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~旅立ち編~
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シロンが『魔素毒の森』で汲んできた水を飲ませたのは、バディアスにさらに魔術が掛けられていたと知っていたわけではない。
単にエルミナの涙と血を摂取することによる魔力酔いを防ぐためである。
それがまさか──
「多重に致死の呪いなんて……」
ひとつ、ふたつ?
そんな生易しい数ではなく、おそらくバディアスが自国に戻り、また出ていくたびに摂取するように手配されていたのだろう──生きて戻ることを苦々しく思われ、父親であるラウナ国前国王の目の届かない地で死ぬことを願われて。
「お前が着るものも与えられずに捨てられたのも大概だと思ったが、こうやって異母兄姉たちに疎まれながら生きながらえてきたバディアスの悲惨さも大概だな……くそっ……」
シロンもいるようでいないような存在の一族のひとりで、初めての『名付け親』となったレビウスも物どころでない最低な扱いを受けていた。
何故そんな者たちばかりと関わってしまうのかは疑問だが、逆に関わってしまってよかったとも思っている。
今はもう眠るというよりも気絶して床に伸びているバディアスを片手で抱き上げ、簡易ベッドにどさりと投げ入れた。
「さすがに今夜は誰も来ないだろう……まあもう少し結界を強くして……はぁ……もう少しここでのんびり暮らしたかったが。いいきっかけだな。やっとレビウスの家に戻れる」
気がつけば空は白んでいて、シロンは寝損ねたが、バディアスが正気付いた後に仮眠をとればいいと思い直す。
どちらにしろ眠気は吹っ飛んでいるし、これからの旅程を考えれば気持ちが高揚しているからか、いっそ仮眠をとらなくても大丈夫な気もしていた。
案外ひとりきりで──いや、正確には赤ん坊とふたりきりだが、誰とも話さない生活はちょっとつまらないと感じていたみたいである。
「……そうか。親父が死んでから誰かと一緒に旅をするなんて、本当に久しぶりだな。レビウスとは筆記で会話が『できた』が、やっぱり声を出すのとは違ったし……」
しかも父や祖父の頃はわからないが、シロン自身は父以外では母としか話したことがなかったから、ひとりきりで旅を始めた頃はなかなか人付き合いが悪かった。
しかも付き合わざるを得ないのがこの国の王侯貴族というのが、なおさら人付き合いを遠ざける要因でもある。
だからといって王都や町のギルドからの依頼をこなす時や、こうやって村などで買い物をするなど、少しだけでも会話をすることはあっても、やはり『友達』ではない。
そう考えるとひとりきりで旅を続けていた時と比べて、赤ん坊を拾ってこうして村に移り住んで、母の縁者である村長たちと親しくできたのは楽しかった。
「うん。まあ……悪くはない日々だったな。また村長には迷惑をかけるが……」
そう言いながら桃色の飴を取り出す。
『忘却の酒』と同じ薬草を使った、シロンの存在を曖昧にするためのものだ。
村長に頼んでこの飴をすべての村民に配り、間違いなく食べてもらわねばならない──そう、村長も含めて。
「いや、いいか……やっぱり、こっちを……忘れてほしくはないからな……」
そう呟きながら手にしたのは、先ほどの飴よりも色の薄い物。
それは忘却の効き目を弱めるための保護薬だ。
「村長と、奥さんと……あとは娘さんか。『役目』は伝えてくれているというしな」
それはこの村にディーヴァントの一族となって存在を消された、村長の妹の墓があるということ。
今回その墓に収められた遺骨を持ってシロンは出ていくが、墓標だけでも守ってもらいたい。
都合が良すぎるかもしれないが、シロンが死ねば本当に『母がこの世に存在した』という証が無くなってしまう。
だから──
単にエルミナの涙と血を摂取することによる魔力酔いを防ぐためである。
それがまさか──
「多重に致死の呪いなんて……」
ひとつ、ふたつ?
そんな生易しい数ではなく、おそらくバディアスが自国に戻り、また出ていくたびに摂取するように手配されていたのだろう──生きて戻ることを苦々しく思われ、父親であるラウナ国前国王の目の届かない地で死ぬことを願われて。
「お前が着るものも与えられずに捨てられたのも大概だと思ったが、こうやって異母兄姉たちに疎まれながら生きながらえてきたバディアスの悲惨さも大概だな……くそっ……」
シロンもいるようでいないような存在の一族のひとりで、初めての『名付け親』となったレビウスも物どころでない最低な扱いを受けていた。
何故そんな者たちばかりと関わってしまうのかは疑問だが、逆に関わってしまってよかったとも思っている。
今はもう眠るというよりも気絶して床に伸びているバディアスを片手で抱き上げ、簡易ベッドにどさりと投げ入れた。
「さすがに今夜は誰も来ないだろう……まあもう少し結界を強くして……はぁ……もう少しここでのんびり暮らしたかったが。いいきっかけだな。やっとレビウスの家に戻れる」
気がつけば空は白んでいて、シロンは寝損ねたが、バディアスが正気付いた後に仮眠をとればいいと思い直す。
どちらにしろ眠気は吹っ飛んでいるし、これからの旅程を考えれば気持ちが高揚しているからか、いっそ仮眠をとらなくても大丈夫な気もしていた。
案外ひとりきりで──いや、正確には赤ん坊とふたりきりだが、誰とも話さない生活はちょっとつまらないと感じていたみたいである。
「……そうか。親父が死んでから誰かと一緒に旅をするなんて、本当に久しぶりだな。レビウスとは筆記で会話が『できた』が、やっぱり声を出すのとは違ったし……」
しかも父や祖父の頃はわからないが、シロン自身は父以外では母としか話したことがなかったから、ひとりきりで旅を始めた頃はなかなか人付き合いが悪かった。
しかも付き合わざるを得ないのがこの国の王侯貴族というのが、なおさら人付き合いを遠ざける要因でもある。
だからといって王都や町のギルドからの依頼をこなす時や、こうやって村などで買い物をするなど、少しだけでも会話をすることはあっても、やはり『友達』ではない。
そう考えるとひとりきりで旅を続けていた時と比べて、赤ん坊を拾ってこうして村に移り住んで、母の縁者である村長たちと親しくできたのは楽しかった。
「うん。まあ……悪くはない日々だったな。また村長には迷惑をかけるが……」
そう言いながら桃色の飴を取り出す。
『忘却の酒』と同じ薬草を使った、シロンの存在を曖昧にするためのものだ。
村長に頼んでこの飴をすべての村民に配り、間違いなく食べてもらわねばならない──そう、村長も含めて。
「いや、いいか……やっぱり、こっちを……忘れてほしくはないからな……」
そう呟きながら手にしたのは、先ほどの飴よりも色の薄い物。
それは忘却の効き目を弱めるための保護薬だ。
「村長と、奥さんと……あとは娘さんか。『役目』は伝えてくれているというしな」
それはこの村にディーヴァントの一族となって存在を消された、村長の妹の墓があるということ。
今回その墓に収められた遺骨を持ってシロンは出ていくが、墓標だけでも守ってもらいたい。
都合が良すぎるかもしれないが、シロンが死ねば本当に『母がこの世に存在した』という証が無くなってしまう。
だから──
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