今日も隠して生きてます。~モフ耳最強なんて、誰が言った?!~

行枝ローザ

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~侵入者編~

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シロンは父から教わった『一般用』の胃腸薬を調合し始めた。
苦みのあるゲオルガ草と甘みのあるドゥールの花の蜜を混ぜるのだが、ゲオルガ草は潰すとやたらと臭い。
今日はまだ晴天だったので、屋外で調合できるのがありがたかった。
湯もかなり熱くなったので、赤ん坊を水浴びさせるためにと村長の家から借りた大きな盥を運び出して草の上に置くと、ザバザバと流し込む。
沸騰するほどではなかったから、放置しておけばちょうどいい温度になるはずだった。
「おぉ~い?生きてるかぁ?」
勝手に人の家の牛乳を生で飲むような盗人にかける言葉ではないのだろうが、さっきの様子では懐に隠してある短剣を取り出すのも覚束ないだろうと、ゴンゴン遠慮なく小屋の扉を叩く。
自分で吐き出した臭気で気絶しているのかも…と思うが、さすがにそこから引っ張り出してやるほどのお人よしでもなかった。
代わりにゲオルガ草の入った小桶を手に持って、わざと扇いでその匂いを扉の隙間から嗅がせてやる。
「だ…だいじょ…ぐぇっほっ!ぐぇえっ?!じ、じぬっ…!ゴロサレルゥゥ……」
「失敬な」
バンッと勢いよく扉が開き、まさしく死にかけの態で盗人がまろび出る。
小屋に籠っていたせいで、服どころか髪までも汚臭に塗れている気がした。
「とりあえずこれを飲んで、湯を浴びてくれ」
そう言ってブリキの缶を渡すと、自分の方が『怪しい奴』のくせに、まるでシロンが毒殺するのではという疑いの目で男は見上げてきた。
「……これ飲んだら、どれくらいで死ぬんだ?即死?」
「ただの痛み止めだよ。まだ苦しみたいなら、飲まなくていい」
「あんた、本職は薬師なのか?魔術師って聞いたけど?」
「どっちでもない。いらないなら、もう少し便所小屋で苦しんでくれ」
自分の手に臭いが移るのはごめんだが、どうやら体力切れに見える男の襟首をつかみ、シロンはもう一度臭気の残る小屋に放り込もうとした。
「まままままま待って!待ってくれ!待ってくださぁぁぁい……」
思いがけず強い力で引きずられたのが功を奏したのか、男は小屋に入ることを必死に拒否し、容器に入ったドロリとした得体のしれない緑色の液体を少しだけ飲んだ。
ドゥールは花だけでなく蜜にも香りがあるため、ほんの少しだけエグい草の匂いが緩和されている──はず。
シロン自身は子供の頃に腹を下すと、有無を言わさずに草をすり潰しただけの物を無理やり口に突っ込まれ、咽て吐き出す前にドゥールの蜜をひと匙口に含ませてもらった。
効果はてきめんで、ゲオルガ草のおかげで内臓を引き絞られるような激痛はたちまち収まり、蜜の甘さにうっとりしているうちに眠ってしまえる。
そんな乱暴な治療法はディーヴァント一族だからこその耐性だが、並の人間であればゲオルガ草をひと口含んだだけで、さらに吐き気を呼ばれて嘔吐してしまう代物だ。
だから分け与えるような場面ではこうやって年齢に応じた分量で調合する方がいい──この男が何歳かはわからないが、眠りこけていた顔つきと体格から、シロンはだいたい自分よりは年下でも二十は越えていると判断した。
よく判らないが、ドゥーガの蜜がゲオルガ草の苦みや臭いを緩和する代わりに、ゲオルガ草の何かがドゥーガの睡眠作用を多少は打ち消すらしい。
しかも大人になればなるほど──そして酒飲みであればなおさら──この薬に中毒したかのように、体調が悪くなくても「あの胃腸薬を分けてくれ」と言って、渡された先から一気飲みしてしまう。
「……まぁ、たぶん大丈夫だろう」
「プッハァッ!!」
最初はちびちびと疑うように口をつけていたのが、最後は息もつかずに飲み干したようで、勢いよく息を吐かれた。
「ゲフッ……何だ、これ……俺の知ってる『胃腸薬』じゃねぇ……一瞬で痛みが消えた……」
「まあ、痛みは消えても匂いは消えないし、排泄に使った体力が戻るわけでもないがな。動けるならさっさと服ごと湯に入ってくれ。臭いから」
「ひっどっ!!!」
そうは言っても自分から汚臭を漂わせている自覚はあったのか、とりあえずシロンの言われた通りに男は服ごと・・・・盥の湯に浸かった。
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