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賢者、王都に旅立つ。
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同じことを自分たちのギルドでやられてはたまらないと、リアムが同じように話を聞いてくれと乗り込む前に、各職業ギルドの責任者たちが自ら冒険者ギルドに来てくれたので、かなり手間も省けた。
そこにいたのが私とティグリスだけならば、ひょっとしたら何とか言いくるめられるだろうと思っていたのかもしれない。
だが今現在の職業ギルドの在り方を知りたいと言って、クラランス伯爵当主だけでなく、面倒をみようと手を挙げてくれた貴族たちが同席してくれたことで、なあなあの雰囲気に持っていかれることは避けられた。
が──
「……『ギルド』というものは平民にとって、貴族の名家であるというだけで敬われるような己の才能を無視されるものではなく、技術を見て評価や報酬をもらえる機関だと思っていたのだが」
「うむ……逆に我らが手や口を出してしまっては、我らに取り入ってのし上がる者もいるかもと傍観していたのが間違いだったとは……」
「孤児院や教会に寄付をしていれば正しく使ってもらえる……そんなことが夢物語であるのと同じように、自主性だけを重んじることを『好き放題していい』と思われるとは」
難しい顔を突き合わせ、提出された報告書だけでなく、二束三文以下で孤児たちの成果を踏みにじる証拠を見て、貴族たちは話し合った。
これだけは避けたかった──
それが本音であろう。
貴族の世界と平民の生きる場所、それらは続いているようで遥かな距離と断壁のような溝があった。
それは礼儀作法から爵位による差別、言葉遣いや知識などの文化的なものから、働き方や働く場所など様々に貴族と平民では考え方や動き方が違う。
貴族的な考え方を押しつければ、搾取する側とされる側で同じような差別が産まれる危険があるからこそ、平民たちの中で産まれるはずの協調性や助け合いなどの性善説に期待していた者たちが多いことがわかった。
「しかし持たざる者が持っている者から譲ってもらう時に対価を払うは当然……我らとてその法則の通りに生きている」
「規模の違いはあるが……だが平民にしてみれば、我々が過剰に取り上げ、贅沢をしているものと思い、それを真似しようとしてさらに弱い者から搾取した……そう思われていたことを正せなかったのは、我々の怠慢ではないのか?」
腐敗している貴族も多いが、真っ当に領民たちのことを考えている貴族ももちろんいる。
私は経験的にどちらも知っているが、『傲慢で力のある者が、謙虚で力のないものを虐げる』というのに貴賎はなかった。
類は友を呼ぶ──いい子孫に育ってくれたと、私は自分の曾孫娘だというクラランス伯爵夫人を自慢に思う。
が、今はそんなことが話題ではない。
けっきょく貴族たちは後援という形になり、主に動くのは各ギルドマスターから補佐役までが組合組織を作り、そこに孤児院の代表たちを加えた就職斡旋システムを経営するという提案を行うということになった。
主導権は職業訓練校を監督するクラランス家が取るだろうが、その他の職業ギルドにも貴族が一家ずつ監督として相談役に就き、孤児たちを見捨てることなく風紀も正すという。
「……そもそも、皆さんが何故ここまで……?」
私がそう疑問を口にすると、逆に不思議そうに見つめ返され、ミウの顔見知りであるというデコン侯爵が答えてくれた。
「何故?って……賢者パトリック、あなたがここにいる……それが答えです」
「私がここに……いるから……?」
そう言って侯爵が差し出してきた書簡に目を落すと、王宮ギルドから王家勅令としての言葉に私の名が確かにあった。
三国連名の下、リンボール伯爵領在住の第一賢者パトリックへのザイ町で孤児の扱いに対する是正を手助けすることを命じる。
その下には、クラランス家を始めとした目の前にいる面々の家名が連なっていた。
「……アハハ……その……王宮ギルドに問い合わせてみたら……」
「ヘヘッ……何か……父たちから、お話が言っちゃったみたいでぇ……」
ティグリスとミウがそれぞれ私の顔から目を逸らす。
まさか私に与えられた称号が、貴族社会までも動かすとは──迂闊に物見遊山気分で村や町に立ち寄らなくて正解だったと、私は事態がここまで動いたことに慄いていた。
そこにいたのが私とティグリスだけならば、ひょっとしたら何とか言いくるめられるだろうと思っていたのかもしれない。
だが今現在の職業ギルドの在り方を知りたいと言って、クラランス伯爵当主だけでなく、面倒をみようと手を挙げてくれた貴族たちが同席してくれたことで、なあなあの雰囲気に持っていかれることは避けられた。
が──
「……『ギルド』というものは平民にとって、貴族の名家であるというだけで敬われるような己の才能を無視されるものではなく、技術を見て評価や報酬をもらえる機関だと思っていたのだが」
「うむ……逆に我らが手や口を出してしまっては、我らに取り入ってのし上がる者もいるかもと傍観していたのが間違いだったとは……」
「孤児院や教会に寄付をしていれば正しく使ってもらえる……そんなことが夢物語であるのと同じように、自主性だけを重んじることを『好き放題していい』と思われるとは」
難しい顔を突き合わせ、提出された報告書だけでなく、二束三文以下で孤児たちの成果を踏みにじる証拠を見て、貴族たちは話し合った。
これだけは避けたかった──
それが本音であろう。
貴族の世界と平民の生きる場所、それらは続いているようで遥かな距離と断壁のような溝があった。
それは礼儀作法から爵位による差別、言葉遣いや知識などの文化的なものから、働き方や働く場所など様々に貴族と平民では考え方や動き方が違う。
貴族的な考え方を押しつければ、搾取する側とされる側で同じような差別が産まれる危険があるからこそ、平民たちの中で産まれるはずの協調性や助け合いなどの性善説に期待していた者たちが多いことがわかった。
「しかし持たざる者が持っている者から譲ってもらう時に対価を払うは当然……我らとてその法則の通りに生きている」
「規模の違いはあるが……だが平民にしてみれば、我々が過剰に取り上げ、贅沢をしているものと思い、それを真似しようとしてさらに弱い者から搾取した……そう思われていたことを正せなかったのは、我々の怠慢ではないのか?」
腐敗している貴族も多いが、真っ当に領民たちのことを考えている貴族ももちろんいる。
私は経験的にどちらも知っているが、『傲慢で力のある者が、謙虚で力のないものを虐げる』というのに貴賎はなかった。
類は友を呼ぶ──いい子孫に育ってくれたと、私は自分の曾孫娘だというクラランス伯爵夫人を自慢に思う。
が、今はそんなことが話題ではない。
けっきょく貴族たちは後援という形になり、主に動くのは各ギルドマスターから補佐役までが組合組織を作り、そこに孤児院の代表たちを加えた就職斡旋システムを経営するという提案を行うということになった。
主導権は職業訓練校を監督するクラランス家が取るだろうが、その他の職業ギルドにも貴族が一家ずつ監督として相談役に就き、孤児たちを見捨てることなく風紀も正すという。
「……そもそも、皆さんが何故ここまで……?」
私がそう疑問を口にすると、逆に不思議そうに見つめ返され、ミウの顔見知りであるというデコン侯爵が答えてくれた。
「何故?って……賢者パトリック、あなたがここにいる……それが答えです」
「私がここに……いるから……?」
そう言って侯爵が差し出してきた書簡に目を落すと、王宮ギルドから王家勅令としての言葉に私の名が確かにあった。
三国連名の下、リンボール伯爵領在住の第一賢者パトリックへのザイ町で孤児の扱いに対する是正を手助けすることを命じる。
その下には、クラランス家を始めとした目の前にいる面々の家名が連なっていた。
「……アハハ……その……王宮ギルドに問い合わせてみたら……」
「ヘヘッ……何か……父たちから、お話が言っちゃったみたいでぇ……」
ティグリスとミウがそれぞれ私の顔から目を逸らす。
まさか私に与えられた称号が、貴族社会までも動かすとは──迂闊に物見遊山気分で村や町に立ち寄らなくて正解だったと、私は事態がここまで動いたことに慄いていた。
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