ウリッジ

愛摘姫

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第五章  山へ

ラシュタールの夜

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「私たちは、ここから西へ遠く離れた場所にラシュタールの村がありました。小さな村ですが、山からとれた恵みで細工加工を生業としておりました。山は村のすぐ裏手にあって、そこからいつでも民が採取してきた木の実や果実や葦の蔦をつかった加工物を、近隣の国に売り歩いたりしていました。もともと、私たちは山の中を歩いて暮らしていた移民です。その時期、季節ごとに山を渡り歩いて暮らしています。
しかし、それが、五日前の朝、一番山に近い小屋で寝起きしていたものが、動物の鳴き声で目を覚まし、外に出ると、そこに昨日まであった山がすっぱりとなくなっていたのです」


オガの隣にいた二十歳を少しを超えたくらいの若者がうなづいた。

「山が動いた?」

ルウアが言うと、オガはうなづいた。

「夜通し、獣の声や飛びたつ音がしていたのですが、朝になってからでいいだろうと思ったそうです。
私たちは、山がなくなっている様子をみて、災いの前兆だと思いました。
私たちの種族では、山が動くというのは、山の神が怒っていると伝えられています。その場にいると、自分たちもいずれ動かされてしまうからと、とるものもとりあえず、こうして逃げてきたのです。」


「この後、どこへ行かれるのですか?」

「いいえ。まだ二三日は、ここで野営をします。私たち古いものには、言い伝えが飲み込めても、年若いものや、子供たちには今回のような旅は、疲労を伴いますから」

「山が動いたといいましたが、以前にもあったのですか?その晩に何があったのでしょう」

ルウアが聞くと、オガの目が優しくなり、

「あなたくらいの若いものは知らないでしょう。昔に、山が動いたことがあったと聞いています。あの晩、予兆のようなものを感じたのは、ほとんどいませんでした」

「ほとんど?」

「ええ、私の孫が買っている鳥がやけに鳴くので、孫が怯えていました」

「西の山だといいましたね。それは、山全体のことなのでしょうか?東でも、南でも同じようなことが起きているということでしょうか」

「わかりません。わたしたちは、もともと移民ですから、他の種族たちと深いかかわりをもたないできたのです。こうしてここで野営しているのも、西から遠い場所に逃げてきただけのことであって、これから先どこへ向かえばいいのか、まだわかりません。」

「山が動いた場所にいると、自分たちも動いてしまうと?」

「ええ。私たちはそう教えられています。動くというよりも、消えてしまうからと。」

ルウアの背筋が寒くなった。

「山で暮らすのは、怖いでしょうね。里へ降りようとは思わないのですか?」

そういうと、オガはかぶりをふった。

「いいえ。私たちは、山で生まれ、山で育ち、山の恩恵を受けていきてきた種族です。里に下りて命が永らえたとしても、先祖がそうしてきたような本来の自分たちのあり方からは、遠ざかってしまうでしょう。
私は、長ですから。民とともに生き、民とともに最後までいます。」

すると、オガは、はっとしたようになって、動きを止めた。

「どうかしましたか?」

ルウアは、その様子をみて不安がつのった。オガは、静かな冬の湖畔のような鋭い光をたたえ、こちらを向き直った。

「山が動きます」

ルウア、声をたてずにじっと耳をすませた。あたりの物音が静まり返った。みると、女性も子供も、じっと棒立ちとなりあたりの音に耳をすませているようだ。

そのとき、轟音ともいおうか、空気がつんざくような激しい振動を感じた。音もしない中で、空間が圧迫されるような大気の揺れを感じたのだ。子供の耳は敏感だと聞くが、子供たちは、みな耳を押さえてしゃがみこんだ。しばらくすると、空気の揺れはおさまった。その間、地面が揺れることも、何かの音がなることもなかった。
気づくと、上空に無数の鳥たちが旋回して鳴いていた。

オガは青い表情で、ルウアをみると

「また、山が動いたのでしょう。しかも、それほど遠くない」

ルウアは、何が起きたのか、自分の目で確かめたかった。
誰かが制止するのを聞かずに、翼を広げて飛び上がった。

先ほどまで感じていた背中の疲労は、今や緊張で、こわばっていた。


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