ウリッジ

愛摘姫

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第二章  双子

夕暮れ

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ルウアが、翼で飛んでいた同じ時刻に、山では、一つ会議がなされていた。


長老の代わりを務めるデルマが、山にいる男たちを呼び集めて語った。

「大いなるウリッジの谷のものたちよ。聞いて欲しい。今ここに集ってもらったのは、他でもない。私たちが山で行っている仕事のことで、気にかかる調査報告があったために、集まってもらった。
誰か、このことに対して、意見を聞こう。
この場を、上下の禁を解くこととする」

日に焼けて、黒くなった上半身を覗かせながら、集まった豪腕な者たちから、ふいとざわめきがもれた。

誰しも、この山に入るときには、上下の禁を胸に刻んで入山する。

それは、尊い教えは、年長者のそれに従うことであり、代々山ノ神との仕事のことで、その多くを知っている長けたものに従うことは、絶対であった。

今、その禁を解いて、下の者の意見も聞くとデルマが言ったとき、皆の心に小波がたった。

なぜなら、それは、年長者では知りえないことを含んでいるということだからだった。

デルマは、下に生えているわずかなあごひげを触りながら、皆を見つめた。

この男は、昔、大いなるツムギとされていたシャーマン最高峰のものが、この山に入山したという逸話の際に、その儀式を取り仕切っていたとされるマーシャレの次男坊だった。

マーシャレは、その後、村に帰り、一切の政事から手を引いて、畑を耕しながら、結婚し5人の子をもうけた。

一番上の男は、政事を仕切るときの学者になりたいといって、その道をたどったが、二番目のデルマは、政治に興味があり、年若いうちから村長の小間使いをしながら、山での村長代理を頼まれるまでに出世していた。

山では、年老いた村長はやってこれるときが限られている。そのとき、一切の責任や決断事項がデルマに任されているのであった。

三番目の男子は、マーシャレの畑を手伝い、四番目の長女は結婚し、嫁ぎ、今5番目だけは、未婚で家の家事手伝いをしていた。

デルマには、兄弟の中で一番に野心があることを、親兄弟だけでなく、自分でもわかっていた。
政治の道に進むことは、苦ではなく、そこが父マーシャレとも違っていた。

父は、政は自分には合わないと思って、筆とユン(馬の尻を叩くムチ)をおいて、鍬をもつようになったが、自分は、一生手に豆ができるのであれば、鍬よりも、ユンの方が、この筋肉質な分厚い手のひらには馴染むと思えた。

足に泥がつくにしても、一日中畑の中の作物の中で過ごすのではなく、山にいる男たちを決起し、村長の命令に早馬で駆けつける方が、よっぽどいいというもんだ。
弟のセイには、申し訳ないが、俺は一生を畑で過ごすなんて真っ平だ。
俺が、高の塾(大学のようなもの)に入っている間に、早々に畑仕事と家業をついでくれることを決めてくれてよかった。
兄さんのカイは、学者肌といっているが、本当のところはわからない。俺よりも政治に詳しいはずだったのに、高の塾に入る途中から道を分かち、学者になると言い出した。
おかげで俺は家族の中で一番の出世頭のなったけれど、いまだに、兄が何を研究しているか、どんなことを考えているかは謎だ。

いいや、そんなことよりも、俺は、この村の未来を考える方で精一杯だ。
俺のようなものがいなければ、この村の未来は危ういと思う。
実行力も、民をまとめ上げる力も、俺は、同期を差し置いて一番あると思っている。
村の未来を担いで、良い方に導いてやることが、俺の生まれた使命だ。
村長と言っていても、もう80を過ぎたもうろくした爺さんだ。山にいる年長者と言っても、俺がそいつらを使っていて、指示を出していることには変わりないのだ。

俺の手腕に、かかっている。この村の前途は、俺の導き出した答えと、それに従うものたちと、その民とまとめ上げる力だけだ。

強欲なことを考えているしぐさのデルマからは、その臭気がぷんぷんと周りに臭っていた。年は、30を越えたほどであるこの青年には、愛や慈しみのかけらというものがにじんでいない。それを、山で肉体を駆使して働いている男たちには、嫌というほど肌で感じられていた。


