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第3章:冷静にゲームクリアを分析する

最終話:冷静に別れを言う

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「ふふふふ。わかっていてここに連れてきてくださったのね、お姉さま。」


車椅子の彼女はそのまま腕を伸ばし、やっと布の端を捕まえると引き寄せ頬擦りし始める。それはまるで我が子に再会した母親のようだった。


「そうよ。私が支配人。そして月人の成れの果て。」


お父様とジェイは信じられないものでも見るようにアンジュを見た。しかしお母様とファイ様は驚きもせず無表情のまま。春婆とアクエスはただじっとその後を伺っている。


「私を言い当てた偉い子たちにはご褒美をあげなきゃね。そうね…どこから話せばいいかしら…。あ、それとも、契約は解いてあげるからアクエス、あなたが説明する?ずっと教えたくてたまらなかったでしょ、私があの魔術師だって。まあ、あなたにはすこーし嘘をついちゃったけど…
まず『竜転人永』の術をかけるのは私ではなくてお母様の予定だったし、エフィスの魂を寄せる可能性があったのは、私にしかできない『魂転憑依』のときに発生する空間の歪みだったんだけどね。それでも感謝してほしいわアクエス、私がエフィスにもう一度会わせてあげたのよ。」

とぼけた表情でアンジュは口元に小指を添え、馬鹿にしたような真似をしている。そんな仕草の彼女を見ると、私は今までの彼らのことで頭がいっぱいになり、腹わたがフツフツと煮えかえる音がした。


「あなたは、アクエスを翻弄させ、スフェナの居場所を聞き出し、その後チエやお母様に竜人の心臓の情報を流した。さらには、あの如何わしい薬を横流すことで信頼を得ていた霧月国の悪党と人間の騎士団を送り、スフェナさんを襲わせた。そして、お母様の禁術の裏で、本当の目的である『魂転憑依』を行った。本物のアティスの魂とそしてクシュナの魂を代償として転生者二人分の魂をこの世界に寄せたのでしょう?
なぜ、なぜそんなことアンジュがしなければいけなかったの??」


彼女の白銀の髪が静かに流れ、ふと上を仰ぎ見た。


「今日は、満月ねぇ~。素敵だわ~。でも私はアンジュではなくてよ、お姉さま。私は誇り高き月人。」


クスクス笑うアンジュ。あどけなさが少し残るこの少女が一体どうして…。


「これはね、復讐だったの。復讐。
私が目を覚ましたとき、それは悪役令嬢の病弱設定の妹、アンジュだった。
アンジュは、車椅子で行ける範囲でしか動けない、しかも少し無理をしただけで何日も苦しい思いをしながら寝込み続けるのよ‥この私の苦しさ、あなた方世界の人はわかっていたのかしら?この世界は、転生者たちが作った乙女ゲームであり、それの私が駒役で、しかも不自由な体の設定…この中に、尊き月人である私を、今まで空を我が物顔で自由に飛び回っていた私を…閉じ込めたのよ。そいつらと同一世界人を寄せて、復讐して何が悪いっていうの?ふふふ。」


アンジュが薄気味悪い笑顔を浮かべて続ける。


「エフィスの魂はね、最初はどうでもよかったんだけど、魂の波長があの世界のものと同じだと知ったときは最高だったわ。私は一気に3人もあの世界人を手中で転がせるんだもの。まあ、一つの魂はずっと眠ったままで、私がたくさん持て遊んであげたのは、結局エフィスとクシュナの魂だけだったけど。あんたがやっと起きたと思えば…残念。ゲームオーバーなのね…私も結構抵抗してみたんだけどなぁ、クシュナとジュノーが結ばれないように皐月姫の存在をバラしたり、アクエスとスフェナの話を聞けばエフィスは、彼を嫌うと思ったし。それに、アクエスのことをジュリアスが知れば殺そうとするだろうと計画していたのに…どうしてだろう~そうか。寝坊助ちゃんが、ファイと仲良くなっちゃたのがいけなかったんだね。そうかそうか。ファイは確かに、ジュノーにとってもアクエスにとっても重要な設定人物だったからね。ハハハハ。

