すみません。その魔王は親友なので、勝手に起こさないでもらえます?

行枝ローザ

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賢者、『魔王(偽)』を討つ。

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パチパチと爆ぜるのは私の作った魔法陣の密閉空間の中でまだ燻ぶる魔物たちの熾火ではなく、野営のために起こした焚火がもたらすものだ。
ラダのおかげで魔物除け薬が野草で簡単に手に入り、そのまま焚火に放り込まれて良い香りがあたりに漂う。
しかし私たちにとっては心地良くても、ウルは少し落ち着かなそうに鼻を動かして煙に当てられたかのように「キュシュンッ!」と可愛らしくくしゃみをしてから顔を前足で掻いた。
「ハハ…ウルは一応フェンリルということだけど、やはり魔獣の家族と一緒にいたせいか、こういうのは苦手かな?」
《はいぃ……》
キュゥンと小さく鳴いて、ウルがまた顔を撫でる。
私はなるべく煙が行かないようにとウルを背側に誘導してからマントで覆い、精霊王が愛おしそうにウルを見ていたことを思い出し、私たち1人ひとりに与えられた腕輪が嵌った腕を目の高さに上げた。


精霊王はただ微笑んで、『魔族の斃し方』を勇者たちに教えることなく、大合唱で送り出すノームたちの後ろに立っていただけである。
少し寂しそうに。
『大賢者。我の子に連なる者に進化した者。片割れを探す者。忘れし者と出会えた時、新しい道を拓けよ』
そんな予言めいた言葉を授け、ふわりと消えた。
そしてそれは私に聞こえた声であり、そして各々がその身に背負う運命の一片を告げられたのだという。

ケヴィンは人の心を失わず、忘れられ薄まりし血を繋げ、と。
デューンは強くなるほどに驕らず、心を忘れるな、と。
ラダは旅立つ時に備えよ、連れを持て、と。
ミウは故郷を忘れよ、友の横に立て、と。

男ふたりには精神論的な言葉が贈られたようだが、女性に対してはやけに具体的である。
それにきっと彼らも自分に掛けられた言葉のすべてを明かしたわけではないだろう──私がそうだったように。


終わりは突然だった。
「それでパトリック賢者?この透明な檻のような物は……いつ消すのだ?」
「ああ、それは」
ふと夜明け前の寒さに身震いしてから起き上った私に、寝ずの番をしていたデューンがそっと声をかけてきた。
簡易的なテントにはラダとミウがウルと共に入って寝ているが、ケヴィンはその入り口辺りに陣取って、寝袋に包まっている──デューンより先に警戒のために起きていたので、今はほとんど寝行きも経たないほどぐっすり眠りこんでいる。
私たちの会話にも身動きしないのを見てから、私は木々の葉の間からゆっくりと光が差し込んでくる方を指した。
「ほら」

パキン
ピシ
ピシン

ヒビがいくつも魔法陣の壁に走り、中にある炭と化した魔物たちだったモノに外気を浴びせる。
サッと朝日が森の闇を切り裂き、一気に魔法陣の壁を砕いた。
「うおっ………」
思わず大きな声が出そうになったのか、デューンが口を押える。
私も師匠に与えらた小さな魔物をこの中に閉じ込め、夜通し攻撃魔術の実験をした後──今思えば、ずいぶんと残酷なことをしたものだ──朝日によって魔法陣が解けて消えると同時に、魔物がその光の中で塵になっていくのを見て声を出してしまった。
あの時はわからなかったが、きっとあの魔物は浄化されたのだろう。
今私とデューンの目の前で、燃え尽きた死骸たちが黒い塵となり、キラキラと透明に光りながら消えていくように。


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