初めての異世界転生

藤井 サトル

文字の大きさ
上 下
70 / 281
雪夜咲く、美人の笑顔に、満ち足りる

星空と儚い夢

しおりを挟む
「そういえば、大丈夫なのか?」

 大地がフルネールを見ながら言ったことで自分に聞かれている事はわかったフルネールだが、その質問の意図が分からなかった。

「大丈夫って何がですか?」

 主語が無い質問に対しては正確に答えを返す事なんて無理だ。だからこそその主語を求めて聞き返す。

「いや、確かお前って生物を傷つけちゃいけないってルールがあったよな。さっきのがそれに該当するのかわからないけど……」

 被害者とは言え、少しでもかかわった大地は心配そうに聞く。そうするとようやくフルネールは大地の意図を理解すると、少し困惑した表情を見せた。

「えっと、あれ……?私、『魔法で傷つけちゃいけない』って言いませんでしたっけ?」

「え?あれ?ん~?」

 自分の頭を探る様に大地は何日か前の記憶を思い出そうとするが……言葉の端々なんて覚えていない。

「という事は素手なら何も問題ないという事か?」

「はい♪心配してくれたんですね。ありがとうございます」

 自分の思い過ごしだったからか、或いはフルネールの悪意のない笑顔で拍子抜けしたからか。どちらにしても大地は気が抜けた。

「そうか……何もないならいいんだが」

「えっと。何のお話ですか?」

 安堵している大地と笑顔のフルネールの間にいるリリアが二人の顔を交互に見る。

「リリアちゃん。私のお話ですよ。私がこの世界にいる条件として魔法で誰かを傷つけちゃいけないお決まりなんです。それはモンスターも含まれてしまうので……」

「そうなんですね。それじゃあ頑張ってフルネールさんをお護りします!」

 リリアが両手を自分の前に出しながら手を握り『頑張ります!』といった具合に意気込む。

「リリアちゃんは素直ですねぇ。大地さんは護るだなんて、そんな事を言ってくれなかったのに」

 チラチラとフルネールは大地を見てくる。

「でも素手でなら撃退してもいいんだろ?」

「大地さん!モンスターに素手で向かっていけって言うんですか!?それとも武器を持って私にモンスターの首をはねろと!?」

「そこまで言ってねぇよ!」

 全く。そう思いながら大地はリリアに目を向けるとアーデルハイドの髪の色を思い出し気になってしまった。

「リリア?ちょっと後ろ向いてくれるか?」

「え?あ、はい」

 リリアが素直にくるりと振り返る。

「リリアちゃんに何か変な事をする気ですね!」

 フルネールは驚くように言うがその目は少し期待に満ちているようにも見えなくはない。

「しねぇよ!」

 フルネールの言葉を一刀両断した大地は再びリリアの方へと振り向くと徐にリリアの髪へと手を伸ばした。長い金色の髪は大地の指の間からスルリと離れていく程サラサラとしている。
 触感はさておいて、この髪色が特にアーデルハイドと似ている触れて近くで見るとよくわかる。
 そんな綺麗な髪の束を救い上げるように掌に乗せサラサラと落としたり、掌と親指で髪をはさんで滑らしたりと眺めていく。

「あの大地さん?変な事をしないんじゃないんですか?」

「え?」

 フルネールが大地をジト目で見ながら抗議をする表情だ。

「え?じゃないですよ。もう、いきなり女の子の髪を弄ぶなんてダメですよ?犯罪ですよ?……ほらほら、リリアちゃんからも何か言ってあげてください」

「まじ……で?」

「え、えっと。わ、私は大丈夫…です」

 リリアは顔を赤くさせながら固まったまま動かない。
 頭を撫でられる時に髪に触れられる事は度々あった。それは別に大地だけではなく、フルネールやアーデルハイドおねえちゃ……お姉さまやクルスお兄様も撫でてくる事はあった。だけど、こうやってじっくり髪を触られたことはなく、何かむず痒さが溢れてくるのだ。

「お前たちはいったい何をしているんだ?」

 大地とリリアの様子を横から少し眺めていたアーデルハイドが呆れ顔で言ってきた。

「アーデルハイドか。いや、リリアの髪がアーデルハイドと同じ色しているなって思ってな」

 クールな様子を振舞いながらシレっと言って離れる大地だが、アーデルハイドに見つかり内心ではバクバクと悪い事をしたように心臓が早鐘を打つ。

「え!?……わ、私の髪色なんていっぱいいますよ?」

 リリアのいう事ももっともだ。もっと奇抜なら今の不思議に思う感覚も分かるのだが、何故自分は気になったのだろうか?

