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賢者、『魔王(偽)』を討つ。
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始まりにして終わり。
循環。
閉じた世界。
それが魔法陣。
それ故に外周を円とし、内側に文言を書き込み、強固な檻とする──のだが。
「し、しかしここでは円を描くことは──」
「木がいっぱいですよ?!」
デューンとミウが目を瞬かせると、ラダも同意するように頷いた。
「え?木が邪魔?切ったらいい?」
シュッとケヴィンが何気なく自分の剣を揮うと、バサリとそばの茂みが綺麗に刈られる。
というか、いつの間に抜いたのか。
「い、いや……そうするとかなりの木材が出るし、片付けたり地を均す手間が掛かるから……陣というか、札のようなもので、結界のような物を作るだけなんだけど」
とりあえず手にしたのは手巾程度の大きさの白い布。
魔石をはめ込んだ細い棒の尖った先を当てれば、スゥッと微かな音を立ててインクのような跡が浮かび出る。
これはだいぶ前に練習用に描いた魔法陣の応用だった。
いつの生だったか──賢者ではなく『魔法使い』として修業していた『私』はあまり魔法が上手くなかった。
火・水・土・風の四元素、光、闇、どれもこれも『極める』というには程遠く、補助魔法として魔法陣を使った修行の際、私は徒に師匠が渡してくれた布に下手な魔法陣を描き続けていたのである。
綺麗な円を描けない私は同じ弟子たちにバカにされ続けたが、懐守りを作ろうと『鉄のように固くなる』という意味を込めた文言を組み合わせた陣を作った。
歪んだ円を描くのなら四角でもいいかと変形させたのだが、その発想は更にバカにされ、兄弟子に取り上げられてしまった。
『こんな出来損ないの陣なんぞ、俺の魔法で破壊してやるわ!』
そう言い放ち、訓練のために拓かれた裏の地に生えていた木に貼り付けた彼は、その嘲笑の通りに魔法陣を書き込んだその布をボロボロにした──が。
『……お前、面白いことをしたな』
もう今では顔も思い出せない『師匠』が、そのボロ布を手に取って笑った。
『は?『鉄の守り』とか言ってたのに、ボロッボロじゃないですか!!出来損ないもいいところだ!』
『お前がそう思うなら、そう見えるのだろうよ』
ふふっと笑った師匠はとりあえずバカなことは止めろとだけ言い、もう役に立たないそのボロ布を私の手に乗せながらそっと囁いた。
『……これを改良しよう。お前たちには教えてない結界の文言だ。面白いことになった』
それから始まった秘密の訓練。
四元素だけでなくその他の攻撃魔法を練習する者たちが標的にしたのは、あのバカにされた四角い魔法陣を描いた布切れ。
大きさを変えたり、インクを変えたり、文言を追加したり削ったり──ああ、あれは楽しかった。
ある時師匠が作り出した四本の木の幹に同じ文言の魔法陣布を貼り付け、中心に水魔法が得意な者を立たせた。
『ではどれでもいいから攻撃してごらん』
『ふん!またボロボロにしてやる!』
そう言って放った兄弟子の水魔法は魔法陣に突き刺さり、周囲に飛沫を──飛ばさなかった。
『なっ………』
得意になって四方の魔法陣に向かって水魔法による攻撃を放っていた兄弟子は気付かなかったが、飛沫はまるで見えない壁に遮られて周囲の地面を濡らさず、だんだんと彼の足元に溜まっていく。
『ほう……地面を固める陣にはあのような作用が……ほうほうほう』
よく見れば、『足元を固める』という意味を込めた魔法陣が木の根元に貼ってある。
いたずらが成功したような顔で師匠は目を輝かせ、水が足首に溜まったあたりでようやく兄弟子は自分の周りの異変に気付いた。
『なっ…何だこれぇぇ───っ?!』
同じ水魔法を使う者が自分の邪魔をしているのかと思ったらしく、見学している者たちを睨みつけたが、もちろん誰もそんなことはしていない。
むしろ誰もが──楽しそうな師匠以外、そして私も含めた弟子たちの皆が、水が四角く溜まっていくのをぼんやりと見ているしかない。
『なっ、何だこれっ!だ、誰だぁ!!止めろぉ!!』
ちゃぷちゃぷと水は貯まり続け、パニックになった兄弟子は私たちの方に向けて攻撃を仕掛け──見えない壁に阻まれて、自分の顔に自分の水魔法が返ってくるという奇異な体験をした。
『これは……すごいな』
さすがに師匠は驚いたらしいが、兄弟子を助ける素振りはなかった。
その後はどうしたのだったか──兄弟子が死んだという記憶はないから、おそらく私の魔法陣をどうにかして助けたのだと思うが、そこらへんは記憶が曖昧でしかない。
そこら辺からいろいろ研究というか実験というか、師匠が嬉々として私の作った四角い魔法陣をいじくり回して出来上がったもののひとつが『空間を閉じる四方魔法陣』だった。
循環。
閉じた世界。
それが魔法陣。
それ故に外周を円とし、内側に文言を書き込み、強固な檻とする──のだが。
「し、しかしここでは円を描くことは──」
「木がいっぱいですよ?!」
デューンとミウが目を瞬かせると、ラダも同意するように頷いた。
「え?木が邪魔?切ったらいい?」
シュッとケヴィンが何気なく自分の剣を揮うと、バサリとそばの茂みが綺麗に刈られる。
というか、いつの間に抜いたのか。
「い、いや……そうするとかなりの木材が出るし、片付けたり地を均す手間が掛かるから……陣というか、札のようなもので、結界のような物を作るだけなんだけど」
とりあえず手にしたのは手巾程度の大きさの白い布。
魔石をはめ込んだ細い棒の尖った先を当てれば、スゥッと微かな音を立ててインクのような跡が浮かび出る。
これはだいぶ前に練習用に描いた魔法陣の応用だった。
いつの生だったか──賢者ではなく『魔法使い』として修業していた『私』はあまり魔法が上手くなかった。
火・水・土・風の四元素、光、闇、どれもこれも『極める』というには程遠く、補助魔法として魔法陣を使った修行の際、私は徒に師匠が渡してくれた布に下手な魔法陣を描き続けていたのである。
綺麗な円を描けない私は同じ弟子たちにバカにされ続けたが、懐守りを作ろうと『鉄のように固くなる』という意味を込めた文言を組み合わせた陣を作った。
歪んだ円を描くのなら四角でもいいかと変形させたのだが、その発想は更にバカにされ、兄弟子に取り上げられてしまった。
『こんな出来損ないの陣なんぞ、俺の魔法で破壊してやるわ!』
そう言い放ち、訓練のために拓かれた裏の地に生えていた木に貼り付けた彼は、その嘲笑の通りに魔法陣を書き込んだその布をボロボロにした──が。
『……お前、面白いことをしたな』
もう今では顔も思い出せない『師匠』が、そのボロ布を手に取って笑った。
『は?『鉄の守り』とか言ってたのに、ボロッボロじゃないですか!!出来損ないもいいところだ!』
『お前がそう思うなら、そう見えるのだろうよ』
ふふっと笑った師匠はとりあえずバカなことは止めろとだけ言い、もう役に立たないそのボロ布を私の手に乗せながらそっと囁いた。
『……これを改良しよう。お前たちには教えてない結界の文言だ。面白いことになった』
それから始まった秘密の訓練。
四元素だけでなくその他の攻撃魔法を練習する者たちが標的にしたのは、あのバカにされた四角い魔法陣を描いた布切れ。
大きさを変えたり、インクを変えたり、文言を追加したり削ったり──ああ、あれは楽しかった。
ある時師匠が作り出した四本の木の幹に同じ文言の魔法陣布を貼り付け、中心に水魔法が得意な者を立たせた。
『ではどれでもいいから攻撃してごらん』
『ふん!またボロボロにしてやる!』
そう言って放った兄弟子の水魔法は魔法陣に突き刺さり、周囲に飛沫を──飛ばさなかった。
『なっ………』
得意になって四方の魔法陣に向かって水魔法による攻撃を放っていた兄弟子は気付かなかったが、飛沫はまるで見えない壁に遮られて周囲の地面を濡らさず、だんだんと彼の足元に溜まっていく。
『ほう……地面を固める陣にはあのような作用が……ほうほうほう』
よく見れば、『足元を固める』という意味を込めた魔法陣が木の根元に貼ってある。
いたずらが成功したような顔で師匠は目を輝かせ、水が足首に溜まったあたりでようやく兄弟子は自分の周りの異変に気付いた。
『なっ…何だこれぇぇ───っ?!』
同じ水魔法を使う者が自分の邪魔をしているのかと思ったらしく、見学している者たちを睨みつけたが、もちろん誰もそんなことはしていない。
むしろ誰もが──楽しそうな師匠以外、そして私も含めた弟子たちの皆が、水が四角く溜まっていくのをぼんやりと見ているしかない。
『なっ、何だこれっ!だ、誰だぁ!!止めろぉ!!』
ちゃぷちゃぷと水は貯まり続け、パニックになった兄弟子は私たちの方に向けて攻撃を仕掛け──見えない壁に阻まれて、自分の顔に自分の水魔法が返ってくるという奇異な体験をした。
『これは……すごいな』
さすがに師匠は驚いたらしいが、兄弟子を助ける素振りはなかった。
その後はどうしたのだったか──兄弟子が死んだという記憶はないから、おそらく私の魔法陣をどうにかして助けたのだと思うが、そこらへんは記憶が曖昧でしかない。
そこら辺からいろいろ研究というか実験というか、師匠が嬉々として私の作った四角い魔法陣をいじくり回して出来上がったもののひとつが『空間を閉じる四方魔法陣』だった。
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