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賢者、魔王と再会する。
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そして今──何故か私たちは酒盛りをしている。
『無人の村にいる』という報告をケヴィンが王都に向けて飛ばしてから『調査のために人を送る』という返信があり、それを待っている時に魔王が現れたのだが、私たちが各々離れて過ごした翌日。
まさに待っていた調査隊が食糧を積んだ馬車を牽いてやってきたのである。
それはいい。
いいのだが──
「じゃあ、今回はラダの斥候はなしで後ろに。パトリック賢者はミウと並んでデューンの後ろで……」
「ちょ…ちょっと!」
「ん?何?」
「何って、何?!」
前日のできごとがなかったかのように、当たり前に、そして自然な態度で、ケヴィンがこれからの戦闘隊形確認を行うのに慌てたが、キョトンとラダが私を見つめる。
「だって、パトリックは人間でしょ?」
「いや……そ、れは……確かに、人間…ですけど……」
思わず歯切れが悪くなるのは、記憶を持ったまま何度も転生を繰り返しているという事実を打ち明けられなかったためだが、それを彼らはそれぞれに解釈をして納得してくれた。
「そりゃそうですよ!でなければ、ノーム族のキッチャムたちが受け入れてくれるわけ、ないじゃないですか!」
「うむ……しかもパトリック賢者殿を特に気にかけているようだったしな」
ミウとデューンも私を魔族と考えていない理由を述べて頷く。
しかし──
「気にかける?」
「気付いていなかったのか……?あの場に現れた精霊王は、勇者剣士であるケヴィンを含めて俺たちにも声を掛けてはくれたが、長く話していたのはパトリック賢者殿、あなただけだ」
その言葉に、今度は私の方が呆気にとられてしまった。
そう言われて思い返せば──確かにロダムス村の村長であるティファムと共にいたせいか、精霊王がそばにいるのを不思議に思わなかったが、何か特別な扱いをされているとは、あの時はまったく思わなかったのである。
「……ヒトは己を俯瞰で見ることができないというが、まったくその通りだな」
呆れたように溜息をつかれたが、そういうデューンの顔は愛想をつかしたというよりは手のかかる弟を見るような温かいものだ。
「ふふっ……パトリック賢者様は何でもできそうなのに、時々とっても幼いですよね~」
「えっ?!」
ミウにまで笑われ、思わず私は驚いた。
『幼い』などと言われたことなど、ほとんど記憶がない。
何せ生きる環境は厳しいものばかりで、『幼な子』のまま生きてこれた人生などほとんどなかった。
だからそんな言葉は──
「あっ!もう~……じゃあまあいいや!ウルはパトリック賢者のそばにいること!それだけ!」
ケヴィンの『作戦』はそこで打ち切りとなり、結局はここに来るまでに出来上がったとおりの陣形で魔王探索と戦闘に挑むことになり、そこで気を利かせたらしいフードを被った従者が酒瓶と杯を持ってきて──
「カーリン?!」
「えっ?」
「カウラセン?!」
「シッ……」
やたらと顔を伏せたその従者は、ずいぶんと柔らかい表情を浮かべるようになったミウの婚約者──カーリン・リストニス・カラウセンその人だった。
「あの村は部下たちに任せてきました。大丈夫です、ずいぶん変わりましたから……私も、彼らも」
「え?いや、でも……」
私たちは顔を見合わせたが、ズイッと酒を差し出され、それぞれが思わず受け取ってしまう。
「話はミウラトリから……ええ、聞きました。しかし、私見を述べさせていただけるのなら……パトリック大賢者殿。あなたは私の婚約者が信頼を寄せるに値する方だ。身を以て、それを断言できる」
一緒に座するわけではなく、片膝を地面につけた姿勢でカラウセンは頭を下げてくれた。
「そんなあなたがあの村の者たちを傷つけた魔物や魔族と同じわけがない。むしろ……」
スッと声を潜め、カウラセンはわずかに頷く。
「あなただけが、魔王を見つけられる」
その言葉にケヴィンもデューンも、ラダもミウも私に視線を集め、言葉ではない『信頼』を浮かべて私に向かって杯を掲げた。
「その通りだ。ここまで一緒に旅をしてきて……パトリック賢者殿が俺たちを裏切ろうと思えば、いつだってできた」
「そうよぉ!こんなところまで一緒に来なくたって、むしろ魔物たちがウヨウヨいる森とかダンジョンとか……そんな場所で片付けちゃえばよかったわけじゃない?」
「そうですよ!私たちではパトリック賢者様の拘束魔法陣を破ることなんてできないんですから……そうしておいて跡形もなく……ヒエェッ……」
ミウが身体を震わせると、ウルもブルルッと身体を震わせてみんなを笑わせる。
「ということ!僕たちではただ竦んでいるしかできなかった。でも、パトリック賢者は動けたし、会話もできた。僕は剣を揮うことはできるけど……もう1度対峙したとして、ちゃんと動けるかどうか自信がない……だから」
そう言ってショボンとするケヴィンは、きっと私より幼い。
そしてそんな『幼い』彼が、全幅の信頼を私に寄せてくれる。
「あなたに賭ける」
「魔王討伐を」
「勝てます!きっと」
