インプルス=オ=ソフィア【エルフと転生者の冒険論文】

ガロア

文字の大きさ
上 下
7 / 10
1章

-7- 【不注意、故に意識不明】

しおりを挟む
 星が本格的に輝き始めた夜空を箒で飛び続けて、数十分くらいが経った。
 日はいよいよ沈みきり、視界一面にきらきらとした星がまばらに光っていた。
 本当ならここで「綺麗!」とか思うのかもしれないが……そういうのを楽しむのはまだ先の話であった。
 「わっ!! また揺れた……」
 「……本当に箒に慣れてないんだな、お前は」
 苦笑気味にそう言うジオ。今まで箒に乗ったことないんだから当たり前である。
 「それ、私が魔法使えないって分かってて言ってるでしょ」
 「今の今まで忘れていたさ」
 「くっそ~……」

 彼は相変わらず腹の立つことを言ってくる。
 ……しかしこうして話していて分かったのだが、もしかして彼は「こうすることでしかコミュニケーションが取れない」のではないだろうか? 素直になれない人、といったところである。
 それがもし正しければ……彼も案外可愛いところあるんじゃないかな?

 だって、彼は憎まれ口を叩きながれも何だかんだ楽しそうだし、それに私も、その会話に少し楽しさを感じてしまうのだから。


 ~~~~~~~~~~


 上空を飛び続けて数時間ほどが経過した。夜も深くなってきて、息も凍るようになっていた。
 「……」
 「何だお前、さっきまで騒いでたクセに急に黙りこくって……」
 「……いや」
 私は大丈夫! そう言いかけたが、喉に言葉が詰まって出てこなかった。
 ……先程から、あまりの寒さに手足の震えが止まらないのだ。もちろん、あの時上着を忘れた私が悪いのだけれど……。
 息をするだけでも辛い。だんだんと意識が朦朧としていくのを感じる。歯をがちがち鳴らしてしまうところだが、それをやるとジオに気づかれてしまう……。

 自分の体は丈夫だと思っていたが、流石にこの寒空を薄着で飛行するのはまずかったのかもしれない。
 でも、私が心配だからとわざわざ迎えに来てくれて、箒で送り届けてまでくれる人にこれ以上の贅沢は言えない。
 自分に良くしてくれる人に迷惑をかけてはいけないってお母さんが……。

 あれ、お母さん、って……?


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 瞬間、さっきまで箒から落ちないようにと、懸命に俺の腰に抱きついていたあの細い腕が、力なく抜けていく感覚を感じた。
 「……っ!?」

 離れていく彼女の右腕を咄嗟に掴む。あまりの勢いで掴んだので、もしかしたら骨が折れているかもしれないが……今はそんなことはどうでも良い。
 「おいっ!! お前何ボーッとして……」
 「……」
 後ろから返事はない。それどころか、彼女の腕はだらんとしたまま力が戻らない。
 そして、その腕を掴んだ俺の右手が、まるで氷を掴んだかのように冷たい。

 「……ソフィア?」
 即座に箒を減速し、恐る恐る後ろを振り向こうとした。
 ……振り向こうとしたが、減速をしたと同時にどすっと重いものが背中にのしかかってきた。まるで重い石のような、そんなものが。
 それが何かはすぐに分かった。俺の背中に微かに熱い息がかかって服が動いている。

 酷く嫌な予感がする。怖くて後ろを振り向けない。
 ……まさか。さっきまで何度も安否を確認していた。その度に大丈夫だと声が帰ってきていた。
 何かがぶつかって気を失った様子も、ぶつかった衝撃も一切感じなかった。そもそもそれらしい悲鳴とかも聞こえなかっただろ。
 じゃあ大丈夫、きっと疲れて寝てしまっただけだ。

 ……この、氷のように冷たい腕が?

 「……なぁ、おい」
 混乱で回らなかった頭がやっと回転し始め、箒のバランスを崩さないようにそっと後ろを振り向く。
 ……やっぱり、さっき俺にのしかかってきたものは彼女の頭だったようで、俺の背中にもたれかかってぐったりしていた。
 表情や顔色は一切うかがえないが、浅い呼吸と細かな身体の震えから、低体温症でも起こしているのかもしれない。

 ……そもそも冷静になってみればそうだ、こんな寒空をあんな薄着でずっと飛んでいれば、寒いのも当たり前だったのだ。
 俺はなぜそんな簡単なことに気付けなかったのか──。
 気休めとして俺の着ていたローブを彼女に着せるが、そんなものも効果があるかは……。

 分かっている。今俺がしなくてはならないことくらい。
 しかし、上空から辺りを見渡すも周りには一面森しかない。どこかに降り立って助けを求めることも難しそうだ。それに、下手に着地をすれば森のモンスターに襲われかねない。
 森のど真ん中だからか、連絡を取ろうにも圏外になって誰とも連絡がとれない。
 ……であれば、このままノンストップで箒を飛ばし続けてジジイの所に行くのが確実か?
 でも、そしたら余計ソフィアを冷やしてしまうのでは……。
 一切危機を打開できる糸口を見つけられず、あまりの緊張から鼻の奥に鉄臭さを感じる。


 分からない、俺には分からないのだ。
 何故こんなことに? 原因は? 解決策は? 俺はあの時どうすれば良かった?
 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 考えれば考えるだけキリがない。こうして悩んでいる間にも、ソフィアの呼吸は弱くなっていた。
 「……くそ、くそっ!」
 何も思いつかない。行動を起こす勇気もない。ただどうすることも出来ない自分を責めてしまう。俺はいつもそうだった。

 自分の命すら大切に出来ない奴が、他人の命を大切にできるわけがないのだ。





 「……ねえね」
 「……!?」
 後ろから誰かの声が聞こえた。少なくとも、ソフィアの声ではない。
 なぜこんな上空にいるのかとか、なぜ俺たちの場所がわかったのかなんて、この際誰でもいい。
 とにかく助けを求めること、それが最重要だ。

 俺がふと顔を上げると、そこには大きく透き通った妖精の羽根で空を飛ぶ女の子の姿があった。彼女はこんな寒い中、ノースリーブのワンピースを着ており、怪我をしているのか、右目や左肩には包帯が巻いていた。
 年はだいたい十歳くらいに見える。


 「ね、後ろの人……妖精さん?」
 「……なに?」
 後ろの人……ソフィアのことを言っているのだろうか?
 彼女の種族は確かエルフだ。妖精ではない。
 「いや、多分違……」
 「私と同じ尖った耳……間違いなく妖精さんだね!」
 「え、あれ?」
 耳だけで判断していいのか?……っていうか俺、違うって言いかけたんだがな……。
 そして彼女の種族もやはり妖精なのか。そう考えると、もしかしてソフィアも妖精なのかもしれないな……。

 「この子、放っておいたら死んじゃうよ! うちの森に連れて行ってあげるっ!!」
 「えっ……おわっ!!」
 妖精の女の子はそういうと、箒に座るソフィアのさらに後ろの部分にどすん! と座ってしまった。
 「おい、箒は安定性がないって──」
 「ほらっ、早く行って! この子死んじゃう!」
 「……お、おう」
 こんな年下の女の子に窘められてしまう。ちょっとプライドが傷つくが……彼女の命には代えられない。

 「森はこの近くなの! 私の誘導に従ってね!」
 「分かった」
 そうして俺は、後ろのソフィアを気にしながら妖精の女の子の後をついて行った。
 もしかしたら、なにか怪しい場所に連れていかれているのではないかとも思ったが、周りに人がおらず助けを呼ぶ手段もない以上……。

 その不思議な女の子について行くしか、残された手段はなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...