ウリッジ

愛摘姫

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第四章  ルウアの決断

ルウアの決断

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その晩は、生ぬるい風が吹いて、台風の前兆を感じさせた。オババがイリで燃した煙が家中にばらまかれると、悪いものは来ないと言って、夕方イリの干し草を届けに来てくれた。
その際、この間話した内輪話には、一切触れずに、ルウアも何も聞かなかったかのように、淡々と干し草を受け取り、礼を言った。

夜は、雨風が窓に吹き付ける大きな嵐になった。家には、母とフレアがいたが、二人とも囲炉裏端で、縫い物をしたり、糸をつむいだりしていたので、ルウアは自分だけ手持ち無沙汰だった。
父が山の勤務でいないときは、一家の柱は、長男であるルウアになる。
しかし、成人の儀の前のルウアには、結局、大黒柱と言ってもできることは限られていた。仕方なく、黙ってイリを火にくべていた。

すると、ゴウゴウとものすごい音がしてくる。どうやら、山に近いところの川が水かさを増しているようだった。
傾斜の高いルウアの家のある地区では、水の被害はまったくなかったが、それでも洪水になってしまうと、村人総出で作業に入る。
ルウアは、外の様子が気になり、二人が話していることも耳に入らなかった。
そのうち、外に明かりが見え出した。
雨風が吹き付ける窓の外に、明かりが散らばっているのが見えた。
たぶん、村のものが川の方へ、見張りにいったのだと思った。
母は、ルウアの所在なさげな様子を案じて、

「あなたは、一家を支えるもの。お父さんがいないときは、あなたがこの家を守るのだから、村のことは村の大人に任せておきなさい」

と言った。ルウアは、その話を聞いてはいたが、どうにも外が気になる。

「どうなったかだけでも、向かいの家に聞いてくる」

と言うと、母が制止する声をはらって、雨具を着て飛び出した。
雨風は強く音もすごかったが、思ったよりも視界は開けていた。

ところどころに、明かりが見えるのは大人たちが、川の見えるところを、見回りしているからだとわかった。
一番強い風は、過ぎたのだろうか。雨の降り方も、痛くはなく、少し優しくなっている気がする。
ルウアは、向かいの家に行くと行った足を、山の方へとのばした。
さすがに、この状態では山に入る勇気はなかったが、山がどうなっているかが、気になって仕方なかった。
家の近くの見晴らしのいい、山が見えるところまで駆け上がった。
翼で飛びたった場所だった。

真っ黒な夜空と、暗雲で、山は見えない。
けれども、そこに存在するというのが、手にとれるようにビリビリと感じる。

一瞬山の方へ、雷鳴が走った。稲光を感じて、ルウアは目を凝らした。
すると、山の奥の方が、真っ赤に染まっているように見えた。
火事か?一瞬そう思ったが、この嵐の中、火は消えてしまうだろうと、よく目を凝らすと、山を包み込んでいる空が赤くなっている。

「山の上が赤い」

ルウアは、いてもたってもいられなくなった。何がどうしてそうなっているのかわからないが、その赤さは、あそこに何かがあるという証だった。

「台風が過ぎたら、行って見よう」

ずぶぬれの顔をぬぐうと、傾斜のある斜面を滑り落ちた。泥がまとわりつく長靴と、水で重くなった雨具と、顔に吹き付ける雨、周りの音が遮断される中、家路へと走りながら、ルウアの思考は、一点を指していた。

「明日、山へ行ってみよう」





第五章へとつづく
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