初めての異世界転生

藤井 サトル

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不思議なアイテム。呪いの道具もその一つ

呪いは怖くて恐ろしい

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 噴水の迷いの罠を解くとお城までの道が開いた。真っ直ぐ進めるその道は左右にある建物群が商店街だったものに見えてくる。

「懐かしいのう。この道はよく覚えておる」

 懐かしそうに言う仮面の爺さんに「迷いの罠に気づかなかった癖に」と言うのは禁句であろう。

 建物事態も何処か一部は必ず欠けていてまともに残っている物はない。それだけ年月が経っているのだ。
 そんな廃墟の町を俺たちは真っ直ぐ城へ向かう。

 先程とは違って歩けば歩くほど目の前の城が大きくなっていく事で近づいているのがよくわかる。

 ほどなくして城の目の前までこれた。後は王妃の遺体の場所までこの仮面の爺さんを連れて行けば成仏するのだろう。

「さぁ入るか」

 大地が正面の大きな扉へ手をかけると音を立てながら開いていく。
 てっきり開かないものだと思っていた。鍵がかかっていたり、錆びていたり。年月が経っているのであれば扉の建て付けが歪んでいたり。そのどれかがあると思っていただけに少し拍子抜けである。

「中は暗いな」

「本来なら不死鳥石を飾っておくからのう……」

 壁際のところどころに何かを置くちょっとしたスペースが確かにある。その場所に不死鳥石を置いて明るさを保っていたのだろうか。

「道はどっちに進めばいいんだ?」

「うむ。こっちじゃ。ついてきてくれ」

 仮面が先頭を切りながら大地たちの前を浮遊する。時折仮面が左右に傾くのは城の内部を懐かしんでいるからだろう。それについてはフルネールですら何も言う事は無かった。

 廊下を進む中、仮面の爺さんが言う。

「この先を進むと大広間があってな、上へ昇る階段と謁見の間へつながる道へ分かれているのじゃ」

 ちなみに今歩いている廊下の左右にも幾つか扉が有り、そこが客室になるそうだ。

「わしらの寝室は2階じゃから謁見の間には行くことはないけどのう」

 敢えてその情報を出してきたという事は一度見たいという事ではないのだろうか。
 王として長きにわたって座っていた場所なのだ。特別懐かしいはずなのである。

「一度、謁見の間へ寄るか?時間も無いわけじゃないし」

 そう言いながら同意を得るように後方に続くみんなの顔を見るとそれぞれが頷いてくれる。しかし、仮面の爺さんは拒んだ。

「……いや、今、こうしているだけでもワシにとっては過ぎたる事じゃ。気持ちだけ受け取っておく」

「そうか……」

 爺さんがどういう思いで断ったのかは正確なところは分からない。ただ、深く突っ込むのはそれこそ野暮……というより爺さんの決意に失礼な気がしたからだ。

 そして大広間に続く扉の前に立ち、再び大地はその扉へ手をかけて開いた。

 ――なんだ……この数は……。

 目の前には人影が何十体もいる。肉体でも骨でもない影そのものが人の形を保っているのだ。この姿がこちらで言う幽霊なのかもしれない。

「これは……モンスターなのか?」

 大地が呟くように後続にいる仲間に聞く。

「いえ、この人たちは人間です。肉体が無くなって魂だけとなった……人間です」

 応えたのはフルネールだったが最後の言葉はやけに重みがあるように感じた。幸いと言っていいのかわからないが、奴らがこちらに気づいてはいないようだ。壁に向かって歩み寄る影や天井に顔を向けている影がそれを物語っている。

「ォォォ……ォォ……ォォォォォ」

 少しだけ耳を澄ますとそのような声、というか泣き声のようなものが聞こえてくる。影は甲冑のようなごつごつした箇所もあることからかこの影達はここの兵士だったのだろうか。

 影のうちの一人がこちらに振り向いた。

 ――見つかった!?

