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賢者、仲間を侮られる。
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受付嬢は泣きそう──いや、すでに泣いている。
それはそうだ。
どんなに冒険者ギルドが独立したと言って間違いない機関とはいえ、運営には国が関わってくるのだから、特にこんな『王宮』という特殊な場所にあれば国王陛下にバレたくないことなど山ほどあるだろう。
そしてどれだけ弱味や嫌がらせを繰り返して、立場の弱い冒険者たちからの買い取りを誤魔化してきたのだろうか。
しかも受付嬢の慌てぶりを見るに、彼女も自分が加担していることの内容はきちんと理解していると見える。
「確認?いったい何を確認するのだ?」
「そっ…それはぁ……」
ギロリとデューンが睨むと、受付嬢は今にも腰を抜かさんばかりに怯える。
仕方がない──私は別の布を取り出してゆっくりとカウンターに近付くと、今まさに縊り殺されそうな表情をされて少し傷ついた。
「では、少なくともミウの納めた物を区別するために、印の布を被せてもらっても構いませんか?持って帰りませんから」
「えっ……ええっ!そ、それくらいなら……」
「パトリック賢者様?!」
「パトリック殿?!」
途端に生き返ったように受付嬢は引き攣った笑いを浮かべて頷き、ミウとデューンは驚いて私を見つめた。
『我は命ずる。この布はここを動かず、開かず、我の命以外には決して誰の目にも触れず。秘せよ、我が宝を』
ミウの持ち込んだビッグラビットの耳の山に布を被せ、古代語でそう呟くとパァッと光が発せられ、四隅がピッタリと下の布に合わさる。
何とかギルド長の言うとおりに事が運んだと思っていたのかもしれない受付嬢の笑いが疑わしいものに変わり、ミウは代わりに明るい表情に変わっていった。
「では、これは後ほど私たちがここに来るまで動かせませんから」
「は?」
「まだ会ったことはありませんが、『白雷の翼』のパーティーリーダーであるケヴィン君の勇者カードと、ミウのカードを見比べましょう。このままでは埒が明きませんからね?いや、ちゃんと全員のカードを突き合わせてみましょうね」
私がそう言ってにっこり笑って見せれば、自分がハメられたことにようやく気がついたらしく──受付嬢は慌ててミウの獲物に被さっている布を剥がそうと飛びついた。
「こっ…こっ…こんなっ……」
「あ、たとえ床板ごとこのミウの討伐部位を動かそうと思っても、絶対動きません。たとえこの床の下を掘り下げたとしても……ね。ちなみにミウが先に敷いた布には鮮度保存の魔術が掛けられていますから、2~3日はそのままで大丈夫ですよ?ええ、私たちがまた国王陛下に拝謁した後にこちらに寄るまで……ね」
それは彼女にとっては終末のお告げに聞こえただろう。
もちろん私も不正があるならば、自分の性格と職に素直に従って、『賢者』として王宮へ助言に上がるつもりだ。
ミウも満足げにベエッと舌を出してもう振り返らず、ニコニコと元気のよい笑みを浮かべてラダの手を取って冒険者ギルドを出る。
「パトリック殿……先ほどのは?」
「本当は捕縛した賊などが逃げないようにと拘束するための魔法陣と発動の呪文ですよ。押さえつけて上から被せれば、絶対身動きが取れなくなります。人が押さえつけるより圧迫感がなく、息苦しくないのに絶対動けません。ああ、もちろん押し潰すこともできないので、ギルド職員がどれだけ上に乗ったとしても、あの討伐部位が痛むことも潰されることもありません」
「何それ……しかもなんか聞いたことのない言葉だったし」
私がデューンと話しているのを聞いていたラダが、グイグイと引っ張って王宮を出ようとするミウから離れることはせずにこちらに顔だけを向ける。
「ああ、あれは古代語の呪文です。今のところ人間では私ぐらいしか使えないはずですし、私の印も刻んであるので、たとえ解呪の呪文を唱えたとしてもそれだけで別に布を避けることすらできませんけどね」
「古代語……賢者ってすごいね……」
「すごいでしょ?!しかもそれで変異種の小型ウルフまでテイムしちゃったんだよ?!すごくない?!」
「何それっ!だって連れてないでしょ?」
「うん。だから今ウルは……あっ、ウルっていうのがパトリック賢者様の従魔ね?ウルはミルベルのところ!連れてこない方がいいよって言われたから」
「はぁ~……」
ヒソヒソとふたりは話しているが私には丸聞こえで、ついでにデューンにもあの会話が聞こえているらしかった。
「……なるほど」
「詳しいことはミルベルの店についてからでいいですかね?」
