初めての異世界転生

藤井 サトル

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雪夜咲く、美人の笑顔に、満ち足りる

前日にやる依頼前の事前準備だよ!前編

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 ギルドを出ると大地達は商店街の方へと足を向けた。その目的地に近づくに比例して喧騒の音がが大きくなっていく。それは声だったり物の動きだったりと様々な音が混じりあっているようだ。

「前にもここに一緒に来ましたね」

 砂漠に行くための買い物をした時の話だ。

「そうだな。あの時と同じように今度は雪山で必要そうなのを教えてくれると助かる」

「任せてください!」

 リリアが大地の言葉を聞いて胸を張って答えてくれる。

「まぁ、予算は5000ゴールドまでしかないが」

「え?全額使う気ですか?」

 予想外の台詞を聞いたリリアが困った顔をしている。大地としてはそこまで変なことを言ったつもりはないのだ。対自然の道具を揃えるとなると結構かかるだろう。そこに食料も合わせるから手持ちの5000ゴールドでは足りない可能性がある。

「フルネールもそれで良いか?」

 大地が振り向いて聞くが……。

「ふーん」

 と、頬を膨らませてフルネールは拗ねていた。

「あー……フルネール?」

「ツーン」

 声をかけようとも目をいっこうに合わせようとしない。

「悪かったから機嫌直してくれよ」

「やだ」

 そう子供みたいに言ってそっぽを向くフルネール。普段の態度と全く違うため、大地もどうして良いのかお手上げ状態だ。

「そこをなんとか!」

「いや」

 だからと言って放って置くわけにもいかない。何せ彼女がそんなんだとこちらの調子も狂うというものだ。

「だって…怖かったですし……」

「いや本当に悪かったから……どうしたら機嫌直してくれるか?」

 情けない話だが女性の機嫌の取り方など知るよしもない大地は直接聞くしかない。だが、そうやって聞いたのがよかったのかフルネールはやっと大地を見てくれる。

「……じゃあ、この商店街にいる間、手を繋いでいてくれるなら許してあげます」

 少しだけ考えたあとに言った妥協案がそれらしい。しかし、何とも彼女らしくない案だろうか。無茶ぶりするだろうと覚悟していただけに……こう言うとアレだが拍子抜けだ。

「いや……ですか?ダメなら少しだけでも良いんですけど……」

 少し待っても大地から言葉が返ってこないせいか、今度はフルネールが難易度を下げるような交渉をしてきた。

 とは言え、その下がった妥協案に乗っかるなんて出来るわけがない。それに、いつもと違いかなりしおらしく言うフルネールに少しだけ見惚れてしまったのは内緒だ。

「いや、商店街にいる間だけでいいのか?」

「……はい」

 フルネールが頷くのを見てから隣にたつとその手を握った――のだが、フルネールは一度その手を離して握り返す。

「えーっと、それで良いのか?」

「はい♪」

 フルネールの握り直した手はお互いの指の間に指が順番に入る……所謂恋人繋ぎだ。
 流石にこれは照れも出てくるのだが、それを内心だけに留める。

 あー、本当にこれだけで良いのか?何か欲しいのがあるならか買うぞ?

 いえ、これで十分です……でも、もうアレはやめてください。いきなり後ろから口を塞がれるのって怖いんですよ……。

 ああ。二度としない。女神に誓うよ。

 はい。確り誓って下さいね。……あ、もう一つわがまま言えるなら……。私に手を握られている感想をどうぞ!

