すみません。その魔王は親友なので、勝手に起こさないでもらえます?

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
88 / 248
賢者、仲間を侮られる。

13

しおりを挟む
受付嬢は泣きそう──いや、すでに泣いている。
それはそうだ。
どんなに冒険者ギルドが独立したと言って間違いない機関とはいえ、運営には国が関わってくるのだから、特にこんな『王宮』という特殊な場所にあれば国王陛下にバレたくないことなど山ほどあるだろう。
そしてどれだけ弱味や嫌がらせを繰り返して、立場の弱い冒険者たちからの買い取りを誤魔化してきたのだろうか。
しかも受付嬢の慌てぶりを見るに、彼女も自分が加担していることの内容はきちんと理解していると見える。
「確認?いったい何を確認するのだ?」
「そっ…それはぁ……」
ギロリとデューンが睨むと、受付嬢は今にも腰を抜かさんばかりに怯える。
仕方がない──私は別の布を取り出してゆっくりとカウンターに近付くと、今まさに縊り殺されそうな表情をされて少し傷ついた。
「では、少なくともミウの納めた物を区別するために、印の布を被せてもらっても構いませんか?持って帰りませんから」
「えっ……ええっ!そ、それくらいなら……」
「パトリック賢者様?!」
「パトリック殿?!」
途端に生き返ったように受付嬢は引き攣った笑いを浮かべて頷き、ミウとデューンは驚いて私を見つめた。
『我は命ずる。この布はここを動かず、開かず、我の命以外には決して誰の目にも触れず。秘せよ、我が宝を』
ミウの持ち込んだビッグラビットの耳の山に布を被せ、古代語でそう呟くとパァッと光が発せられ、四隅がピッタリと下の布に合わさる。
何とかギルド長の言うとおりに事が運んだと思っていたのかもしれない受付嬢の笑いが疑わしいものに変わり、ミウは代わりに明るい表情に変わっていった。
「では、これは後ほど私たちがここに来るまで動かせませんから」
「は?」
「まだ会ったことはありませんが、『白雷の翼』のパーティーリーダーであるケヴィン君の勇者カードと、ミウのカードを見比べましょう。このままでは埒が明きませんからね?いや、ちゃんと全員のカードを突き合わせてみましょうね」
私がそう言ってにっこり笑って見せれば、自分がハメられたことにようやく気がついたらしく──受付嬢は慌ててミウの獲物に被さっている布を剥がそうと飛びついた。
「こっ…こっ…こんなっ……」
「あ、たとえ床板ごとこのミウの討伐部位を動かそうと思っても、絶対動きません。たとえこの床の下を掘り下げたとしても……ね。ちなみにミウが先に敷いた布には鮮度保存の魔術が掛けられていますから、2~3日はそのままで大丈夫ですよ?ええ、私たちがまた国王陛下に拝謁した後にこちらに寄るまで……ね」
それは彼女にとっては終末のお告げに聞こえただろう。
もちろん私も不正があるならば、自分の性格と職に素直に従って、『賢者』として王宮へ助言に上がるつもりだ。
ミウも満足げにベエッと舌を出してもう振り返らず、ニコニコと元気のよい笑みを浮かべてラダの手を取って冒険者ギルドを出る。


「パトリック殿……先ほどのは?」
「本当は捕縛した賊などが逃げないようにと拘束するための魔法陣と発動の呪文ですよ。押さえつけて上から被せれば、絶対身動きが取れなくなります。人が押さえつけるより圧迫感がなく、息苦しくないのに絶対動けません。ああ、もちろん押し潰すこともできないので、ギルド職員がどれだけ上に乗ったとしても、あの討伐部位が痛むことも潰されることもありません」
「何それ……しかもなんか聞いたことのない言葉だったし」
私がデューンと話しているのを聞いていたラダが、グイグイと引っ張って王宮を出ようとするミウから離れることはせずにこちらに顔だけを向ける。
「ああ、あれは古代語の呪文です。今のところ人間では・・・・私ぐらいしか使えないはずですし、私の印も刻んであるので、たとえ解呪の呪文を唱えたとしてもそれだけで別に布を避けることすらできませんけどね」
「古代語……賢者ってすごいね……」
「すごいでしょ?!しかもそれで変異種の小型ウルフまでテイムしちゃったんだよ?!すごくない?!」
「何それっ!だって連れてないでしょ?」
「うん。だから今ウルは……あっ、ウルっていうのがパトリック賢者様の従魔ね?ウルはミルベルのところ!連れてこない方がいいよって言われたから」
「はぁ~……」
ヒソヒソとふたりは話しているが私には丸聞こえで、ついでにデューンにもあの会話が聞こえているらしかった。
「……なるほど」
「詳しいことはミルベルの店についてからでいいですかね?」
「ああ。おそらくケヴィンもあちらにいるだろうから、一石二鳥だろう」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ハズレ召喚として追放されたボクは、拡大縮小カメラアプリで異世界無双

さこゼロ
ファンタジー
突然、異世界に転生召喚された4人の少年少女たち。儀式を行った者たちに言われるがまま、手に持っていたスマホのアプリを起動させる。 ある者は聖騎士の剣と盾、 ある者は聖女のローブ、 それぞれのスマホからアイテムが出現する。 そんな中、ひとりの少年のスマホには、画面にカメラアプリが起動しただけ。 ハズレ者として追放されたこの少年は、これからどうなるのでしょうか… if分岐の続編として、 「帰還した勇者を護るため、今度は私が転移します!」を公開しています(^^)

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...