「ん?それもそうだよな」

「あ、あー。もしかして大地さん。リリアちゃんの髪を触りたいからそんな事を言ったんですか?」

 フルネールがジト目で見始めてきた。この流れは……ヤバい!そう思ったのだが、その流れをアーデルハイドが断ち切ってくれる。

「ふふ。何なら私の髪も触ってみるか?」

 と思ったのだが、断ち切ってくれたかは少し疑問だ。

「いや、さすがに王女様であるアーデルハイドの髪を弄るのはちょっと……」

「ふむ。今更だと思うんだがな」

 何気なく言ったアーデルハイドの言葉だが、それに強く反応したのはリリアだ。

「アーデルハイドお姉ちゃん!」

 リリアの声にアーデルハイドが驚いているが、おふざけで言っただけで戒める様に名前を叫ぶ様に呼ばれれば驚きもするだろう。

「いや、やめておくよ。さっきもフルネールにみだらに触れれば犯罪だって言われてしまったからな」

 いやぁまじで。リリアが「気持ち悪いので通報しますね」とかって言ってこなくて本当に良かった。というかあまり仲のいい女性でなかったら確実に通報案件かもしれん。

「そうか……。それはさておいて、部屋についてはすまなかったな」

「いえ、本来なら私とリリアちゃんが含まれていなかったでしょうし仕方ありませんよね?」

「え?何の話?」

「だが、ベッド一つしかないのは」

「それは何とかなりますよ」

「ねぇ?何の話?」

 アーデルハイドとフルネールが話す内容に何とか割り込もうとする大地。嫌な予感しかしないのだ。

「いえ、ただベッドが一つしかないですよってお話ですから大地さんは気にしないでください」

 なるほどー。リリアと2人部屋なら大変だもんな。

「一つの部屋に3人だからな。多少窮屈かもしれないが我慢してくれ」

「3人……?2人じゃなくて?」

「ん?聞いていないのか?部屋数が足りなくてな。ダイチとネールとリリアを一緒の部屋にするしかないんだ」

「まじで?」

「ちなみにリリアちゃんには大地さんが海の中へ落ちてしまった時にお話ししておきましたよ?」

「どの道もう出発してしまっているんだ。ダイチも諦めてくれ」

 そう言って去っていくアーデルハイドを見送る事しか大地には出来なかった。


 結局その後は諦めて3人部屋を承諾するのだが、正直、一人部屋や男だけの部屋より気を遣う。まぁそれはあちらもそうなのだろう。
 そうこうしている内に夜がくる。今度こそリリアとフルネールはベッドに大地は床にという具合で就寝する……はずなのだが、なかなか寝付けない大地は寝ている二人を起こさずにふと外へとでた。昼とは全く違い夜の帳に覆われた甲板の上は辺りの暗闇の中で潮の匂いが協調され、上を見上げれば星空が一面に広がっていた。

 自分以外に誰もいない……見張りなどを置かなくても大丈夫なのだろうか?そう思えるほどの静けさのおかげで波の音もよく聞こえてくる。その音以外にももう一つ別の音が聞こえ始めた。

 足音?

 そう思って振り返ろうとした時に声が聞こえてきた。

「ダイチさん」

 よく聞き馴染んだ声……リリアだ。

「リリアか?眠れないのか?」

「……はい。絶対に見つけなきゃって考えちゃうとどうしても」

「気負い過ぎるのはよくないと思うぞ?」

「わかってはいるんですけど……難しいです」

 少し困ったように苦笑するリリアの顔が星空から降る明りに照らされているものの、それでもこの帳の中でははっきりとその表情を見る事は出来ない。

「難しいか。それなら星空でも眺めていくか?なかなか綺麗だぞ」

 甲板の上層に繋がる階段へと座る大地の後に続く様にその隣へとリリアは腰を掛けた。

「本当に綺麗ですね。あ、雪も降ってきましたよ?」

 チラリチラリと降り出した雪。それは雪山が近くなってくる合図なのだが、船の上、周りは海原、天には満開の星空に雪というアクセントが加わって星空がより一層輝いて見える。その光景にくぎ付けになっているとリリアは一つの逸話を思い出した。

