54 / 109
~育児旅偏~
6
しおりを挟む
ゴトゴトと揺れる荷馬車の御者台で、シロンはひとり手綱を握っていた。
バディアスにはとりあえず荷物を見張る名目で、荷台で休んでもらっている。
目的地はこの道をまっすぐ行けばいい──というわけではなく、念のためシロンがエルミナを拾う前まで滞在していた家の結界を確認し、その先の魔素毒の森に異常がないかを見てからでないと、レビウスのいる家には向かえなかった。
ディーヴァント一族の家々は簡単に見つからないようにと術が施されてはいるが、森から逸れて迷い出た魔物に襲われたり、獣人から逃げてきた迷い人で真に困っている者ならば一晩だけ休める場所となるようになっている。
後日改めて探ろうとしてもその家は見つからないので『幻の隠れ家』という二重にややこしい名前がついているらしいが。
「……よしっ。これで間違いはないな」
貴重な物は救助用の家からは取り除いてあるのを確認し、さらにその奥に建つ家の結界の中に荷馬車を引き入れて姿が見えなくなったのを視認してから、シロンはバディアスとエルミナが待つその家に入った。
「……何なんだよ……この家……」
バディアスがキョロキョロと見回すのも無理はない。
台所兼寝室しかないような小さな小屋と思ったその家は見た目よりもはるかに広く、台所と居間は兼用していても、他に寝室も二つある。
おまけに便所小屋へ出て用を足す必要はなく、浴室がひとつあって、無人だったはずなのにちゃんと湯が張られていたのだ。
「ははは。すごいだろう?何でも地面のずっと奥には熱湯が通る川のような所があるんだそうだ。それを汲み上げる技術のある国があって……それを使っている。疲れも取れるし、いつだって風呂に入れる」
「ふ…風呂……?」
「あ…あぁ、そうか……」
『風呂』という言葉はこの国にもバディアスの故郷でも無かった。
だいたいは湯を沸かして大きな木製の盥に入れて水で調整するか、暖かい時期にはそのまま盥だけでなく川などで水浴びをするのが一般的である。
「何というか……湯を使うっていう……ほら、村の家で庭でお前が身につけていたものひっくるめて全部綺麗にしてもらっただろう?それ専用の部屋だ。異国の言葉で『風呂場』と言うそうなんだ。それで、その湯を溜めとくものが『風呂』という器だ」
「ふ、ふーん……?」
説明されても理解していない様子だったが、とりあえず身体を洗うためのスォプを固めた物とタオルをバディアスに渡して、さっそくその部屋に放り込んだ。
「今度は服ごと入らないでくれよ?脱いだ服はその金物の箱に入れてくれ。どういう理屈かわからんが、湯から上がる頃には綺麗になっているはずだ」
シロン自身は自分の生まれ育った国の中を巡っただけで、まだ異国の地を踏んだことはない。
だから先人たちが遺してくれた文明の利器を使うには、家に残された『仕様書』と書かれた本を使っているが、その意味すらもわからずに読んで使っているだけだ。
「……何なんだ、この家」
綺麗になった体にタオルを巻いたまま、バディアスが濡れた服を持って出てきた。
「あ。すまん。干し紐を出していなかったか。とりあえず俺も風呂に入ったら一緒に吊るしておくから、籠に入れておいてくれ」
それを聞いたバディアスはポタポタと床に雫を落しながら、理解の及ばないこの家自体に呆然としたまま、今出た浴室へと洗濯物を戻しに行った。
バディアスにはとりあえず荷物を見張る名目で、荷台で休んでもらっている。
目的地はこの道をまっすぐ行けばいい──というわけではなく、念のためシロンがエルミナを拾う前まで滞在していた家の結界を確認し、その先の魔素毒の森に異常がないかを見てからでないと、レビウスのいる家には向かえなかった。
ディーヴァント一族の家々は簡単に見つからないようにと術が施されてはいるが、森から逸れて迷い出た魔物に襲われたり、獣人から逃げてきた迷い人で真に困っている者ならば一晩だけ休める場所となるようになっている。
後日改めて探ろうとしてもその家は見つからないので『幻の隠れ家』という二重にややこしい名前がついているらしいが。
「……よしっ。これで間違いはないな」
貴重な物は救助用の家からは取り除いてあるのを確認し、さらにその奥に建つ家の結界の中に荷馬車を引き入れて姿が見えなくなったのを視認してから、シロンはバディアスとエルミナが待つその家に入った。
「……何なんだよ……この家……」
バディアスがキョロキョロと見回すのも無理はない。
台所兼寝室しかないような小さな小屋と思ったその家は見た目よりもはるかに広く、台所と居間は兼用していても、他に寝室も二つある。
おまけに便所小屋へ出て用を足す必要はなく、浴室がひとつあって、無人だったはずなのにちゃんと湯が張られていたのだ。
「ははは。すごいだろう?何でも地面のずっと奥には熱湯が通る川のような所があるんだそうだ。それを汲み上げる技術のある国があって……それを使っている。疲れも取れるし、いつだって風呂に入れる」
「ふ…風呂……?」
「あ…あぁ、そうか……」
『風呂』という言葉はこの国にもバディアスの故郷でも無かった。
だいたいは湯を沸かして大きな木製の盥に入れて水で調整するか、暖かい時期にはそのまま盥だけでなく川などで水浴びをするのが一般的である。
「何というか……湯を使うっていう……ほら、村の家で庭でお前が身につけていたものひっくるめて全部綺麗にしてもらっただろう?それ専用の部屋だ。異国の言葉で『風呂場』と言うそうなんだ。それで、その湯を溜めとくものが『風呂』という器だ」
「ふ、ふーん……?」
説明されても理解していない様子だったが、とりあえず身体を洗うためのスォプを固めた物とタオルをバディアスに渡して、さっそくその部屋に放り込んだ。
「今度は服ごと入らないでくれよ?脱いだ服はその金物の箱に入れてくれ。どういう理屈かわからんが、湯から上がる頃には綺麗になっているはずだ」
シロン自身は自分の生まれ育った国の中を巡っただけで、まだ異国の地を踏んだことはない。
だから先人たちが遺してくれた文明の利器を使うには、家に残された『仕様書』と書かれた本を使っているが、その意味すらもわからずに読んで使っているだけだ。
「……何なんだ、この家」
綺麗になった体にタオルを巻いたまま、バディアスが濡れた服を持って出てきた。
「あ。すまん。干し紐を出していなかったか。とりあえず俺も風呂に入ったら一緒に吊るしておくから、籠に入れておいてくれ」
それを聞いたバディアスはポタポタと床に雫を落しながら、理解の及ばないこの家自体に呆然としたまま、今出た浴室へと洗濯物を戻しに行った。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる