっている。小さかった体はふたまわり以上も大きくなり、狂暴な獣の様な顔つきへ変わっている。そして、増えている六本の尻尾は赤黒い色で作られていた。

「グルルルルル」

 もう可愛らしい鳴き声の面影は何処にもない。獣のうなり声が知らせるのはこちらを獲物としてみている事だ。

 「がうっ」とナインテイルが吠えると九個ある尻尾の先端に火が灯る。その火は直ぐに火球へと変わり大きくなっていった。ナインテイルが使う十八番の『狐火』という魔法だ。

 そしてその大きくなった火球がゆっくりと宙へ浮かび上がる。この狐火という魔法は自由な魔法でナインテイルの思うがままに操ることが出来る。

 しかし、混乱による暴走状態のナインテイルでは複雑な動きはできず、ただ単に大地に向かって飛ばすだけだった。

 さほど動くスピードは早くなく避けるのは簡単だった。大地が横にとんで避けるとその焔がゆるやかに曲がって追ってくる。

「追尾か……」

 避け続けても意味がなさそうだと感じた大地は迎え撃つことにした。拳を握り当たる直前まで引き付けてから全て叩き壊す。

 再びナインテイルに目を向けた。狐火をあっさり壊したことで戦い方を変えてくるようで尻尾の回りに風が渦巻いている。その風は「がぁっ!」というナインテイルの掛け声と共に放たれた。

 その風は三日月型の刃となり大地に襲いかかる。9本の尻尾から放たれはしたが途中で3つに分裂した。その数は合計27つの風の刃だ。

「うわっ」

 急に数が増えて驚きながら大地は腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。風の刃で体が傷つく事はないが浴衣は切り裂かれていく。

「くそ……フルネール。このナインテイルを戻す方法はないか?」

「そう言われましても……先程の男が言った事で言えば強化されている状態は一時的らしいですから時間だとおもいます。だけど、意識の方は……わかりません」

 あのザルドーラが使った魔法はフルネールも知らない魔法のようで彼女が持つ情報は自分と同じくらいということだ。

「ぐがあっ!」

 ナインテイルが吠える。それと同時に自分の体に土をまとわせていく。刺々しい土の鎧を作り上げたナインテイルが勢いよく走ってきた。体を大地にぶつけるが大地の体に傷をつけることはできず、逆に反動を受けたナインテイルが弾かれた形で地面へ転がった。

 ナインテイルは起き上がると直ぐに大地へ向いて唸りだす。もう相手を殺すことしか考えられないのか殺意を向け続けてくる。そしてナインテイルが動く。

 自分の前足をバチバチと雷をまとわせて飛びかかってくる。何度も何度もその爪で切り裂こうとするがダメージにならない。大地からすると爪楊枝でなぞられる感覚だ。

「もうやめろ!意識を取り戻せ!!」

 闘争心が全面に出てきているナインテイルに大地の言葉は届かず、それどころか攻撃の手数が増える。雷の爪に加え狐火、風の刃を合わせて絶え間なく攻撃してくる。だがずっと続くかと思われたその連続的な行動はナインテイルの体を見ることでタイムリミットがあるのだと理解した。

「お前……体がボロボロになってきてるじゃないか……」

 強化魔法で無理やり能力を高め、無茶な攻撃を繰り返している事で体がついていけていないのかもしれない。痛みを感じているのか呻き声も弱々しくなっている。このまま続ければナインテイルはいずれ死んでしまうだろう。だが、助ける方法は何一つ無い。

「もうよせ……お前戦うの嫌いだったんじゃないのか?温泉であったときも逃げているときも攻撃なんて一度もしなかったじゃないか」

 止まらない。
 もう殺して楽にしてやるのが唯一出来ることなのかもしれない。そう考えた大地はその手に黒く光るハンドガンを召喚した。こちらに向かってくるナインテイルに照準を合わせて引き金にゆびをかける。

 引き金を引けばそれで終わる。だが……ナインテイルの目から涙が溢れているのが見えた。届いていないと思っていた声は聞こえているのかもしれない。

 大地はハンドガンを……消した。

 そしてナインテイルが飛びかかってくるのを受け止める。魔力を体に纏っているナインテイルは大地の肩を噛みつこうとしているが牙は通らない。

「濡れてないお前を撫でたいと思ってたがこんな形になるとはな……」

 大地が優しくナインテイルを撫でていく。
 それに反応するように強化魔法も解けだし黒い部分も消え尻尾の数も減っていく。そして意識の片隅で傷つけることを恐れたナルが纏った魔力を消した。

「いけない!」

 全ていい方向へ動いていると感じていた大地とは裏腹にフルネールがそう叫んだ。その直後、大地の肩に痛みが走る。

「ぐっ……」

 かなり深く牙が肩を貫いているのだ。この世界に来てここまでのダメージを負ったのは初めてであり痛みによる耐性が低い事を思い知らされる。たが、それでも今ナインテイルを離してはいけない。直感で大地はそう感じた。

「……俺の肉は美味いか?……だがな、もっと美味いもんあるぞ?……フルネール!肉を!」

「え?あ!はい!!」

 慌てながらフルネールは酒のつまみだったたった一つの肉を取り出すと大地へ投げた。抜群のコントロールにより大地の手のひらへ飛んだ肉を確り掴みとる。

「ほら、温泉の中で美味そうに食ってたろ?」

 肉をナインテイルの鼻へ近づけると噛む力が弱まった。そして突き立てていた歯を離すと大地の持つ肉の臭いを嗅ぎ始めた。そして、あの時のようにパクリと肉を口の中へ頬張るのだ。

「きゅー……」

 肉を食べ終えたナインテイルの子供は弱った体でペロペロと大地の頬を舐める。まるで謝っているような声で鳴きながら。

「戻ったのか……」

 あの狂暴そうな目付きも、体躯の大きさも、黒い模様も、増えた尻尾も無い。全てが元通りだ。

「お疲れさまでした。大地さん」

 フルネールが歩いて近づいてきた。そして優しそうに撫でるのだ……ナインテイルを。

「あれ?俺を労ってくれるんじゃないのか?」

 等と冗談ぎみに言うと「希望なら後で労ってあげますよ?」と微笑みながら言ってくる。

「ダイチさん!ナルちゃんは!?」

 おっとリリアも俺の心配よりもナインテイルの方が大事らしい。

「きゅー!」

 リリアの言葉に反応したのか元気に大地の体から飛び降りる。

 先程まで衰弱していたはずなんだが……ああ、フルネールか。

 はい。私がやりました。大地さんもナルちゃんも頑張ったので私からのご褒美ですよ?

 それで俺の怪我は?……っていうか何で急にこんな怪我したんだろうか?

 それは……後で教えてあげます。そろそろ知っておいてもらった方が良さそうですしね。あと怪我はきっとリリアちゃんが直してくれますよ?

 フルネールはそう言ってくれるが、その肝心のリリアはナインテイルを抱き締めつつペロペロされて喜んでいる為、大地の怪我に気づくようすはなかった。

 とは言え、これはこれで怪我を負ってまで頑張った甲斐があったというものだろう。
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