おっと。予想外に時間がかかってしまったわ。
もうそろそろ私は月へ帰る時間。羽衣、渡してくれてありがとう。
この羽衣さえあれば、アンジュのこの体だって自由に羽ばたける。」


ガーンゴーンガーンゴーン
そのときだった、教会の鐘の音が私たちの頭の中で大きく鳴り響いた。
月明かりしかなかったあたり一面がまるで昼間のように明るくなり、気づけば私たちは乙女ゲームの舞台、魔法学園教会に転移していたのだった。


みるみる表情を青ざめさせるアンジュに、頭上から真っ白な影が二つ腕を伸ばした。そのシルエットは私たち、アティスとクシュナそのものだった。
二人はアンジュの両肩に手を添え囁いた。

「さあ約束です。
お迎えに来ました。ゲームオーバーなのでしょう。
The joker is next to youの設定通り、ジョーカーであるアティスがあなたにジャッジメントを与えました。そして、アティスにある二つの魂は、代償である魂の個数を一つ上回っているため、どちらかが元の世界に帰ることができます。この場でお決めください。」


アンジュは自嘲の笑みを浮かべて一人小さく呟いた。


「ああ、なんで転生者なんかに教えてしまったんだろう。ジョーカーであるあなたが、支配人の私を見つけることで元の世界に帰れるなんて…。そうね、私きっと気づいて欲しかったんだわ。月人の私はここにいるってこと、そのことにね。」


選択の時が来た。
エフィス。
(→美琴、言わなくてもわかっていますよ。)



「わかりました。私はエフィスではない方の魂、美琴と言います。私は元の世界に帰ることにします。」


「わかりました。美琴、あなたを元の世界へ返します。言い残すことはありますか?」


私はその時、無茶なお願いをしてしまう。
うん、でも今思えばファインプレーかな?


「あのう、一週間後もう一度お迎えに来てもらっちゃダメですか?ほら、この世界の人たちとお別れしたいし…」



「・・・・」



「まあ、いいでしょう。認めます。」



拍子抜けした空気の後、アンジュは私たちの影によって上へ上へと上って行った。3人が見えなくなるとあの鐘も止み、再び月夜が私たちを包み込んでいた。
今までアンジュがいた場所には車椅子と、それにかかる一枚の美しい布だけが残されていた。

ファイ様がすかさず私の元により強く抱きしめる。

「美琴、美琴。今すぐ君が去ってしまうかと思った、恐ろしかった。
お願いだ、この世界に残ってくれ。私は美琴のためになんでもしよう、お願いだから…」

ファイ様の腕の力がさらに強まる。
そこに、横からジェイも私に抱きついた。彼はピンク色の瞳にうっすら涙を浮かべそこへ私を写し込んだ。

「ねえさん。ずっと戦っていたんだね…僕は気付いてあげられなかった…こんなに辛い思いばかりしていたのに…ねえさんが、エフィスさんでも美琴さんでも僕は構わない。僕に優しい笑顔をくれたのは全て含めてアティス、あなたなのだから…」

「アティスちゃん…。あなたの本当の魂が、月人のあの子を本来の場所へ連れて行ってあげたのね…。なんて心の優しい子なの‥」

ラフラをそっと抱きしめたダリスは、月を見上げる。
今日の月は本当に悲しいくらい綺麗だった…。




*******



それから一週間、私は夢のような時間を過ごした。
令嬢になるため、小さい頃から遊ぶことを許されてこなかったんだもの、最後くらい自由な鳥にさせてよね!!