デルマが、皆を集めて語らいの場を開くと、山での年長者のもっとも長老とされていた人が、こういった。

「デルマよ。早馬で駆けつけたあなたをみて、年若いものは、動揺しているものもおるだろうよ。どうか、何があったか、わしらにもわかることを伝えてくれぬか」

山ノ長老がそういうと、デルマは待ってましたといわんばかりに、少しかしこまって言った。


「実は、今朝、南の山を切り開いているものたちから、つがいの伝書鳥が届いた」

山に入る者たちの伝達手段だった。

「つがいといいますと?」

「同じ山から二通届いたということだ」

少し、あたりがざわついた。


「一通目には、こう記してあった。

帰還せよ。われらの山に立ち入るものには、大いなる警告があるだろう」


男たちは、ざわつき始めた。

デルマをそれをみると


「二通目には、

早馬により、知らせを送れ。山が動き出すだろう」



長老をはじめとする、年長者たちの顔から表情が消えた。
年若いものは、その事態と重さを感じられずに、デルマと長老たちとを交互にみている。今年儀式を終えて入山したばかりの、まだ若い子供たちだった。


長老は、黙ってあごひげに蓄えた白いひげをさすりながら、無言を貫いていた。その長老をみて、意見をできるものも、意見があるものも、その場には、いないかのようにみえた。

デルマは、言った。


「今朝届いた二通を手に、私が南の入山の崖に到着した昼前には、すでに彼らの跡はなかった。そして、今、この東の山にやってきた次第である」


村長が、そう指示したことを話した。

皆は、誰も黙ってしまった。この事態を飲み込めていない15ばかりの年の子たちに、説明するように、デルマは、皆を見返した。


「このたびのこと、私も驚いている。南の山は、すでに門を閉じたということ。南は、すぐ下には水の王国エレナとの国境でもある。そこに代々配置されている民というのは、その昔に海嘯があったとされるときに、エレナたちと助力しあったその子孫たちである。ウリッジでありながら、その翼以外には、姿形は、エレナの民とみまごう姿をしている。いわば、ウリッジの中でも、異色の民。
そのものたちが、使わした手紙にある、『山が動き出す』というのは、ウリッジの伝説にある、山の海嘯のことだろうか。
彼らは、山が動き出すことを察知し、国へと帰ったのかもしれない。
エレナとは、運よきことに、友好関係を結んでいる。彼らが我が民のために、山に従事してくれていた歳月は、愛おしい。
しかし、今回のことを知るものがどこにもおらぬ今、私たちには、いくつか選択肢が残されている。
そのことについて、村長は、南からまだ遠く、里に近いこの東山の民たちに意見を聞きに行くようにと仰った。
誰か、意見のあるものは、なんなりと申すが良い。上下の禁はすでに解いてある」


デルマは、そういうとこの一大事を自分が早馬で民に知らせにきたことや、こういった話し合いの代表となって取り仕切っていることに快感を覚えていた。
今回のことは、自分にもよくわからない。けれど、こういった突発的なことがあるたびに、村長は自分を早馬へと遣わせてくれる。村長の代理として。それが、彼の中ではたまらないことだった。
その恍惚とした表情をみながら、山の年長者の長である長老ダリは、一緒に作業をしてきたものたちを振り返った。


「デルマの話にあったことに、誰か意見のあるものはおるか。何でも良い。これは、南の山のことだけではなく、山全体のことにかかわることかもしれない。何かわかるものや、意見、ささいなことでも、今この場で、わしらに話してみてはくれぬか」

中堅の男たちは、年長者を前にして、自分らが何か知っていることなどあるはずがないとでもいうように、皆、下を向いてしまった。
年長者たちの間でも、ささやくものがいたが、それは、意見というよりも、どうしていいかわからないという囁き声だった。

ダリは、苦渋の表情をのぞかせた。確かに、海嘯とあらば、わしら年長者でもごくわずかなものたちしか、その史実を知らない。しかも、その当時のことを知っているものは、もうこの村には幾人も存在せず、そのものたちも、すでにもうろくし、記憶も曖昧だ。
何より、海嘯となったときに、先人たちがしたことをまたわしらがするとなると、今の時代にその方が苦痛を伴うように思えた。

前の海嘯では、当時から、いまだに最高神官とされているツムギの長を、生贄として山に入れたと聞く。
それを今、わしらの世代で行ったとして、本当に山の意思に叶っているものなのか、それとも・・・


ダリが何も言わないのをみながら、そこにいたもの全員が肩を落としていた。
山に入り、山ノ神と仕事をする生業のウリッジの男たちは、何よりも山ノ神の怒りを一番に恐れている。自分たちが、今日木を植えたり、山で仕事ができるのは、山ノ神あってのことであり、そこに神への敬虔さがなくなってはいけないと、年長者に若い頃から叩き込まれる。
山ノ神の許しがあってこそ、山に入れると誰もがわかっているからであった。


夕暮れが、空を染めようとしていた。デルマは、このまま下山せずに、乗ってきた馬と共に、山で夜を明かすことになることを覚悟していた。
男たちにとって、長い苦渋の夜になることを誰もが感じていた。



第三章へつづく
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