 何時もの調子が戻ってきたフルネールとの脳内会話で安堵しつつどう答えようかと考える。

 最近、フルネールとの脳内会話で思考を駄々もれにしないコツを掴んできた。まだ完璧ではないがある程度は制御できるようになってきたのだ。

 柔らかくてスベスベしてるし、触り心地はいいな。

 あ、ありがとうございます……。

「えへへ」

 と口に出してニコニコの笑顔でフルネールは繋がっている手を前後に振るう。

「お、おい。どうしたんだよ……」

 その行動についていくのがやっとの大地は少し焦り始める。

「っていうか。結局金は全部使っていいのか?それとも残しておくか?」

「雪山は危険ですし、全部使ってでも準備はした方がいいと思いますよ?」

 まぁそう言うなら全額雪山投資するか。

「なぁリリア……リリア?」

 振り向いてリリアに目を向けるとリリアはある一点を見つめていた。その一点とはフルネールと大地が繋いでいる手だ。

 大地の二度目の声でようやく我に気づいたようにリリアは顔を大地に向けた。

「あ、すみません。何でしょうか?」

「あー最初は何処から寄るかって言う相談だな」

「そうですね。魔道具屋さんで必要なものを買いましょう」

 そんなこんなでやって来たのは魔道具のお店。看板には魔道具屋と書かれた文字のしたに『魔法より魔道具を愛せ』と書いてあるらしい。

 店に入ると開口一番、店の親父が声をかけてきた。

「いらっしゃい!良い魔道具揃ってるよ!」

 店内はわりと広く、棚には色んな魔道具が置かれている。

「ダイチさん、最低限必要なものはキャンプ用の簡易テントと暖房系、それと……」

 リリアが大地に籠を渡した後、その籠の中に魔道具をポイポイ入れていく。

「こんなものでしょうか」

 籠に幾つかの魔道具が入ってるのを確認する。その中の半分以上は使い方がよくわからないものだ。

 後で使い方教えてもらわないとな。

 因みにこの魔道具だけで手持ちの金が半分以上ぶっ飛んだ。

「あと、服屋さんと食べ物を買ったら終わりです」

「服屋?何か服を買うのか?」

「ダイチさんとフルネールさんのですよ!まさか、今の格好で買いにいくつもりですか!?」

 大地の格好は常に半袖のシャツに長ズボンというシンプルで且つ動きやすい格好だ。

 砂漠もこれで乗り越えたけどダメか。

 いえ、乗り越えられずに倒れましたよね?

 フルネールの格好は袖は二の腕までで、胸元は隠れている。それでいてスカートの丈は膝のすぐしたまであるワンピースのような物だ。あと、全体的に白い。

 その服、汚れたところ見たことないんだけど?

 基本的に外部からは汚れないようになってるんですよ。

 外部から?

 ……この話はもうやめにしましょう。

「ダイチさん?雪山はすごく寒いんですよ!」

「そうですね。リリアちゃんの言う通りにして買いにいきましょうよ」

 言われて改めて気づく。確かに今の格好で行くのは危険か。とは言え残り少ない金で買えるものなんてあるだろうか。


 そうこうしているうちに服屋の前へたどり着く。看板にはデカデカと服屋と書かれていて、その下には『人になりたければ服を着ろ』と言うキャッチコピーが書かれているらしい。

「本当でしたら服を全部防寒具にしてほしいところなのですが……」

 言葉に詰まる気持ちはよくわかる。だって金無いもんな。

「上から羽織る物を買いましょう。それだけでも生存率はあがりますから!」

 そうしてリリアに服屋の内部を案内されてたどり着いたのが防寒具エリアだ。その中でも暖かそうなのが並ぶが……結構なお値段のようだ。

「以外に……高いですね」

 フルネールは目の前の一番暖かそうなコートの様なものを見る。内側に動物の毛が使われているらしく触り心地もよさそうだ。しかし、その値段を見てこれはなかなか厳しそうだと表情をしかめた。

 今の手持ちは2000ゴールド。フルネールが手にしたのは1000ゴールド。少しランクを落とすとちょっと暖かい大きめのマントが500ゴールド。このマントはセールらしくて今だけこの値段らしい。

「ダイチさん、少し私からもお出ししましょうか?」

 リリアが気を使って言ってくる。確実に生きるにはその方が無難ではあるのだが、30のおっさんが16の少女に金を出して貰うのも、借りるのも心情的に嫌なのだ。

「気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

 そうやんわり断ったのは良いが金はないのだ。

「大地さん。こちらの大きなマントにしましょうよ」

 フルネールが手を握っていない方の手で指を向ける。その所作から気を使ってるのがよくわかる。

「そうだな」

「お客様。お決まりになりましたか?」

 大地が頷いて買うものを決めた瞬間、隣から店主が顔を出してきた。絶妙なタイミングなのは恐らく彼が店を経営するためにまなんだ技術なのだろう。

「ああ。これとそれを一着ずつ頼む」

 大地が購入する物を指を指す。その指はフルネールが手に取った1000ゴールドの物と500ゴールドのマントだ。

 一応どちらも魔法がかけられていて普通の羽織るものよりは暖かいらしい。

「大地さん!」

 フルネールが咎めるように言うが店主はいそいそと服をもって購入の手続きをしている。もう怒ったところでおそいのだ。

「前に言ってたろ。服は少し高いのほしいって」

 洞窟で女神が言ってた女子トーク?の話だ。もしかしたら冗談として言っていたのかもしれないが……残念ながら大地にそれを見抜く力はない。

「あれは……お洒落で言ったのですよ」

「まぁ、せっかく買うんだ着てくれた方が安心するんだが嫌か……」

「……わかりました。大事に着させてもらいますね」

 そうして店主から受け取って店から出たはいいんだが、そろそろ気になっていた事に対して目を向けるべきだと考えた。

「えーと、リリア?先程からチラチラ見てきてるけど、どうしたんだ?」

 魔道具屋に居た時に気づいたんだが、何かの合間にチョクチョクこちらを見てきているのだ。しかし、こちらを見てきているだけで特に何かしているわけでも無いのでこちらとしても扱い難い。

