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賢者、『魔王(偽)』を討つ。
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「あら。薬師なら当然の知識よ?田舎者ならなおさら、ね」
「なんだって?」
「冒険者ギルドに薬草収集の依頼を出すだけの余裕があればいいけど、タダじゃないの。村医者ならお小遣いをチラつかせて子供たちに『どこそこのこんな感じの葉っぱを取って来い』って言う方が安上がりで確実。アタシは自分で調合をしたかったから、言われた物以外でも取って来てたんだけど……その時に、魔香の原料となる花の群生地を見つけたの」
私が匂いの出所を探ろうとするとラダに止められ、当然という顔で魔香を知っている理由を明かしてくれる。
「しかしここに魔香があるのなら、取り除かないと他にも魔獣や魔物が………」
「あるなら、ね」
「どういうことだい?」
コホンと可愛らしく咳ばらいをし、ラダは死骸を指差した。
「どうやったのかわからないけど、こいつらは匂いを嗅がされたんじゃなくて、摂取したの。大量に。甘い香りを放つ魅惑の植物だけど、食べれば毒。人間も魔獣も、たぶん魔物も。そのせいで死んだばかりで肉が腐っているし、血から魔香の匂いが染み出しているのよ。消すにはここ一帯ごと洗い流すか燃やして死骸も血も抹消するしかないけど、大量の水を使えば地面に沁みこんで匂いは消えても腐った死骸が残って、それを喰らおうとする動物が現れるし、燃やせば空気中に魔香の香りが散ってさらに魔獣たちを呼ぶ……どうしようもないわ」
だからこそ、皆は後始末に困っていた──この大量の魔獣や魔物の始末を。
しかし私を呼んだのは賢者として魔術でこの死骸を消してほしいというわけではなく、デューンの腕の中で意識のないウルの主人としてだ。
まずはそっちから確認してほしいと呼ばれ、私はそちらに向かう。
デューンからウルを受けとったが、息遣いが少し弱く感じる以外は普通に『寝ている』と言っていい状態だ。
よく見てみればわずかに鼻を引くつかせて牙を剥いて唸るが、何かに押さえつけられているかのようにすぐにその緊張を解く。
もしや意識のないまま周囲の魔香の匂いに囚われているのかと思い、私は布切れを取り出してラダが付けているマスクに刻まれているのとよく似た、しかし言語は古代語である魔法陣を刻み込み、ウルの目の下から顎を覆うように被せた。
この方法で間違いなかったのかウルは更に脱力し、今度は先ほどよりも安らかな呼吸になる。
ピクピクと耳を動かすが、わずかな唸り声も聞こえず、代わりに『くぅ~…』と甘えた鳴き声を少しだけあげた。
「……だ、大丈夫…ですか?」
「ああ…どうやらこの魔香の匂いに、ウルも狂いかけていたらしい。落ち着いたよ」
ミウが恐る恐る、私の肩越しにウルの様子を尋ねてくれる。
だが一目見て落ち着いたのがわかったのか、私の返事を聞くまでもなくホッとした雰囲気が見ずとも伝わってきた。
「ほんとだ……よ、よかったぁ……なんか、ウルちゃん、今にも食べちゃいそうだったんですよね」
「たっ……」
「ええ。何か目付きが違ったっていうか……『もっと強くなれる』とか何とか……」
何か不穏なことをウルは言っていたらしいが、それをデューンが止めてくれたのには感謝しかない。
「なんだって?」
「冒険者ギルドに薬草収集の依頼を出すだけの余裕があればいいけど、タダじゃないの。村医者ならお小遣いをチラつかせて子供たちに『どこそこのこんな感じの葉っぱを取って来い』って言う方が安上がりで確実。アタシは自分で調合をしたかったから、言われた物以外でも取って来てたんだけど……その時に、魔香の原料となる花の群生地を見つけたの」
私が匂いの出所を探ろうとするとラダに止められ、当然という顔で魔香を知っている理由を明かしてくれる。
「しかしここに魔香があるのなら、取り除かないと他にも魔獣や魔物が………」
「あるなら、ね」
「どういうことだい?」
コホンと可愛らしく咳ばらいをし、ラダは死骸を指差した。
「どうやったのかわからないけど、こいつらは匂いを嗅がされたんじゃなくて、摂取したの。大量に。甘い香りを放つ魅惑の植物だけど、食べれば毒。人間も魔獣も、たぶん魔物も。そのせいで死んだばかりで肉が腐っているし、血から魔香の匂いが染み出しているのよ。消すにはここ一帯ごと洗い流すか燃やして死骸も血も抹消するしかないけど、大量の水を使えば地面に沁みこんで匂いは消えても腐った死骸が残って、それを喰らおうとする動物が現れるし、燃やせば空気中に魔香の香りが散ってさらに魔獣たちを呼ぶ……どうしようもないわ」
だからこそ、皆は後始末に困っていた──この大量の魔獣や魔物の始末を。
しかし私を呼んだのは賢者として魔術でこの死骸を消してほしいというわけではなく、デューンの腕の中で意識のないウルの主人としてだ。
まずはそっちから確認してほしいと呼ばれ、私はそちらに向かう。
デューンからウルを受けとったが、息遣いが少し弱く感じる以外は普通に『寝ている』と言っていい状態だ。
よく見てみればわずかに鼻を引くつかせて牙を剥いて唸るが、何かに押さえつけられているかのようにすぐにその緊張を解く。
もしや意識のないまま周囲の魔香の匂いに囚われているのかと思い、私は布切れを取り出してラダが付けているマスクに刻まれているのとよく似た、しかし言語は古代語である魔法陣を刻み込み、ウルの目の下から顎を覆うように被せた。
この方法で間違いなかったのかウルは更に脱力し、今度は先ほどよりも安らかな呼吸になる。
ピクピクと耳を動かすが、わずかな唸り声も聞こえず、代わりに『くぅ~…』と甘えた鳴き声を少しだけあげた。
「……だ、大丈夫…ですか?」
「ああ…どうやらこの魔香の匂いに、ウルも狂いかけていたらしい。落ち着いたよ」
ミウが恐る恐る、私の肩越しにウルの様子を尋ねてくれる。
だが一目見て落ち着いたのがわかったのか、私の返事を聞くまでもなくホッとした雰囲気が見ずとも伝わってきた。
「ほんとだ……よ、よかったぁ……なんか、ウルちゃん、今にも食べちゃいそうだったんですよね」
「たっ……」
「ええ。何か目付きが違ったっていうか……『もっと強くなれる』とか何とか……」
何か不穏なことをウルは言っていたらしいが、それをデューンが止めてくれたのには感謝しかない。
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