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第3章:冷静にゲームクリアを分析する

51:冷静に取り戻す

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真っ暗闇に取り残された私は意気消沈していた。
自分の軽はずみな行動がジェイを巻き込んでしまった。しかもチエは妹を奪うとも言っていた。それに意味がわからないのは、『禁術を先に成功させた妾の娘』という言葉。つまり、お母様のことを指しているのだろうか。だとすれば、私が竜人になるように魔術をかけたのはお母様ということ?

はっきり言って疲れた。
ここからの出口も、そしてこの乙女ゲーム界からの出口もわからない。もう全てを終わらせて楽になりたくなった。
もう日本には戻れないかもしれない、エフィスもクシュナも永遠にこの乙女ゲームという監獄から逃げられないかもしれない。自分たち(転生者)のことばかり考えて、この世界の人を危険に巻き込むのなら、これ以上スフェナさんのような第三者の犠牲が出るのなら一層のことこのまま…。

生温かい風がゴーっと低い唸り声を立てて私の頬をかすめた。

(→美琴。あなたの気持ちはわかります。しかし、ここで諦めるのは早いようですよ。ここに私たちは閉じ込められているわけではありません。必ず出口があります。その証拠に、ほら、風が吹いてきたでしょ。これはつまり出口とつながっている証拠です。元気を出して。いつも励ましてくれたのは美琴、あなたなのですから。先へ進みましょう。)

いつの間にか流した涙は頬の上で乾いていた。


*****



時は遡り、旅行初日。
ジュノー殿下と皐月ペアそして、クシュナとファイ様ペアはアーベス領最北のターゲル海を臨んでいた。


「ちょっと、人間の王子。
私お腹が空いたから、桜餅買ってきて。あ、それと温かい抹茶もお願い。いい?冷えてるやつじゃなくて淹れたての抹茶よ?ああ、素人はわからないようだから一応忠告しておくけど、緑茶と抹茶は違うんだからね。緑ならいいってわけじゃないの、わかった?」


この”悪態わがまま娘”を演じていらっしゃるのは皐月様。
こっぴどく王子に嫌ってもらうため、せっせと悪態ポイントを稼いでいた。


「皐月姫、お腹を空かせてしまってすまなかった。すぐにサクラモチとマッチャを取り寄せよう。お前たち、それらをすぐ取り寄せろ。うん?そんなもの知らないって?いや、それでもなんとかして買ってこい。」


ジュノー殿下も従者たちも先ほどからのわがままに大変振り回されていた。
それを苦笑いするファイ様…。

「ジュノー。あのね、桜餅と抹茶は霧月国にしかない食べ物なんだ。だからきっとここでは手に入らないよ。」


「す、すまない。皐月姫。人間国でもこれからはそれが食べられるように方針を変えていく。だから、残念に思わないでくれ。頼む。」


皐月姫はその話を聞いてフンと顔をそっぽむけた。


他方、クシュナはこの様子を先ほどから複雑な思いで見ていた。自分のために芝居を打ってくれてるのはわかるけれど、それを知らない王子は悪戯に不快な思いをするばかり…。王子に対して呆れるというよりは気の毒に感じていた。
クシュナはこの重い空気を壊すため、ファイ様に質問することにした。

「ファイ様。
月人について調べることによって竜人、ドラゴンの秘密がわかるということはわかりました。しかし、どうしてアーバン領に来たのです?月人とどう関係があるのでしょうか。」

クシュナの、竜人・ドラゴンという言葉に反応した王子はションボリが一転、瞳をキラキラさせてファイ様を見た。


「それはね、私と皐月の実家、ハトファル家に伝承されてきた羽衣伝説がここにあるからなんだ。」

そう言って、辺りを見渡した。私たちは松林の中にいて、遠くを見るとそれはどこまでも海岸に沿って広がっていた。

「月人はね、この世界に降り立つ時、また月へと帰れるようにするため”羽衣”と言う、それは美しい布を纏って地上に降りたんだ。しかし、月人が松林に羽衣をかけて水浴びをしている間に、漁師に奪われ隠されてしまうんだ。羽衣が無くなり帰れなくなった月人は、この地で空かけるドラゴンと出会い、空を舞うことに懐かしさと愛おしさを感じた彼女はドラゴンとの間に新しい子孫を作る。それが私たち竜人なんだ。つまりね、ここは私たちが生まれるきっかけとなった場所なんだ。」

皐月が懐から綺麗な透明のようで透明ではない、なんとも言えない色合いの布をスッと取り出した。

「これは、わがハトファル家が持つ羽衣を似せて作った布です。我が家は、大昔アーバン家に月の遺構である竜人の鱗と交換に羽衣を譲っていただいたのです。
本物は我が家で大切に祀っています。それはもう、こんな布よりも美しく、月明かりのような優しい匂いがするのです。」

ジュノーは興味津々に話を聞くと、どの松に羽衣はかけられていたのだろうと辺りを散策しては松を撫でて楽しみ始めた。
この様子には、クシュナも皐月様もさすがに引いていた。