「えっと、その……」

 なかなか答えないリリアは少しだけもじもじしだす。その状態に大地は?マークを浮かべていると何やら脳内で声が聞こえてきた。

 大地さんは本当に鈍いですね。リリアちゃんは私と大地さんの手を見ているんですよ。

 手って、この繋いでる手か?

 はい。リリアちゃんは誰かとおててを繋いだこと無いと思いますし、不思議なんでしょうね。

 んー?手くらい誰かと繋ぐもんじゃないか?

 リリアちゃんは聖女ですからね。

 あー、前にも神に仕えているって言ってたし聖女って人に触れる事を禁止したりして規律を厳しくしているのか?

 いいえ?神に仕えているって言うのはその人達の宗教観なので私は何もしていないのですよ。それに聖女だから人に触れるなって新手の拷問ですか?大地さんは案外鬼畜ですね?

 えー?考え付くことを言っただけなのにすごいディスられた……。

 まぁでもある意味聖女だからで正解かもしれません。問題なのは聖女ではなく周りの人達なのですが。

 ふむ。つまりリリアが聖女であるせいで敬遠されてるって事でいいか?この前の赤髪の男を思い出すとその辺が当たりそうなんだが。

 はい。正解ですよ。そんな人しか周りにいなかったのでリリアちゃんは恋も知らないで育ったんですよ。不憫だと思いませんか?

 確かに自分のせいじゃないのに普通に接してくれないのは可哀そうだよな。……まて、もしかしてリリアが懐いているのって俺が珍しいからか?

 さぁ、それはどうでしょうか?試しに手を握ってあげればその反応でわかるんじゃないですか?

 俺から手を握るとか……通報されない?

 もう!こういう時ばっかり臆病なんですから!!

「折角だしリリアちゃんも大地さんとおてて繋いでみますか?」

 フルネールの言葉を聞いたリリアは大地に顔を向ける。その瞳からは「いいの?」との声が聞こえてきそうなほどにキラキラと期待に満ちていた。

「握るか?」

 大地としてはその一言を絞り出すのがやっとだった。それ以上の言葉を紡ごうものなら周りの人から兵士を呼ばれかねないだろう。と危惧をする。

「はい!」

 大地は手に持っている残り500ゴールドとなった悲しそうにしている布袋の財布をフルネールへ渡すと空いた手をリリアへと差し出した。
 リリアは大地の隣に立つとその手を握るのだが……その手を見つめた後、顔を大地より前へ出してフルネールと大地の繋かたを見比べる。そして、一度手を離すと同じように指と指の間に自分の指を収めていった。
 それで終わりかと思いきや、自分が繋いだ手をじっくり見るのだ。

「ど、どうした?」

 や、やっぱりおっさんと手を握るの嫌なんじゃないか?ずっと見続けているんだが……。

 違いますよ。たぶん感触的に不思議なんですよ。何せはじめ……いえ、初体験なのですから!

 なんで言い直した!!

「初めて……人の手に触れました……何だか不思議ですね。えへへ」

 今ならリリアも商店街に入った時にフルネールが喜んだ気持ちがわかる。つい自分も同じように喜んでしまったのだから。

「両手に花ってやつだな」

 影が薄くなりつつあるグラネスが急に言い出した。

「久々に喋ったと思ったらそれかよ。羨ましいなら変わるぞ……?」

 自分にはその権限がないと知りつつも言いたくなるものだ。

「いや、俺には妻がいるからな」

 マジで!?

「英雄色を好むとも言うしな」

「まて!それは流石に否定させてくれ!」

 くそう、両手が塞がれ、美人に挟まれ、振り向くことが出来ない!!

「大地さん。そろそろ食べ物を買いに行きますよ?」

 大地の手を引っ張るようにフルネールが歩き出すと、リリアも同じように前を進む。その二人に連れてかれる子供の様に大地も歩き出すしかなかった。
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