今日も隠して生きてます。~モフ耳最強なんて、誰が言った?!~

行枝ローザ

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~旅立ち編~

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さすがに蒸留酒は効いたらしい。
いつの間にかテーブルに突っ伏したバディアスは指を動かすこともなく、穏やかに規則的な呼吸音を立てている。
「やっと眠ったか……」
その言葉は目の前の男だけでなく、腕の中にいるエルミナにも向けられている。
「ごめんな……少しだけ、チクッと……大丈夫だ……パ…父が、少しだけチクッとするだけ……すぐに治る……」
そう言いながらシロンはエルミナの左足の中指に髪の毛みたいな極細の針を刺した。
プクリと赤い粒が浮かぶと微かに身動ぎしたが、エルミナが起きる様子はない。
それを耳かきのような小さなスプーンですくい、さらにもうひと粒の赤い血をもらってから消毒して小さな絆創膏を貼った。
瓶にたくさん入っているゼリーのようにプルプルとした小さな粒はさっき大泣きしたエルミナの涙だが、バディアスに知られないように回収しておいたのを二粒出して、それぞれスプーンの上のエルミナの血の上に置く。
スルリと涙のゼリーは血を吸い込み薄桃色になったが、他に変化はない。
「よし……さて……」
ブツブツと呟きながらも、寝ているふたりを起こさないようにとシロンは影のように動く。
取り出したのは新月の夜に魔素毒の森の湧き水を入れたドゥルという木の筒。
不思議な魔力を持ち、果汁でも家畜の乳でもその木を器とすれば甘露ともいえる酒に代わるという代物だ。
だが魔素毒の森の水だけは別で、酒にはならずにどこよりも清い水となるが、新月の水は甘く、満月に近づくにつれて塩辛くなる。
下弦と上弦の月夜の水は甘くて薄しょっぱいというおかしい味になって人は飲めないのだが、その水を飲ませた家畜は一時的ではあるがその時の不調が治ってしまうので、お産を終えたばかりの牛や馬、そして愛玩動物に与えるようにしていた。
「まあ、あいつが妊娠出産なんてありえないが……」
「何だぁ……?誰が出産……?そんないい女がいるなら……」
「いや、そんな者はいないが……って、もう起きたのか?」
ギョッとしてバディアスの方に顔を向けた拍子に筒を落としそうになったが、しっかりと持ち直して安堵の息を吐く。
「……ん~あ~……いや……酒で潰れたことなんてないのに……アンタ強いんだな……」
「そりゃぁ……」
赤ん坊がいるのに酔い潰れるわけにはいかない。
だからシロンは加減して飲んでいただけだが、バディアスの方は追跡の魔術が仕組まれていた契約が切れたことによって有頂天になり、遠慮なく強い酒を煽っていただけである。
つまみに少しばかり催眠性のある香辛料を混ぜていたのは、何かの手違いだろうが──それを言うつもりはなかった。
むしろそれを口にしてもなお、数時間で目を覚ましてしまうというのは、バディアス自身が毒耐性をつけているのだろう。
「まあいいか。これは……ある意味、お前の覚悟が必要なんだが」
「うん?」
そういうと極小の薄桃色のゼリー球とコップを差し出す。
「これは……?」
「エルミナの涙と一滴だけの血。これを飲めば、エルミナとの血族の結びができて、『魅了解除薬』を服用する必要がなくなる。お前さんを雇うのにずっと薬を混ぜた酒を飲み続けてもらうわけにはいかないからな」
「そ…そりゃぁ……そうだろうけど……いや、でもなぁ‥……」
「だから、同じ物を俺も飲む。ついでにこの水は、魔素毒の森で汲んだ湧き水だ。こいつも飲む。それで大丈夫だと思ったら飲んでくれ。無理なら……さっきの契約の解除はできないが、俺たちのことを誰にも話さないでくれれば、この家から出て行ってくれていい」
「……………」
シロンが差し出したスプーンと木製のコップに注がれた水だけをジッと見つめ、バディアスは何も言わない。
視線も上げない。
頷きも否定もしない。
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