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賢者、魔獣の急襲に遭う。
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勇者2人が素晴らしい伎倆で次々と魔獣を屠っていく。
しかし多勢に無勢──いつかは物量に押し潰され、カウラセンの張る防御膜すら破って内側にいる者たちが蹂躙されるかもしれない。
そんな不安に顔を引き攣らせたまま動けずにいる国軍の者たちの視線を感じつつ、私はそっとその素晴らしい魔法式に触れる。
ふわり
先ほど恋焦がれる婚約者の強弓にあっさりと破り壊されてしまった膜を再び壊すのは忍びないと思い、一瞬だけこの膜と同化し、そしてすり抜ける魔法陣を構成したものを手のひらに張り付けたため、そこを中心にゆらりと防御膜が揺れて私一人分だけの空間が現れてプルンと押し出される。
「……わ、私の防御膜がまた壊され……ていない?!」
「ふふ~ん。パト賢者様が、そんな未熟なことするわけないでしょ!でもすごいなぁ……あの防御壁って柔らかいのねぇ」
「いや、確かに『膜』って名付けたけど……強度に関しては大型魔獣の攻撃を完全に防ぐほどで……」
どうやらまた後ろで膝を折ったらしいカウラセンが防護膜を壊されてしまったかと嘆こうとしたらしいが、ミウが自慢してくれているとおり、そんなもったいないことなどできない。
カウラセンの魔術師としての伎倆はもちろん、魔力量も魔術研究所でもハイクラスのはずだ。
数人分の防御壁を張ることができる魔術師や魔法使いという者はそんなに珍しくはないだろうが、この村の集会所一帯を丸ごと防御するなどどれだけの魔力を使っているのか、またどれくらいの時間持つのか。
色々と教えてもらったり観察してみたいことばかりだが、そのためにこの状況を利用するわけにはいかない。
それに、私が組んだ魔法陣が他人が作った防御壁を意図的にすり抜けられるのかも知りたかったし──つまりは現状で他人の命を犠牲にしない程度の実験を行っただけ。
そしてそれは文字通り『ついで』であり、本来の目的は予備的に村のあちこちに張った魔法陣布と呼応する位置に封陣の布を貼り付けて起動させることだった。
それができるのが私だけであり、ケヴィンとデューンはいち早くその作戦達成のために魔獣たちを押し戻す役割を買って出てくれたのである。
もっともこんな大規模な侵攻までは想像していなかったため、当然ながら範囲も広域になってしまった。
これでは無人とはいえ、巻き込まれる家は数軒どころではなくなってしまうため、後のことは国軍にも発言権があるらしいカウラセンあたりに任せる必要があるだろう。
そういう意味では彼が『婚約者の心を繋ぎ止める』という、純粋ではあるがある意味不純な動機でこの探索隊に身分を隠して紛れ込んでくれたのは、素晴らしい無分別だった。
その心意気と、ミウと気持ちが通じ合ったという慶事を讃えるためにも、彼の魔力を不必要に消費させるようなことがあってはならない。
もちろん私がようやく完成させた魔物や魔獣たちを閉じ込めるための空間閉鎖魔法を完成させるために、奮闘してくれている味方のためにも──
「発動させます!ケヴィンとデューンはカウラセンの張った結界のすぐそばまで戻ってください!」
「おう!」
「わかった!」
混戦のような状況でも私の叫んだ言葉を正確に聞きとり、デューンもケヴィンもまた響くような声で応答してくれた。
そのままデューンはバックステップで数歩下がってから全速力で駆け戻り、ケヴィンは爆発性の魔法を纏わせた剣を魔獣たちに向かって振るい、その爆風を利用して正面を向いたまま私の横を通り過ぎていく。
「賢者殿!任せました!」
「ふふっ…ええ、任されました」
幾度の生の記憶の中、私が仲間にこんなふうに信頼を寄せられたことがあっただろうか──
利用されるだけ。
荷物と変わらない扱い。
慰み物としての最期。
人や作物を育成しつつも物足りなかった人生。
ああ──私は今、歓喜に震えている。
しかし多勢に無勢──いつかは物量に押し潰され、カウラセンの張る防御膜すら破って内側にいる者たちが蹂躙されるかもしれない。
そんな不安に顔を引き攣らせたまま動けずにいる国軍の者たちの視線を感じつつ、私はそっとその素晴らしい魔法式に触れる。
ふわり
先ほど恋焦がれる婚約者の強弓にあっさりと破り壊されてしまった膜を再び壊すのは忍びないと思い、一瞬だけこの膜と同化し、そしてすり抜ける魔法陣を構成したものを手のひらに張り付けたため、そこを中心にゆらりと防御膜が揺れて私一人分だけの空間が現れてプルンと押し出される。
「……わ、私の防御膜がまた壊され……ていない?!」
「ふふ~ん。パト賢者様が、そんな未熟なことするわけないでしょ!でもすごいなぁ……あの防御壁って柔らかいのねぇ」
「いや、確かに『膜』って名付けたけど……強度に関しては大型魔獣の攻撃を完全に防ぐほどで……」
どうやらまた後ろで膝を折ったらしいカウラセンが防護膜を壊されてしまったかと嘆こうとしたらしいが、ミウが自慢してくれているとおり、そんなもったいないことなどできない。
カウラセンの魔術師としての伎倆はもちろん、魔力量も魔術研究所でもハイクラスのはずだ。
数人分の防御壁を張ることができる魔術師や魔法使いという者はそんなに珍しくはないだろうが、この村の集会所一帯を丸ごと防御するなどどれだけの魔力を使っているのか、またどれくらいの時間持つのか。
色々と教えてもらったり観察してみたいことばかりだが、そのためにこの状況を利用するわけにはいかない。
それに、私が組んだ魔法陣が他人が作った防御壁を意図的にすり抜けられるのかも知りたかったし──つまりは現状で他人の命を犠牲にしない程度の実験を行っただけ。
そしてそれは文字通り『ついで』であり、本来の目的は予備的に村のあちこちに張った魔法陣布と呼応する位置に封陣の布を貼り付けて起動させることだった。
それができるのが私だけであり、ケヴィンとデューンはいち早くその作戦達成のために魔獣たちを押し戻す役割を買って出てくれたのである。
もっともこんな大規模な侵攻までは想像していなかったため、当然ながら範囲も広域になってしまった。
これでは無人とはいえ、巻き込まれる家は数軒どころではなくなってしまうため、後のことは国軍にも発言権があるらしいカウラセンあたりに任せる必要があるだろう。
そういう意味では彼が『婚約者の心を繋ぎ止める』という、純粋ではあるがある意味不純な動機でこの探索隊に身分を隠して紛れ込んでくれたのは、素晴らしい無分別だった。
その心意気と、ミウと気持ちが通じ合ったという慶事を讃えるためにも、彼の魔力を不必要に消費させるようなことがあってはならない。
もちろん私がようやく完成させた魔物や魔獣たちを閉じ込めるための空間閉鎖魔法を完成させるために、奮闘してくれている味方のためにも──
「発動させます!ケヴィンとデューンはカウラセンの張った結界のすぐそばまで戻ってください!」
「おう!」
「わかった!」
混戦のような状況でも私の叫んだ言葉を正確に聞きとり、デューンもケヴィンもまた響くような声で応答してくれた。
そのままデューンはバックステップで数歩下がってから全速力で駆け戻り、ケヴィンは爆発性の魔法を纏わせた剣を魔獣たちに向かって振るい、その爆風を利用して正面を向いたまま私の横を通り過ぎていく。
「賢者殿!任せました!」
「ふふっ…ええ、任されました」
幾度の生の記憶の中、私が仲間にこんなふうに信頼を寄せられたことがあっただろうか──
利用されるだけ。
荷物と変わらない扱い。
慰み物としての最期。
人や作物を育成しつつも物足りなかった人生。
ああ──私は今、歓喜に震えている。
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