30 / 109
~侵入者編~
5
しおりを挟む
キッチリ二時間後。
シロンが起こすまでもなく、男はパッチリと大きく目を見開いてゆっくり身を起こした。
「……起きた」
「じゃ、頼むわ」
とうてい『お願い』ではなく、完全強制でスォプを溶かした水の入ったバケツと雑巾、革の手袋を突き付けたシロンは、サクッと男を便所小屋へと追い立てた。
そのまま逃げて行ってしまうかもしれないのに、見張りをするわけでもなく、さっさとまた家に戻る。
「………マジかよ」
信用されているのか、逃げようのない罠が仕掛けられているのか、逃げたとたんに村の治安部担当にでも捕まるのか──
「都でもないのに、そんな役目の奴もいない…か……」
独り言を呟きながら男がヒクヒクと鼻を動かすと、花も咲いていないのに華やかというか気持ちがスッキリするような、ハーブのような匂いが漂ってきた。
「なんだぁ?……こ、これ?……」
白濁した水は腐っているわけではなく、確かにいい香りがする。
柄杓のようなものがバケツに突き立てられているから、一口啜ってみようと取り出してみると、先端はブラシになっていてドロリとした粘液が泡立ちながらまたバケツに滴り落ちた。
「こ…これ……どうしろってんだ?」
今よりも規則正しい──全寮制の学校に放り込まれていた間、何度か罰として便所掃除をやらされたことはあるが、掃除道具は水とブラシだけで、こんな変な液体やら雑巾やらを使ったことなどない。
「そのバケツの中の水を使って、壁も床も便器も洗うんだよ。ちゃんと水気は雑巾で拭けよ?」
「ハ?何だそれ?掃除夫だってそんな変な手間掛けねぇぞ?」
「いいからやれよ。やらなきゃ、次からこれを着けて『お仕事』してもらうからな」
いつの間にか男の背後に戻ってきたシロンに噛みついたが、その手にしている『隷属の首輪』を見ると、わずかに表情を歪めた。
罪人に対して使われるその首輪は、獣人に嵌められる木製の物よりも柔らかいなめし皮で作られていたが、魔術研究所で古代語で拘束と締め上げの秘術が刻まれ、購入した者の名前を同じく刻むことで効果を発する厄介なものである。
嵌められた者は購入者──『主人』の手が触れねば外れないようになっており、しかも逆らったと思えば魔術研究所で考えられた呪文で、隷属したものに首を絞める『罰』を与えてくるのだ。
「ど……どうして、あんたがそんなもんを……」
どう見ても一村人で、村長の次に裕福というわけでもなさそうなのに、最低でも金貨十枚は下らない代物を持っている理由がわからない。
かといってその首輪が『偽物』には見えず、首に嵌めて試してみるだけの勇気はなかった。
「クソッ……」
渋々男は学生だった時以来の『罰』を開始した。
「……マジかよ」
男は呆然とした。
なぜか悪臭はしなかったものの、見るに堪えない状態だった便所小屋を自棄になって磨きまくった結果、まるで新築のように清潔に一度も使用したことなどないかのように、そして何より掃除に使った白濁水と同じく清涼感のある匂いがする。
それは見たこともない魔法の水だった。
シロンが起こすまでもなく、男はパッチリと大きく目を見開いてゆっくり身を起こした。
「……起きた」
「じゃ、頼むわ」
とうてい『お願い』ではなく、完全強制でスォプを溶かした水の入ったバケツと雑巾、革の手袋を突き付けたシロンは、サクッと男を便所小屋へと追い立てた。
そのまま逃げて行ってしまうかもしれないのに、見張りをするわけでもなく、さっさとまた家に戻る。
「………マジかよ」
信用されているのか、逃げようのない罠が仕掛けられているのか、逃げたとたんに村の治安部担当にでも捕まるのか──
「都でもないのに、そんな役目の奴もいない…か……」
独り言を呟きながら男がヒクヒクと鼻を動かすと、花も咲いていないのに華やかというか気持ちがスッキリするような、ハーブのような匂いが漂ってきた。
「なんだぁ?……こ、これ?……」
白濁した水は腐っているわけではなく、確かにいい香りがする。
柄杓のようなものがバケツに突き立てられているから、一口啜ってみようと取り出してみると、先端はブラシになっていてドロリとした粘液が泡立ちながらまたバケツに滴り落ちた。
「こ…これ……どうしろってんだ?」
今よりも規則正しい──全寮制の学校に放り込まれていた間、何度か罰として便所掃除をやらされたことはあるが、掃除道具は水とブラシだけで、こんな変な液体やら雑巾やらを使ったことなどない。
「そのバケツの中の水を使って、壁も床も便器も洗うんだよ。ちゃんと水気は雑巾で拭けよ?」
「ハ?何だそれ?掃除夫だってそんな変な手間掛けねぇぞ?」
「いいからやれよ。やらなきゃ、次からこれを着けて『お仕事』してもらうからな」
いつの間にか男の背後に戻ってきたシロンに噛みついたが、その手にしている『隷属の首輪』を見ると、わずかに表情を歪めた。
罪人に対して使われるその首輪は、獣人に嵌められる木製の物よりも柔らかいなめし皮で作られていたが、魔術研究所で古代語で拘束と締め上げの秘術が刻まれ、購入した者の名前を同じく刻むことで効果を発する厄介なものである。
嵌められた者は購入者──『主人』の手が触れねば外れないようになっており、しかも逆らったと思えば魔術研究所で考えられた呪文で、隷属したものに首を絞める『罰』を与えてくるのだ。
「ど……どうして、あんたがそんなもんを……」
どう見ても一村人で、村長の次に裕福というわけでもなさそうなのに、最低でも金貨十枚は下らない代物を持っている理由がわからない。
かといってその首輪が『偽物』には見えず、首に嵌めて試してみるだけの勇気はなかった。
「クソッ……」
渋々男は学生だった時以来の『罰』を開始した。
「……マジかよ」
男は呆然とした。
なぜか悪臭はしなかったものの、見るに堪えない状態だった便所小屋を自棄になって磨きまくった結果、まるで新築のように清潔に一度も使用したことなどないかのように、そして何より掃除に使った白濁水と同じく清涼感のある匂いがする。
それは見たこともない魔法の水だった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる