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賢者、新たな地に旅立つ。
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困ったことになった。
この村に宿屋はなく、大勢の者が泊まれる場所など集会所ぐらいしかないのだが、そんな場所で下々の者──要は魔力を持たない警護を担う兵士たちと雑魚寝などできないと駄々をこね、村長の家を占領したのである。
確かにこの村一番の大きさの家で、同じ領地内の村から村長たちが集まった際の宿泊施設代わりということもあって、客室もそれなりに用意されていた。
だが王都から来た者たちは家主であるはずの村長まで追い出し、使用人に好き勝手に命じているらしい。
それは集会所の方も同じで、そちらは主に村の女性たちが掃除などを担当していたため、彼女らを使役していると村長が気落ちした様子で話してくれる。
それはそうだろう──自分が守るべき村民を勝手に使われ、自分の目の届かないところで無体を働かれているかもしれない。
貞操を穢されてしまったとしたら、信頼を寄せてくれていた者たちに顔向けができない。
ひょっとしたらそのことを悔いて、自らの人生を諦めてしまう者もいるかもしれない。
「儂は……この村の長でいる資格は、ありません……」
「そんなことは」
肩を落とし、顔を両手で覆って俯く村長を慰めるように、ケヴィンは優しく抱える。
「大丈夫ですよ。集会所の方はデューンが見張っています。村長の館にも複数の人がいると聞いていますが、先ほど私が作った身護りの符を全員に渡すようにと食糧などを運び込んだ人にお願いしました」
「ほ…ほんとですか?いや、しかしそんな護符だけでは……」
私の言葉だけでは信頼性がないだろう──もっともな疑いを乗せて、村長はこちらに顔を向けた。
「大丈夫です。先ほど私たちの仲間である弓使いの彼女がいないと、あの魔法研究所の人が騒いでいたでしょう?」
「えっ……あ、あれは、あの可愛らしいお嬢さんを探して……?婚約者とか言ってましたが」
「どうやら双方に認識の違いがあるようですよ。とにかく彼女の存在を隠す術を施したのが、私とパーティーの中のもう1人の女性です。2つの術が重なってしまうと本当に誰にも見えなくなってしまいますが、それだとまた別の女性を寄こせと騒ぐでしょう。ですから、私の方で『その場所にいるけれど、どこにいるのかわからない』という不思議な術を施した守りを作ったのです」
「は…ぁ……?」
やはり「よくわからない」という顔をされる。
それはそうだろう。
だが肝心なのは、傷つけられたり他人に顔向けのできない状態にされないことだ。
だいたい村長の家でも集会所でも働いているのは年嵩の者や主婦ばかりで、若くて未婚の者を寄こせと言われたが、それはキッパリと断った──ケヴィンが。
「若い女性でなければならない理由とは?」
「……それは……わかるだろう?こんな辺鄙な場所にまで赴かされたのだ。無聊を慰めるのが村人の役目で……」
「村の女性に身体でもてなされるのが任務なんですか?」
「えっ……いやいや、そうはいっても勇者様だって……大丈夫ですよ!勇者様がお気に召した者まで差し出せとは言いま」
「なるほど」
そう言って目の前でさっさと伝書鳥を飛ばしてやったらしい。
内容は『彼らが村の処女を夜伽に差し出せと言ってきたが、国王の権限においての命令ですか?』というのものだと説明したらその場にいた自称ミウの婚約者も護衛兵隊長も顔を真っ青にさせたが、弁明する前に超特急で怒りの返信が飛んできたと、ケヴィンは嫌悪感たっぷりに話してくれた。
「ですが、念には念を入れて……僕たちも交代で彼らを見張るつもりですが、自衛の術は持っていた方がいいとパトリック大賢者が力を貸してくれました」
「そう、なんですね……」
ケヴィンも言い添えてくれたおかげで、今度こそ村長は尊敬の色を浮かべた目をこちらに向けて、ガシッと両手を握ってきた。
「あ、ありがとうございます!パトリック賢者様!いえ、大賢者様!!ほ、本当に…本当に……」
「い、いえ……」
あまりの勢いにほんの少し後退ってしまったのは許してほしい。
この村に宿屋はなく、大勢の者が泊まれる場所など集会所ぐらいしかないのだが、そんな場所で下々の者──要は魔力を持たない警護を担う兵士たちと雑魚寝などできないと駄々をこね、村長の家を占領したのである。
確かにこの村一番の大きさの家で、同じ領地内の村から村長たちが集まった際の宿泊施設代わりということもあって、客室もそれなりに用意されていた。
だが王都から来た者たちは家主であるはずの村長まで追い出し、使用人に好き勝手に命じているらしい。
それは集会所の方も同じで、そちらは主に村の女性たちが掃除などを担当していたため、彼女らを使役していると村長が気落ちした様子で話してくれる。
それはそうだろう──自分が守るべき村民を勝手に使われ、自分の目の届かないところで無体を働かれているかもしれない。
貞操を穢されてしまったとしたら、信頼を寄せてくれていた者たちに顔向けができない。
ひょっとしたらそのことを悔いて、自らの人生を諦めてしまう者もいるかもしれない。
「儂は……この村の長でいる資格は、ありません……」
「そんなことは」
肩を落とし、顔を両手で覆って俯く村長を慰めるように、ケヴィンは優しく抱える。
「大丈夫ですよ。集会所の方はデューンが見張っています。村長の館にも複数の人がいると聞いていますが、先ほど私が作った身護りの符を全員に渡すようにと食糧などを運び込んだ人にお願いしました」
「ほ…ほんとですか?いや、しかしそんな護符だけでは……」
私の言葉だけでは信頼性がないだろう──もっともな疑いを乗せて、村長はこちらに顔を向けた。
「大丈夫です。先ほど私たちの仲間である弓使いの彼女がいないと、あの魔法研究所の人が騒いでいたでしょう?」
「えっ……あ、あれは、あの可愛らしいお嬢さんを探して……?婚約者とか言ってましたが」
「どうやら双方に認識の違いがあるようですよ。とにかく彼女の存在を隠す術を施したのが、私とパーティーの中のもう1人の女性です。2つの術が重なってしまうと本当に誰にも見えなくなってしまいますが、それだとまた別の女性を寄こせと騒ぐでしょう。ですから、私の方で『その場所にいるけれど、どこにいるのかわからない』という不思議な術を施した守りを作ったのです」
「は…ぁ……?」
やはり「よくわからない」という顔をされる。
それはそうだろう。
だが肝心なのは、傷つけられたり他人に顔向けのできない状態にされないことだ。
だいたい村長の家でも集会所でも働いているのは年嵩の者や主婦ばかりで、若くて未婚の者を寄こせと言われたが、それはキッパリと断った──ケヴィンが。
「若い女性でなければならない理由とは?」
「……それは……わかるだろう?こんな辺鄙な場所にまで赴かされたのだ。無聊を慰めるのが村人の役目で……」
「村の女性に身体でもてなされるのが任務なんですか?」
「えっ……いやいや、そうはいっても勇者様だって……大丈夫ですよ!勇者様がお気に召した者まで差し出せとは言いま」
「なるほど」
そう言って目の前でさっさと伝書鳥を飛ばしてやったらしい。
内容は『彼らが村の処女を夜伽に差し出せと言ってきたが、国王の権限においての命令ですか?』というのものだと説明したらその場にいた自称ミウの婚約者も護衛兵隊長も顔を真っ青にさせたが、弁明する前に超特急で怒りの返信が飛んできたと、ケヴィンは嫌悪感たっぷりに話してくれた。
「ですが、念には念を入れて……僕たちも交代で彼らを見張るつもりですが、自衛の術は持っていた方がいいとパトリック大賢者が力を貸してくれました」
「そう、なんですね……」
ケヴィンも言い添えてくれたおかげで、今度こそ村長は尊敬の色を浮かべた目をこちらに向けて、ガシッと両手を握ってきた。
「あ、ありがとうございます!パトリック賢者様!いえ、大賢者様!!ほ、本当に…本当に……」
「い、いえ……」
あまりの勢いにほんの少し後退ってしまったのは許してほしい。
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