「……終ったら、また祝杯だ」
背から切りつけられるのではなく、信頼を込めて。
それがどんなに私にとって嬉しいことなのか──打ち明けられずに、私も共に杯を煽った。
『無人の村にいる』という報告をケヴィンが王都に向けて飛ばしてから『調査のために人を送る』という返信があり、それを待っている時に魔王が現れたのだが、私たちが各々離れて過ごした翌日。
まさに待っていた調査隊が食糧を積んだ馬車を牽いてやってきたのである。
それはいい。
いいのだが──
「じゃあ、今回はラダの斥候はなしで後ろに。パトリック賢者はミウと並んでデューンの後ろで……」
「ちょ…ちょっと!」
「ん?何?」
「何って、何?!」
前日のできごとがなかったかのように、当たり前に、そして自然な態度で、ケヴィンがこれからの戦闘隊形確認を行うのに慌てたが、キョトンとラダが私を見つめる。
「だって、パトリックは人間でしょ?」
「いや……そ、れは……確かに、人間…ですけど……」
思わず歯切れが悪くなるのは、記憶を持ったまま何度も転生を繰り返しているという事実を打ち明けられなかったためだが、それを彼らはそれぞれに解釈をして納得してくれた。
「そりゃそうですよ!でなければ、ノーム族のキッチャムたちが受け入れてくれるわけ、ないじゃないですか!」
「うむ……しかもパトリック賢者殿を特に気にかけているようだったしな」
ミウとデューンも私を魔族と考えていない理由を述べて頷く。
しかし──
「気にかける?」
「気付いていなかったのか……?あの場に現れた精霊王は、勇者剣士であるケヴィンを含めて俺たちにも声を掛けてはくれたが、長く話していたのはパトリック賢者殿、あなただけだ」
その言葉に、今度は私の方が呆気にとられてしまった。
そう言われて思い返せば──確かにロダムス村の村長であるティファムと共にいたせいか、精霊王がそばにいるのを不思議に思わなかったが、何か特別な扱いをされているとは、あの時はまったく思わなかったのである。
「……ヒトは己を俯瞰で見ることができないというが、まったくその通りだな」
呆れたように溜息をつかれたが、そういうデューンの顔は愛想をつかしたというよりは手のかかる弟を見るような温かいものだ。
「ふふっ……パトリック賢者様は何でもできそうなのに、時々とっても幼いですよね~」
「えっ?!」
ミウにまで笑われ、思わず私は驚いた。
『幼い』などと言われたことなど、ほとんど記憶がない。
何せ生きる環境は厳しいものばかりで、『幼な子』のまま生きてこれた人生などほとんどなかった。
だからそんな言葉は──
「あっ!もう~……じゃあまあいいや!ウルはパトリック賢者のそばにいること!それだけ!」
ケヴィンの『作戦』はそこで打ち切りとなり、結局はここに来るまでに出来上がったとおりの陣形で魔王探索と戦闘に挑むことになり、そこで気を利かせたらしいフードを被った従者が酒瓶と杯を持ってきて──
「カーリン?!」
「えっ?」
「カウラセン?!」
「シッ……」
やたらと顔を伏せたその従者は、ずいぶんと柔らかい表情を浮かべるようになったミウの婚約者──カーリン・リストニス・カラウセンその人だった。
「あの村は部下たちに任せてきました。大丈夫です、ずいぶん変わりましたから……私も、彼らも」
「え?いや、でも……」
私たちは顔を見合わせたが、ズイッと酒を差し出され、それぞれが思わず受け取ってしまう。
「話はミウラトリから……ええ、聞きました。しかし、私見を述べさせていただけるのなら……パトリック大賢者殿。あなたは私の婚約者が信頼を寄せるに値する方だ。身を以て、それを断言できる」
一緒に座するわけではなく、片膝を地面につけた姿勢でカラウセンは頭を下げてくれた。
「そんなあなたがあの村の者たちを傷つけた魔物や魔族と同じわけがない。むしろ……」
スッと声を潜め、カウラセンはわずかに頷く。
「あなただけが、魔王を見つけられる」
その言葉にケヴィンもデューンも、ラダもミウも私に視線を集め、言葉ではない『信頼』を浮かべて私に向かって杯を掲げた。
「その通りだ。ここまで一緒に旅をしてきて……パトリック賢者殿が俺たちを裏切ろうと思えば、いつだってできた」
「そうよぉ!こんなところまで一緒に来なくたって、むしろ魔物たちがウヨウヨいる森とかダンジョンとか……そんな場所で片付けちゃえばよかったわけじゃない?」
「そうですよ!私たちではパトリック賢者様の拘束魔法陣を破ることなんてできないんですから……そうしておいて跡形もなく……ヒエェッ……」
ミウが身体を震わせると、ウルもブルルッと身体を震わせてみんなを笑わせる。
「ということ!僕たちではただ竦んでいるしかできなかった。でも、パトリック賢者は動けたし、会話もできた。僕は剣を揮うことはできるけど……もう1度対峙したとして、ちゃんと動けるかどうか自信がない……だから」
そう言ってショボンとするケヴィンは、きっと私より幼い。
そしてそんな『幼い』彼が、全幅の信頼を私に寄せてくれる。
「あなたに賭ける」
「魔王討伐を」
「勝てます!きっと」
「……終ったら、また祝杯だ」
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