初めての異世界転生

藤井 サトル

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温泉の中の金と銀

狙われたナインテイルの子供

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 木のうろの前で倒れている尻尾が9つあるナインテイルはお腹の当たりが血で真っ赤に染まっていて絶命している。その顔の近くには今まで盗んできた食べ物がいくつも置かれていた。その半分以上は日が経ちすぎていて食べ物ではなくなっているのを見ると母親ナインテイルは亡くなってから数日が経っているのだろう。

「この子のお母さん……」

 リリアが母親ナインテイルと鼻を近づけて悲しそうに鳴いている子供ナインテイルを見ながら呟く。

「この子……お母さんのために食べ物を盗んでたんでしょうか」

 動けなくなった母親の為に危険を冒してでも食べて貰うために……。

 『食べ物なら果物でもよいのでは』そう考えもしたが、よく見るとこの森でとれたであろう果物類は腐りきって全滅していた。きっと果物では食べてくれないと子供ナインテイルは考えたのだ。だから……町までやって来て食べ物を盗んだ。人の食い物が美味いと知っているんだ。

「たぶんそうだろう……」

「でも、この子のお母さんはもう……あ!?クラリスさん危ないですよ!」

 不用意に近づいていくクラリスを見てナインテイルの子供が強く鳴いた。何時でも飛び掛かれる。そう言った姿勢から見えるその構えは明らかな威嚇だ。しかしそれをものともせずにクラリスは母親ナインテイルのすぐ前へ歩み寄ると膝を折って屈み腹にある傷跡を見る。

「何か鋭い刃物で切られた見たい……」

 クラリスが離れたことで威嚇を解いた子供のナインテイルはその母の頬当たりをペロペロと舐める。

「あの――」

 リリアが何か言いかけると森の中からガサガサと音が聞こえた。5人は直ぐに音がした方へ視線を向ける。リリアは杖を両手で握りしめ、クラリスは拳を作り構えをとる。大地は棒立ちで見続け、フルネールはそんな大地の後ろへ隠れ、レヴィアはつまらなさそうに目を細めた。

 戦闘態勢は整った!モンスターがいつ飛び出してきても問題はない。

「……ふぅ。森は歩きにくいな」

 だが、そんな大地達の前に出てきたのは深い青色の鎧で全身を覆っている人だった。もちろん中身が人間なのか亜人なのかは知る事は出来ない。

「誰だ……?」

 大地がそう声をかける事でこちらの存在に気づいたようだ。ガシャリと金属が擦れて動いた音を立てながら顔を覆う兜をこちらへ向けてきた。

「あんた誰?」

 それはこちらの台詞だろ……。

「名前を知りたければ先に名乗るのが礼儀だろ?」

 お決まりな台詞だな!

 ブーメラン刺さってますよ?最初に聞いたのは大地さんですよね?

 俺の声は届いてなかったっぽいからノーカンだ!

「……あんたが先に聞いてきたんだろ?」

 やべぇ聞いてやがった。

 大地は『はぁっ』とため息を一つ吐き出してから相手を見やる。

「俺は大地。ホワイトキングダムでハンターをしている者だ。ランクはC……」

「……俺はアルメルス。南にずっと行った先にある騎士国ナイトガーデンの騎士だ」

「アルメルス……」

 その名前に聞き覚えがあるのかクラリスが復唱する。そして思い出したように顔をあげた。

「あなた『夜空の騎士』?」

 夜空の騎士って何だ?

 リリアちゃんに関係してないので私は知りません。

「ナイトガーデンには特別な三騎士がいるの。王直属の騎士ですごい腕が立つという話よ。目の前の男はその三騎士の一人……夜空のアルメルスだよね?」

 大地とフルネールの脳内会話を盗聴したんじゃないか?と思えるタイミングでクラリスが教えてくれた。

「へぇ。そのすごい騎士がこんなところで何してるんだ?」

「仕事だよ……ある男を追ってな。それと、その道中で災いの種を潰すこと……かな」

 アルメルスの兜の向きが大地達から外れた。兜の向きの先にいるのは……子供のナインテイルだ。そして、アルメルスの武器である長剣が煌めいた。

 ――ガキィン。

 リリアには大地とアルメルスがいきなり消えたように見えただろう。クラリスでギリギリ目で追うことが出来たくらいだ。

「何故……邪魔をするんだい?」

 アルメルスがナインテイルを殺すと踏んだ大地は珍しく鉄の長剣を召喚した。大地がその剣を握りしめると同時にアルメルスは真っ白い鞘から剣を引き抜いて踏み出した。――直後に大地も地を蹴って飛び出す。そして振り下ろしたアルメルスの剣に大地も剣を振るってぶつけたのだ。

「理由を知りたいか?」

「そうだね。いずれ人に害を成すであろうモンスターを庇った理由を聞かせてくれるかい?」

 表情が見えない鎧の中の声は怒るでもなく落ち着いた声だった。

「情が移っただけさ」

「……それだけでSランクになるモンスターを守ったのか?」

「ああ。そうだ……よっ!」

 大地が力を込めてアルメルスを押し返した。
 少しだけよろけそうになったアルメルスは二、三歩下がりながら体勢を立て直す。そんなアルメルスに大地は剣先を向けていう。

「少なくとも横からしゃしゃり出てきたてめぇが手を出すのは腹立つな」

「……強くなるモンスターのガキが一番危険なんだ。厄介な存在になる前に今斬るのがベストだ。邪魔するなっ!」

 再びアルメルスが地を蹴り飛び出す。同時に大地も地を蹴った。二つの斬撃がぶつかり合い衝撃を撒き散らす。お互いの斬撃は一合では終わらない。

「Sランクになればそりゃあ厄介だろうな」

「それがわかっているなら何故止める!?……まさかあんたはあの男の仲間なのか?」

 何度も剣がぶつかる音が奏でられていく。

 明らかに剣の振りが素人の大地をすぐにきり伏せられる……だから、ある程度切りつけて退かせればそれでいい。

 そう考えたアルメルスだが、剣速に食らいついてくる大地の反射神経は恐るべきものだと改める。本来なら相手の視線、腕や体の向き、足の位置。それら全てを見極めて剣筋を予測するのだ。

「あの男?誰のことを言っているんだ?」

「しらばっくれるのか?ザルドーラの手先か?と聞いているんだ!」

 ザルドーラ……知らない子ですね。

「知らねぇよそんな奴!!」

 大地は剣速を一段早める。左から右の横払い、上から下の振り下ろし、右下からの左上の切り上げ。だが、そのどれもをアルメルスは防ぎ躱していく。

「それが演技かどうかわからないが……どうしても俺の邪魔をするんだな?」

 アルメルスが大地の剣を強く弾こうと振り払う。剣と剣がぶつかり強烈な金属音が鳴り響き、膂力りょりょくで負けると判断したアルメルスは後ろへ飛んで距離をとる。

「仕方がないか……死んでも恨むなよ?そっちが邪魔してきたんだからな」

 アルメルスがそう言うと鞘を手に取り剣を差し込む。そして剣の柄を握ったアルメルスが自信の前へ天を刺す勢いで掲げる。

 すると鞘の白が剥がれていくように光の粒子が鞘から離れていく。その細かく白い粒子はアルメルスの鎧へ吸い寄せられていった。

「なるほど。夜空の騎士ね……」

 深い青色の鎧にキラキラ輝く光を纏ったことで夜の星空を鎧にしたような姿へと変わった。

「これが俺の本来の姿だ。ここからは手加減出来ないぞ!」
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