 そう思った瞬間、他の影が全員こちらへ一斉に振りいた。「シンニュウシャ……ォォォ」と嘆きながらじわじわとこちらへ詰め寄ってくる影たち。

「爺さんの兵士じゃないのか?」

「恐らくそうでしょうけど、彼らからは呪いの何かを感じますね」

 フルネールが冷静に分析してくれる。してくれるのはいいが、これ捕まったらどうなるんだ?

 ①何かすごい力で体が半分にへし折られる。
 ②気が狂い発狂しながら暴れだす。
 ③夢の共存生活。これであなたは夜も寂しくない。
 ④スタ○ド使いに開化。しかし、暴走してしまう。

 やべぇ、どれも嫌だ。

「一旦逃げましょう!」

 全員がリリアの意見に賛成らしく、廊下へ振り向くと走り出した。

「その角を右に曲がるのじゃ!」

 先頭にたつグラネスはその指示通りに曲がると後続の俺らも曲がり真っ直ぐ走り出す。すると、光が差し込んでいる出口が見えた。

 光は不死鳥石の光だとわかるが何処に繋がっているのかはわからない。だが、爺さんの言葉を信じて全員はその光へと走った。

「ここは中庭か?」

 砂漠の地下とは似つかわしくないほど緑と水に溢れていた。そう書くと美しく思えるかもしれないが、草は伸ばしっぱなしで、水を流している小さな水路はところどころ破損しているせいで漏れている。

「彼らの呪いを解くことはできんか?」

 その中庭の中央で止まると仮面の爺さんが聞いてきた。

「できると思います」

 続々とついてきた兵士の影にリリアは率先して杖を構えた。

 そういや後光でも呪い解けたよな?

 ええ、そうですけどやらないほうがいいと思いますよ。

 ん?何かあるのか?

 ある……と言うより、後光だと呪いだけじゃなくあの兵士さん達まで消しかねないので……。

 なるほどな。今はリリアに頼むしかないのか。

 そうですね。ただ、威嚇にはなるかもしれません。

 それはつまり……使い時は今ってことだな!


 リリアが集中して魔力を練っているが影たちはそんなものに関係なくリリアへと群がろうと少しずつ近づいていく。そのリリアの顔に焦りが見えるところから時間的に足りない事が予想出来る。

「うちのメインヒロインに手を出そうとするのはやめてくださいね。お客様!」

 大地がそんなふざけた事を言いながらリリアの前へ躍り出ると後光の力によって体を発光させる。
 その光が危険なものと認識した影が「ォォオ……ォォオ」と少しずつ後ずさりしていく。

「リリア。俺が壁になるから心配せずにガッといけ!」

 なんで最期の方が擬音なんですか?もっとリリアちゃんを落とす言葉くらいあるでしょう。

 だまれ。

 大地の言葉を聞いたリリアの表情は焦りや不安といった色は消えていた。

「……はい!」

 その返事の後に小さく「信頼してます」と言ったのだが、残念!主人公のお約束大地には聞こえていない。

 状況は好転する。そう思われたのだが、それでもこの光に目掛けて歩き始めてくる影たち。コレはマズイ。触れれば消滅するという神のお墨付きである。そしてフルネールが推奨しなかったということは彼女も消したいと思ってはいないのだろう。

 リリアはまだ集中し続けている。だが、このままいけば影は後光に触れるだろう。
 ――だから。

「仕方がないよな……」

 そう呟いた大地は後光を消して影たちの前へ歩み始めた。影に触れればどうなるか分からないが呪いに蝕まれているところからも呪いが連鎖する可能性は考えられる。自分には女神との契約があるが、それでも許容量はあると考えるべきだ。それが持つことを願って、身を投げ出した。