「ああ。おそらくケヴィンもあちらにいるだろうから、一石二鳥だろう」
それはそうだ。
どんなに冒険者ギルドが独立したと言って間違いない機関とはいえ、運営には国が関わってくるのだから、特にこんな『王宮』という特殊な場所にあれば国王陛下にバレたくないことなど山ほどあるだろう。
そしてどれだけ弱味や嫌がらせを繰り返して、立場の弱い冒険者たちからの買い取りを誤魔化してきたのだろうか。
しかも受付嬢の慌てぶりを見るに、彼女も自分が加担していることの内容はきちんと理解していると見える。
「確認?いったい何を確認するのだ?」
「そっ…それはぁ……」
ギロリとデューンが睨むと、受付嬢は今にも腰を抜かさんばかりに怯える。
仕方がない──私は別の布を取り出してゆっくりとカウンターに近付くと、今まさに縊り殺されそうな表情をされて少し傷ついた。
「では、少なくともミウの納めた物を区別するために、印の布を被せてもらっても構いませんか?持って帰りませんから」
「えっ……ええっ!そ、それくらいなら……」
「パトリック賢者様?!」
「パトリック殿?!」
途端に生き返ったように受付嬢は引き攣った笑いを浮かべて頷き、ミウとデューンは驚いて私を見つめた。
『我は命ずる。この布はここを動かず、開かず、我の命以外には決して誰の目にも触れず。秘せよ、我が宝を』
ミウの持ち込んだビッグラビットの耳の山に布を被せ、古代語でそう呟くとパァッと光が発せられ、四隅がピッタリと下の布に合わさる。
何とかギルド長の言うとおりに事が運んだと思っていたのかもしれない受付嬢の笑いが疑わしいものに変わり、ミウは代わりに明るい表情に変わっていった。
「では、これは後ほど私たちがここに来るまで動かせませんから」
「は?」
「まだ会ったことはありませんが、『白雷の翼』のパーティーリーダーであるケヴィン君の勇者カードと、ミウのカードを見比べましょう。このままでは埒が明きませんからね?いや、ちゃんと全員のカードを突き合わせてみましょうね」
私がそう言ってにっこり笑って見せれば、自分がハメられたことにようやく気がついたらしく──受付嬢は慌ててミウの獲物に被さっている布を剥がそうと飛びついた。
「こっ…こっ…こんなっ……」
「あ、たとえ床板ごとこのミウの討伐部位を動かそうと思っても、絶対動きません。たとえこの床の下を掘り下げたとしても……ね。ちなみにミウが先に敷いた布には鮮度保存の魔術が掛けられていますから、2~3日はそのままで大丈夫ですよ?ええ、私たちがまた国王陛下に拝謁した後にこちらに寄るまで……ね」
それは彼女にとっては終末のお告げに聞こえただろう。
もちろん私も不正があるならば、自分の性格と職に素直に従って、『賢者』として王宮へ助言に上がるつもりだ。
ミウも満足げにベエッと舌を出してもう振り返らず、ニコニコと元気のよい笑みを浮かべてラダの手を取って冒険者ギルドを出る。
「パトリック殿……先ほどのは?」
「本当は捕縛した賊などが逃げないようにと拘束するための魔法陣と発動の呪文ですよ。押さえつけて上から被せれば、絶対身動きが取れなくなります。人が押さえつけるより圧迫感がなく、息苦しくないのに絶対動けません。ああ、もちろん押し潰すこともできないので、ギルド職員がどれだけ上に乗ったとしても、あの討伐部位が痛むことも潰されることもありません」
「何それ……しかもなんか聞いたことのない言葉だったし」
私がデューンと話しているのを聞いていたラダが、グイグイと引っ張って王宮を出ようとするミウから離れることはせずにこちらに顔だけを向ける。
「ああ、あれは古代語の呪文です。今のところ人間では私ぐらいしか使えないはずですし、私の印も刻んであるので、たとえ解呪の呪文を唱えたとしてもそれだけで別に布を避けることすらできませんけどね」
「古代語……賢者ってすごいね……」
「すごいでしょ?!しかもそれで変異種の小型ウルフまでテイムしちゃったんだよ?!すごくない?!」
「何それっ!だって連れてないでしょ?」
「うん。だから今ウルは……あっ、ウルっていうのがパトリック賢者様の従魔ね?ウルはミルベルのところ!連れてこない方がいいよって言われたから」
「はぁ~……」
ヒソヒソとふたりは話しているが私には丸聞こえで、ついでにデューンにもあの会話が聞こえているらしかった。
「……なるほど」
「詳しいことはミルベルの店についてからでいいですかね?」
「ああ。おそらくケヴィンもあちらにいるだろうから、一石二鳥だろう」
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