(→状況解説:美琴は白銀の鳥になって、ファイ様とラティス国、そして霧月国を空から一周しました。その二人を、ジェイは執念深く追いかけていましたが、人を追うのではなく鳥を追うのにはとても手を焼いていたようです。まあ理由としましては、
『おじさん!白銀色の綺麗な鳥、二羽見なかった?』といくら必死な表情で尋ねてこられても、町人Aはきっと可愛いこと質問してくる坊ちゃんだなぁ(癒し)としか思わないでしょうしね。)

事件の後、アンジュの部屋を整理していると、そこからたくさんの薬のレシピが見つかった。それらは今まで竜人の鱗で代用することでしか治療法のなかった病にまで効く薬もあった。彼女は彼女なりに、償いのためかそれとも自分自身のためにか、人にも竜人にも役立つ薬の処方箋を残していたのだった。
それを見つけたお父様とお母様は、無償でこの薬のレシピを公開し、公爵家としてもその普及に尽力すると誓ってくれた。これなら、スフェナさんの意志もちゃんと受け継いでいけそうだ。



****



一週間後、いつもの教会に私たちは集まっていた。
家族みんな、そしてシエルさんや皐月様たち、この世界に訪れて出会えた人々がお別れに集まってくれた。


「ま、ほらさ、私はこの世界から飛び出しても、エフィスがアティスとして頑張ってくれるみたいだし…そこまで辛気臭い顔しないで!!私はこの世界でみんなに会えていろんな体験できて楽しかった、みんなのこと違う世界でも忘れないよ、今までありがとう」

一つ心残りがあるとすれば、一心同体であったエフィスと、初めて恋したファイ様別れてしまうことだった。


(→美琴。私も寂しいです。私に感情を教えてくれたのは今までアクエスだけでした。しかし、感情豊かなあなたと心を共にすることで私はより、世界が色づいて見えるようになりました。あなたとの心話は忘れません。)


私はファイ様をみた。
彼は私の手を強く握り、引き寄せた。
そして耳元で私にしか聞こえないようにささやくのだった。


「美琴。私は見つけたんだ、お婆様抜きで美琴と会う方法を。
 美琴、約束する。
 おさんになった君を、私があちらの世界から引きにいくことを。
 それがどんなに遠くて困難でも。大好きな君とまた出会うために。」


ガーンゴーンガーンゴーン。
ちょうどあの日の同時刻を知らせる教会の鐘、包まれる光。
見えなくなる、出会った大切な人たち。涙がスッと流れるように私の意識が一つ落ちるのを感じた。




****



足元熱っ!!
意識が戻るとそこはこたつに突っ伏す明須賀美琴、23歳無職だった。
顔をのっそりあげるとそこには超絶見覚えのある天井に、木材ビーズでできたすだれ。起きた反動で机のみかんがコロコロと転がって行く。
アティスのクローゼットほどの大きさに、散らかり散乱する日用品。

私、帰ってきたんだ。
そう冷静に理解して途端に溢れる涙。
う、嘘でしょ?帰ってこれたんだよ、これで本当の家族にも会えるし友人にも、美味しいご飯に、ハッピーな光景、それにまだしたことなかった恋愛も結婚も、なんでもあるんだよ…?

冷静に、冷静になれ自分。

きっとここでエフィスに突っ込まれる、

(→美琴、いつ見ても汚いですね、この部屋は。さあ約束です、片付けを始めましょう。)

で、でも…私の心の中は静まりかえったままだ。

(→美琴?それが普通ですよ。私の存在は本来イレギュラー。美琴は美琴。あなたは素敵な性格の持ち主です。私のことは、時間が経てば忘れて本来の調子が戻ってきますよ…だから…)

エフィス…。
こんなにも長く考えを共にした彼女の性格は、すでに私の一部になってしまっていた。そんな彼女の隙間にびゅうびゅう風が通り抜けるから、私の心は今にも崩れてしまいそうだった。


その時…


ゴソゴソ


あの郵便物が溜まり過ぎて中身の飛び出したポストから新たな手紙を投函する音がする。


ゴソゴソ


なんだか入るのに相当てこずってるな…


ゴソゴソ、ゴソゴソ


私はのっそり立ち上がると靴箱の郵便受けの蓋をそっと開けた。


ビューン!


飛び出したのは、手紙…ではなく白銀色の鳥だった。


「すまんすまん、美琴。我慢できなくて迎えに来てしまった!早すぎたか。ハハハハ」


それは懐かしいあの空気を纏った、何より嬉しい便りだった。



―完―
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