 影が大地に触れる。その瞬間、脳裏に苦痛が直接流れる。

 痛み――切り傷。打撲。刺突。圧迫。火傷。
 精神――不安。悲しみ。憎しみ。怒り。苦しみ。

 彼らが味わった辛さかもしれない。それが永遠と続くのが呪いなのだろうか。
 痛くて憎くて苦しくて熱くてその激痛と感情の渦によって考える力すら奪われてくる。

 これは……長く持たないかもしれない。

 一瞬……いや、何度も頭の中で後光を使おうかと迷いが生じる。だが……フルネールの悲しそうな表情やあの言葉に秘められた思い。それらを無下にしてはいけない気がする。だから耐えよう。限界まで。まだ少しはあるはずだから――。

「おぬしらは何をやっている!!!」

 空中から怒号が聞こえた。少ししわがれた……しかし、どこか威厳に満ちた声だ。
 そしてその言葉を聞こえた瞬間、流れてきていた呪いがピタリと止まった。

「グランドバルニアの王、グラッセン・ミル・バルニアはここに戻ったぞ!!」

 仮面の爺さん……グラッセンがその声を響かせると意思なく生者に惹かれるだけの影たちは初めて意思を示す様に大地から離れるとゆっくりだが整列していく。
 それは王の凱旋を喜び付き従う忠誠を見せるように彼らは跪いた。

 大地としては不思議だとしか言いようがない。先ほどうけた呪いでも分かるようにあれは意識や感情を全て奪い去る程に強烈だった。そんなのを四六時中受けていれば狂うだろう。その狂った中にいる影が言葉一つで判断が出来るわけがない。と。だが、目の前に映る光景はそれを覆すものだ。

 そしてリリアも準備が整い杖を掲げた。

「ディスペル!!」

 リリアの言葉に反応して杖の宝玉は輝きを放つ。その光に触れた影たちから黒い靄が消え去っていく。
 更なる変化として靄が消えた影……いや影だったものは人の顔がはっきりと分かるようになった。人間に透明度を足して薄くしたような存在だ。

「王さま……。よくお戻り下さいました……」

「わしが分かるか?」

「そのお声だけでも……」

「そうか。よく、城を護ってくれたな」

「そんなめっそうも……私達は結局呪われてしまい……守るだなんて……」

「そうだ呪われていたな。だが、この城に残っていたではないか。わしはそれで十分だ」

「もったいないお言葉です……」

 グラッセンはその言葉を聞いて一拍間を置いた。彼らの思いを飲み込んでいるのかもしれない。だが、グラッセンもほどなくして言葉を発する。

「ずっとわしらに使えてくれて感謝する。褒美を受け取るがよい」

 そう言いながら仮面はクルリと振り返るとフルネールへと目を向けた。

「女神様。どうか彼らを送ってあげてくださることは出来ませんでしょうか」

 仮面自身もフルネールに嫌われていることは分かっている。だが、本来、魂となった人間をあるべき場所に送るのに相当な労力が必要になる。眼前にいる兵士の量を考えれば普通の手順を踏むだけで何か月とかかってしまうだろう。だけど、女神なら別だ。その力は人間の力を軽く陵駕するものであるからだ。

 ちなみにだが本来なら死ぬと数時間でその場所へ自動的に送られる為、今回のような大量に世界に取り残されるのは異例でもある。

 グラッセンの言葉の後に少しの沈黙が流れる。
 その間ではリリアが心配そうにフルネールと大地を見るが、大地に関して言えば特に心配している様子がなかった。まるで答えは既に分かっている様子がリリアの不安を少しだけ柔和させる。

「下がっていてください。グラッセン王。しっかり見届けるのですよ?」

 そう言いながらフルネールは一歩ずつ確かな足取りで元影である幽霊たちに近づいていく。

「よく頑張りましたね」

 そう声を掛けながらフルネールは幽霊たちの頬へ手を添える。すると幽霊は光の粒子になって昇っていく。
 フルネールはそのように一人ずつしっかりと目を見て声をかけて送って言った。

 それをグラッセンはずっと見続けるのだった。
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