今日も隠して生きてます。~モフ耳最強なんて、誰が言った?!~

行枝ローザ

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~村里育児編~

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それは赤ん坊が獣人だというのを、無意識に感じていたのかもしれない。
人が人を喰うなどとはあり得ない。あってはいけない。あり得なくは──ないのかもしれないが。
だが、暗示と忘却の秘薬をそれぞれに飲ませたからといって、村長の言う通り『根本にあるもの』が消えるわけではない。
むしろ赤ん坊がもう少し大きくなり、ひとりで外に出られるようになった頃に、また目にした男たちのうちの誰かがこの子を攫い、思いを遂げた上で───
恋情とは呼びたくない。
劣情だ。
玩具どころか、引き裂き喰らう愉悦を満たされるために育てている訳ではない。

───守らねば。

ズキッとした痛みがこめかみに走り、シロンは思わず蹲りそうになった。
この痛みはあの夜からの暗示か、魅了の後遺症か。
「……いずれにしても、早くこの村を離れた方がいいな」
とはいえ普通の赤ん坊ならまだ生後一ヶ月か二ヶ月ぐらいだが──すでに草の上を四つん這いで這いまわっている姿を見れば、獣人の成長は人間族のそれとは基準が違うのかもしれないと思ってしまう。
「……必要はあろうが、あまり村の中心部には寄らん方がよかろう。入用の物があったら、ここへ寄こす奴を使ったらいいぞ。じじも来てやるでなぁ」
「あーうー」
村長のその目はシロンではなく、コロコロと転がって草まみれになって笑っている赤ん坊に向かっている。
笑ってはいるが──
「いや……もうすぐ乳離れもするじゃろうから、せめて……のう……歩く姿だけでも見せておくれ」
「長……」
「いずれ『母』と共に旅立つのだろう?あの子と共に旅立つのなら、その前に少しぐらい孫と遊びたいのぅ……」
「はは……」
先代の長の末娘だったシロンの母は、この村の共同墓地ではなく、長一族の墓地の片隅に墓標がある。
ディーヴァント一族は定住の地がありながら定住しない、できない古の一族。
この村の長とは代々の付き合いがあったとしても、秘術を漏らさぬためにその血が交わることはない──はずだった。



今は亡き両親が出会ったのは、シロンが拾った赤ん坊と同じぐらいの頃だった。
母が産まれた数ヶ月後、父があの家で産まれたのである。
シロンとは違って若い頃の祖母は母としてちゃんと赤ん坊に乳を与えられる環境だったし、あの家だって一軒だけでなく長屋のような建物もあり、夫が他の魔素毒の森へ管理に出かけてしまった母子たちが四世帯ほど一緒に住んでいた。
父が一番末っ子であったから、祖父が迎えに来ても次の地に連れていくには難しく、大風や旱などの天災も重なって、赤ん坊を連れての旅は厳しいと時機を見るために留まったのである。
シロンも完全に薬関係の知識は受け継いではいたが、実地経験に関しては祖父の方が秀でていたのか、人に対する物だけでなく家畜に対する薬を調合するなど村人と良好な関係を築き、当時から村長とも仲が良かったらしい。
結局、祖母と父は三歳になるまで村近くのディーヴァント一族の家に住み、祖父がひとりで魔素毒の森の管理へ旅に出た。
「カロナ……ああ、シロンから見れば祖母になるのか……あの人は美しかったよ。わしもこの村の男たちのことは言えん。あの頃、どんなに想いを遂げたかったことか……」
若き頃の村長の妻も美しかったが、シロンの祖母はまるで異国の女のように儚く朧げで、実際言い寄る男は一人や二人ではなかった。
だが守り手となる祖父の代わりにその身を清く守ったのは、他でもない村長である。
祖母は村長の家をたびたび訪れ、ふたりの幼子を村長の妻と共に見守りながら、夫の帰りを待っていた。

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