「まあ、月人が長く滞在していたこの地には、私たち竜人が知らない月人の伝承や記録が残されているかもしれない。それを見つけるのは、かなり大昔のことだから普通に考えて不可能なんだけど…」

ファイ様はそっと崖の壁面に目をやった。

「どうやら、古代魔術師たちが記した月人に関する書物も、魔術場のある地下空間に眠ると聞く。私たちは、その魔術場の入り口を探し出し調査することを目的としないかい?」


「異議なし!!」


誰よりも弾んだ声で返事するのはジュノー殿下だった。


****


それから四日目。
私たちは松林の崖を歩き回っていた。魔術で隠されている魔術場につながる開口部は、魔獣の方がその気配に敏感なだと言うので、クシュナの従魔となったケルピーが先導していた。合同実技試験で得た、クシュナの相棒はとても優秀で既に5つほどの入り口を見つけてくれていた。しかしどれも古すぎるためか、途中で崖崩れで塞がれ行き止まりになっていた。


一向の焦りが募る中、ファイ様はまた別のことを心配していた。
それは、アティスとジェイのことだ。初日から毎日便りを届け、自分も鳥の姿で様子を伺いに行っているのに、彼女たちに会うことは叶わない。しかも、昨夜からは二人の気配さえ屋敷に感じなくなっていた。何か不吉な予感がする…。

「ファイ様」

突然した声の方向を見上げると赤い鳥が羽ばたいている。シエルだ。
シエルはこの場にいる皆に向かって聞こえるように言い放った。

「昨日、ハーベル家のアンジュ嬢がさらわれました。その部屋に、ジェイも囚われの身であることを示した手紙があり、それに怒りを覚えた公爵夫人のラフラ殿が先導を切って家を飛び出しています。
幸いアティスの居場所は、私の鱗片を持っているため特定できてはいます。
崖下はアリの巣のような巨大洞窟がいくつも広がっており、その中心付近に彼女はいるようです。」


私たちはその話を聞いて騒然とした。
こちらが呑気にしていた合間にそんなことがアティスたちの身に起きていたなど知る由もなかったからだ。ジェイも心配だが、ただでさえ病弱なアンジュが特に気がかりである。
王子のところにも使者が急ぎ足でやってきた。

「ジュリアス様から伝言です。
ジュリアス様と組まれていたジャミン様が昨日から行方不明とのこと。ジュノー殿下のおそばにおられるのか知りたいとのことです。」

いきなり身近な人間が4人も消えた。これは何かあったに違いない。

「よし。皆で協力して、四人の行方を追うぞ。」

ジュノー殿下の一言に一同がうなずいた。


****


あれから、どれくらい歩いただろうか。
先ほどまで一緒にいたジェイが消えてしまった洞窟の中は、とても寒く心細い。光魔法で自分の周りはなんとか照らせているが、洞窟特有の足が何本はえた巨大ムカデや、みた事もないグロテスクな生き物たちがチラチラと横切るたびに何度悲鳴を上げたことか。エフィスも月光エネルギーが残りわずかなのか通信状況が芳(かんば)しくない。そんな事ならいくらあの屋敷が怖いからと言って月光浴時間を短縮するんじゃなかったと心で反省した。洞窟内には、その空間の名前と思われる古代文字(読めない)と、時間が経っているとは思えないほど綺麗なままに保存されている巨大な彫像などがいくつも転がっていた。風が吹いてくる方向だけを頼りに私はただただ無心で進んでいた。

カンコンカンコン。
誰かの走ってくる足音がする。それがだんだんと近づいてくる。
足音が止まった、そこにいたのは、ふわふわな水色の髪を乱し、息途切れ途切れに立ち尽くす、お母様、ラフラだった。
私をみた途端に今にも泣き出しそうな顔をする。

「あ、アティスちゃん!!!アティスちゃんは無事だったのね…よかったわ!」

そう言ってお母様は強く抱きしめた。

「アティスちゃん。落ち着いて聞いて。チエによって、昨夜アンジュがさらわれました。それもジェイもそうだと…アテイスちゃん、巻き込まれたからここにいるのでしょう?大丈夫だった?何かされなかった?そして何があったか教えて頂戴。」


お母様の絹のような肌は、汗と土埃が混ざってくすみ、水色の髪はそれに絡まり固まっている。張り裂けそうなほどの彼女の呼吸の乱れと、大きな瞳に浮かべた涙を見て私は確証した。


お母様は本気で私たちを心配してくれている。
チエ様が言っていたことはきっと間違いだ。


私は深呼吸をしてから、見た事、聞いた事全てを話した。
お母様は肩を震わせながら真剣に私の話を最後まで聞いてくれた。


「チエは最後に、私と一緒に宙郭に来ればいいと言ったのよね。わかったわ、そこに一緒に行きましょう。あなたに話さなきゃいけないことがあるけど、向かいながら話します。とにかく先を急ぎましょう。」


私たちは宙郭を目指し走り始めた。

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