「ダイチさん。ドラゴンがいるってお話はした事有りますよね」

「ああ。竜の谷にドラゴンが住むとかっていうのを聞いたことがあるな」

「そのドラゴンの一種に『ソルリア』という戦死した勇敢な魂を運ぶドラゴンが居ると言われています」

「魂を運ぶ?」

「はい。運ぶ先はお空に輝くお星様まで連れて行ってくれると言われています」

「あの星にか?それは偉く高いところまで運んでくれるな」

「それだからそのドラゴンの体は星の光を浴びて白くなった。とか、神の使いだから白いと言われたりするんですよ」

 リリアはその瞳を星に向けたまま続ける。

「そのドラゴンの話を思い出す度に思うんです。もし私が死んだら……聖女でも、あのたくさんあるお星様まで連れてってくれないかなって……」

「人間なのだからいつかは死ぬだろうけどよ、聖女だからってそこで差別されるのか?」

 リリアは大地に視線を戻す。先ほどとは距離が違う故にその苦笑している表情をしっかりと大地は視認する。

「……聖女はほかの人と違うので出来ないってわかっているんです。だから、今言ったのは私のただの夢……みたいなものです」

「聖女だから……ねぇ。そんなに特別なものなのか?」

 魔力が高いのは分かる。聖女にしかできない事があるのもわかる。だけど、それ以外はただの人だ。

「はい。私は人とは違うので……」

 諦めにも似た雰囲気を感じ取る。だから少しだけイラっとした。それはリリアにではなく、リリアがそう思わなくてはならない程に敬遠してきた奴等にだ。

「それならいつか……俺があの場所まで連れてってやるよ?だが恐らくきっついぞ?」

 その冗談のような言葉にリリアはクスクス笑う。流石の大地でも無理だろうとわかりつつも少しだけ期待をくれると気分も晴れやかに……楽しくなってくる。だから――。

「その時を楽しみにしていますね」

 そうして雪が降る中、そう言ってはにかんだリリアの心にズキリと痛みが走った――。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

アブソリュート・ババア

筧千里
ファンタジー
 大陸の地下に根を張る、誰も踏破したことのない最大のロストワルド大迷宮。迷宮に入り、貴重な魔物の素材や宝物を持ち帰る者たちが集まってできたのが、ハンターギルドと言われている。  そんなハンターギルドの中でも一握りの者しかなることができない最高ランク、S級ハンターを歴代で初めて与えられたのは、『無敵の女王《アブソリュート・クイーン》』と呼ばれた女ハンターだった。  あれから40年。迷宮は誰にも踏破されることなく、彼女は未だに現役を続けている。ゆえに、彼女は畏れと敬いをもって、こう呼ばれていた。  アブソリュート・ババ「誰がババアだって?」

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。

烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。 その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。 「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。 あなたの思うように過ごしていいのよ」 真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。 その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。

死んでないのに異世界に転生させられた

三日月コウヤ
ファンタジー
今村大河(いまむらたいが)は中学3年生になった日に神から丁寧な説明とチート能力を貰う…事はなく勝手な神の個人的な事情に巻き込まれて異世界へと行く羽目になった。しかし転生されて早々に死にかけて、与えられたスキルによっても苦労させられるのであった。 なんでも出来るスキル(確定で出来るとは言ってない) *冒険者になるまでと本格的に冒険者活動を始めるまで、メインヒロインの登場などが結構後の方になります。それら含めて全体的にストーリーの進行速度がかなり遅いですがご了承ください。 *カクヨム、アルファポリスでも投降しております

異世界貴族は家柄と共に! 〜悪役貴族に転生したので、成り上がり共を潰します〜

スクールH
ファンタジー
 家柄こそ全て! 名家生まれの主人公は、絶望しながら死んだ。 そんな彼が生まれ変わったのがとある成り上がりラノベ小説の世界。しかも悪役貴族。 名家生まれの彼の心を占めていたのは『家柄こそ全て!』という考え。 新しい人生では絶望せず、ついでにウザい成り上がり共(元々身分が低い奴)を蹴落とそうと決心する。 別作品の執筆の箸休めに書いた作品ですので一話一話の文章量は少ないです。 軽い感じで呼んでください! ※不快な表現が多いです。 なろうとカクヨムに先行投稿しています。

処理中です...