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~旅立ち編~
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ようやく旅立つ準備ができたのは、村長たちに予め忘却防止用の飴を舐めてもらってから一週間後である。
『別れの挨拶』ということで配った飴は子供たちに喜ばれ、すぐに食べてくれた。
それはほとんどシロンに懐いていたからこそで問題はなかったが、大人の──特に男たちの抵抗がひどかったのが問題である。
エルミナの『魅了』らしき力に囚われて司教様の館内で預かられた者たちは、家族ともども村長の命じるままにその場で飴を噛み砕いて飲み込んでくれたが、なぜかシロンのことを自分の妻や娘、あるいは恋人を誑し込むつもりでいると思い込んでいる者たちがいて、理由もわからず村長が親しくしていることも訝しんで服薬を承知しなかった。
だからこそ村長も共に『忘却の飴』を食す機会を作って、何とか口に含ませたのだが──
「追加です」
「うむ……」
それでも村長を信じ切れずにすぐに吐き出した者もいるだろう。
こんなこともあろうかと餅のような食感の物も用意したのだが、それを作るのに案外時間がかかってしまった。
元々忘却薬の素になる草独特の苦みを誤魔化すための甘味化だったが、それを服してくれないのであれば、手を替えるしかない。
幸い『餅のような物』は好まれ宴会などでよく出されたので、シロンにとっては忌々しく思いながらも『余所者追い出し会』として催された宴会に参加した男たちのすべてが、逆に辛味を混ぜた忘却薬入りの餅をひとつ以上口にしたと、ふてくされた顔の村長の娘から教えてもらえた。
やはり『魔素毒の森の水』のせいで少し効き目が弱かったのか──既婚者の恋人が『魅了』のせいで司教預かりになり、その後は家族に監視されてめったに会えなくなったことを恨む気持ちを消し切ることができなかったらしい。
「良い人が見つかるといいですねぇ」
「……その『良い人』にしようとしていた者が旅立つというのに、何と答えればいいと?」
「ハハハハ……」
早朝の靄が立ち込める中、見送りに来てくれた村長の言葉にシロンは頭を掻くしかない。
ここに戻るのは早くて十年後──世界各地を回って一族の生き残りを探そうと思っているのだから、ひょっとしたら村長が生きている間には戻ってこないかもしれないのだ。
そんな旅に出る男を待っててはいけない。
「……わかっとるわい」
ふぅ…と村長は溜め息をつく。
戸惑うシロンが前抱きにしているスリングからエルミナがひょこりと顔を出し、ふわふわと村長に向かって手を振る。
「おぉ、おぉ……爺を忘れるでないぞ……お前さんの父となったこの男の親代わりと思っているのだ……お前さんの爺は、ここにおるぞ。いつかまた、父と訪ねておくれ……忘れずに……」
小さな指が遥かに年老いた指を握り、パッと花開くような笑みを弾かせた。
「い~」
まだ孫のいない村長は、それが自分を呼んだとわかって破顔する。
「良い子、良い子じゃ……」
「村長……もうそろそろ」
「おお……」
名残惜しそうにようやくエルミナの指を外し、小さく手を振って、靄の中に消える。
シロンが滞在した家にはもう何も残っておらず、半年後に剥がれる隠蔽の術札と共に飴にも使った忘却の薬草を小さな草冠にして扉から庭を囲う塀に間隔をあけて縛り付けておいた。
もう食べ物などを届けてもらうために『道』を開けておく必要も無いため完全に封じておいたから、これまで定期的に配達してくれた者はしばらくの間、『在るはずのものが無いような気がする』という違和感を拭えないだろうが、それも月日と共に薄れていくだろう。
さあ、旅立とうか。
『別れの挨拶』ということで配った飴は子供たちに喜ばれ、すぐに食べてくれた。
それはほとんどシロンに懐いていたからこそで問題はなかったが、大人の──特に男たちの抵抗がひどかったのが問題である。
エルミナの『魅了』らしき力に囚われて司教様の館内で預かられた者たちは、家族ともども村長の命じるままにその場で飴を噛み砕いて飲み込んでくれたが、なぜかシロンのことを自分の妻や娘、あるいは恋人を誑し込むつもりでいると思い込んでいる者たちがいて、理由もわからず村長が親しくしていることも訝しんで服薬を承知しなかった。
だからこそ村長も共に『忘却の飴』を食す機会を作って、何とか口に含ませたのだが──
「追加です」
「うむ……」
それでも村長を信じ切れずにすぐに吐き出した者もいるだろう。
こんなこともあろうかと餅のような食感の物も用意したのだが、それを作るのに案外時間がかかってしまった。
元々忘却薬の素になる草独特の苦みを誤魔化すための甘味化だったが、それを服してくれないのであれば、手を替えるしかない。
幸い『餅のような物』は好まれ宴会などでよく出されたので、シロンにとっては忌々しく思いながらも『余所者追い出し会』として催された宴会に参加した男たちのすべてが、逆に辛味を混ぜた忘却薬入りの餅をひとつ以上口にしたと、ふてくされた顔の村長の娘から教えてもらえた。
やはり『魔素毒の森の水』のせいで少し効き目が弱かったのか──既婚者の恋人が『魅了』のせいで司教預かりになり、その後は家族に監視されてめったに会えなくなったことを恨む気持ちを消し切ることができなかったらしい。
「良い人が見つかるといいですねぇ」
「……その『良い人』にしようとしていた者が旅立つというのに、何と答えればいいと?」
「ハハハハ……」
早朝の靄が立ち込める中、見送りに来てくれた村長の言葉にシロンは頭を掻くしかない。
ここに戻るのは早くて十年後──世界各地を回って一族の生き残りを探そうと思っているのだから、ひょっとしたら村長が生きている間には戻ってこないかもしれないのだ。
そんな旅に出る男を待っててはいけない。
「……わかっとるわい」
ふぅ…と村長は溜め息をつく。
戸惑うシロンが前抱きにしているスリングからエルミナがひょこりと顔を出し、ふわふわと村長に向かって手を振る。
「おぉ、おぉ……爺を忘れるでないぞ……お前さんの父となったこの男の親代わりと思っているのだ……お前さんの爺は、ここにおるぞ。いつかまた、父と訪ねておくれ……忘れずに……」
小さな指が遥かに年老いた指を握り、パッと花開くような笑みを弾かせた。
「い~」
まだ孫のいない村長は、それが自分を呼んだとわかって破顔する。
「良い子、良い子じゃ……」
「村長……もうそろそろ」
「おお……」
名残惜しそうにようやくエルミナの指を外し、小さく手を振って、靄の中に消える。
シロンが滞在した家にはもう何も残っておらず、半年後に剥がれる隠蔽の術札と共に飴にも使った忘却の薬草を小さな草冠にして扉から庭を囲う塀に間隔をあけて縛り付けておいた。
もう食べ物などを届けてもらうために『道』を開けておく必要も無いため完全に封じておいたから、これまで定期的に配達してくれた者はしばらくの間、『在るはずのものが無いような気がする』という違和感を拭えないだろうが、それも月日と共に薄れていくだろう。
さあ、旅立とうか。
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