48 / 109
~旅立ち編~
10
しおりを挟む
ようやく旅立つ準備ができたのは、村長たちに予め忘却防止用の飴を舐めてもらってから一週間後である。
『別れの挨拶』ということで配った飴は子供たちに喜ばれ、すぐに食べてくれた。
それはほとんどシロンに懐いていたからこそで問題はなかったが、大人の──特に男たちの抵抗がひどかったのが問題である。
エルミナの『魅了』らしき力に囚われて司教様の館内で預かられた者たちは、家族ともども村長の命じるままにその場で飴を噛み砕いて飲み込んでくれたが、なぜかシロンのことを自分の妻や娘、あるいは恋人を誑し込むつもりでいると思い込んでいる者たちがいて、理由もわからず村長が親しくしていることも訝しんで服薬を承知しなかった。
だからこそ村長も共に『忘却の飴』を食す機会を作って、何とか口に含ませたのだが──
「追加です」
「うむ……」
それでも村長を信じ切れずにすぐに吐き出した者もいるだろう。
こんなこともあろうかと餅のような食感の物も用意したのだが、それを作るのに案外時間がかかってしまった。
元々忘却薬の素になる草独特の苦みを誤魔化すための甘味化だったが、それを服してくれないのであれば、手を替えるしかない。
幸い『餅のような物』は好まれ宴会などでよく出されたので、シロンにとっては忌々しく思いながらも『余所者追い出し会』として催された宴会に参加した男たちのすべてが、逆に辛味を混ぜた忘却薬入りの餅をひとつ以上口にしたと、ふてくされた顔の村長の娘から教えてもらえた。
やはり『魔素毒の森の水』のせいで少し効き目が弱かったのか──既婚者の恋人が『魅了』のせいで司教預かりになり、その後は家族に監視されてめったに会えなくなったことを恨む気持ちを消し切ることができなかったらしい。
「良い人が見つかるといいですねぇ」
「……その『良い人』にしようとしていた者が旅立つというのに、何と答えればいいと?」
「ハハハハ……」
早朝の靄が立ち込める中、見送りに来てくれた村長の言葉にシロンは頭を掻くしかない。
ここに戻るのは早くて十年後──世界各地を回って一族の生き残りを探そうと思っているのだから、ひょっとしたら村長が生きている間には戻ってこないかもしれないのだ。
そんな旅に出る男を待っててはいけない。
「……わかっとるわい」
ふぅ…と村長は溜め息をつく。
戸惑うシロンが前抱きにしているスリングからエルミナがひょこりと顔を出し、ふわふわと村長に向かって手を振る。
「おぉ、おぉ……爺を忘れるでないぞ……お前さんの父となったこの男の親代わりと思っているのだ……お前さんの爺は、ここにおるぞ。いつかまた、父と訪ねておくれ……忘れずに……」
小さな指が遥かに年老いた指を握り、パッと花開くような笑みを弾かせた。
「い~」
まだ孫のいない村長は、それが自分を呼んだとわかって破顔する。
「良い子、良い子じゃ……」
「村長……もうそろそろ」
「おお……」
名残惜しそうにようやくエルミナの指を外し、小さく手を振って、靄の中に消える。
シロンが滞在した家にはもう何も残っておらず、半年後に剥がれる隠蔽の術札と共に飴にも使った忘却の薬草を小さな草冠にして扉から庭を囲う塀に間隔をあけて縛り付けておいた。
もう食べ物などを届けてもらうために『道』を開けておく必要も無いため完全に封じておいたから、これまで定期的に配達してくれた者はしばらくの間、『在るはずのものが無いような気がする』という違和感を拭えないだろうが、それも月日と共に薄れていくだろう。
さあ、旅立とうか。
『別れの挨拶』ということで配った飴は子供たちに喜ばれ、すぐに食べてくれた。
それはほとんどシロンに懐いていたからこそで問題はなかったが、大人の──特に男たちの抵抗がひどかったのが問題である。
エルミナの『魅了』らしき力に囚われて司教様の館内で預かられた者たちは、家族ともども村長の命じるままにその場で飴を噛み砕いて飲み込んでくれたが、なぜかシロンのことを自分の妻や娘、あるいは恋人を誑し込むつもりでいると思い込んでいる者たちがいて、理由もわからず村長が親しくしていることも訝しんで服薬を承知しなかった。
だからこそ村長も共に『忘却の飴』を食す機会を作って、何とか口に含ませたのだが──
「追加です」
「うむ……」
それでも村長を信じ切れずにすぐに吐き出した者もいるだろう。
こんなこともあろうかと餅のような食感の物も用意したのだが、それを作るのに案外時間がかかってしまった。
元々忘却薬の素になる草独特の苦みを誤魔化すための甘味化だったが、それを服してくれないのであれば、手を替えるしかない。
幸い『餅のような物』は好まれ宴会などでよく出されたので、シロンにとっては忌々しく思いながらも『余所者追い出し会』として催された宴会に参加した男たちのすべてが、逆に辛味を混ぜた忘却薬入りの餅をひとつ以上口にしたと、ふてくされた顔の村長の娘から教えてもらえた。
やはり『魔素毒の森の水』のせいで少し効き目が弱かったのか──既婚者の恋人が『魅了』のせいで司教預かりになり、その後は家族に監視されてめったに会えなくなったことを恨む気持ちを消し切ることができなかったらしい。
「良い人が見つかるといいですねぇ」
「……その『良い人』にしようとしていた者が旅立つというのに、何と答えればいいと?」
「ハハハハ……」
早朝の靄が立ち込める中、見送りに来てくれた村長の言葉にシロンは頭を掻くしかない。
ここに戻るのは早くて十年後──世界各地を回って一族の生き残りを探そうと思っているのだから、ひょっとしたら村長が生きている間には戻ってこないかもしれないのだ。
そんな旅に出る男を待っててはいけない。
「……わかっとるわい」
ふぅ…と村長は溜め息をつく。
戸惑うシロンが前抱きにしているスリングからエルミナがひょこりと顔を出し、ふわふわと村長に向かって手を振る。
「おぉ、おぉ……爺を忘れるでないぞ……お前さんの父となったこの男の親代わりと思っているのだ……お前さんの爺は、ここにおるぞ。いつかまた、父と訪ねておくれ……忘れずに……」
小さな指が遥かに年老いた指を握り、パッと花開くような笑みを弾かせた。
「い~」
まだ孫のいない村長は、それが自分を呼んだとわかって破顔する。
「良い子、良い子じゃ……」
「村長……もうそろそろ」
「おお……」
名残惜しそうにようやくエルミナの指を外し、小さく手を振って、靄の中に消える。
シロンが滞在した家にはもう何も残っておらず、半年後に剥がれる隠蔽の術札と共に飴にも使った忘却の薬草を小さな草冠にして扉から庭を囲う塀に間隔をあけて縛り付けておいた。
もう食べ物などを届けてもらうために『道』を開けておく必要も無いため完全に封じておいたから、これまで定期的に配達してくれた者はしばらくの間、『在るはずのものが無いような気がする』という違和感を拭えないだろうが、それも月日と共に薄れていくだろう。
さあ、旅立とうか。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる