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~村里育児編~
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ジジッ…と小さな音を立てながらろうそくの光が大きくなると、ピンク色の煙が立ち上る。
それと同時に、部屋の中に漂う甘い香りも強くなった。
「………」
司祭は村長の後ろに控えながら、その有様を無言で見つめていた。
穏やかに、ではない──むしろ得体のしれない魔物を見るような、恐怖を湛えた目付きで、ただじっと黙っている。
『あの男は…危険…』
『赤ん坊を…犯してる…』
『赤ん坊を…嬲ってる…』
「赤ん坊を?」
『だから……』
「だから?」
『だから…俺…にも』
『俺にも……』
『俺にも……』
『慰みものに……』
「ほう…慰めるとな……己の情欲を……」
『あの赤ん坊を……』
『犯したい……赤ん坊を……』
『ぐにゃぐにゃに……』
『柔らかい…はずだ……』
『美味そう……』
『美味そう…』
『美味そう』
「美味そう…か……」
村会議も行われる村長家の一番広い部屋に詰められた十数人の男たちが、皆同じようにぼんやりとした目付きで、同じ言葉を次々と唱える。
「……ま、まさか……本当に、彼らがあの赤ん坊に……稚い幼子に……欲情していたなんて……」
「ふん……」
村長の皺だらけの手には、シロンが殴り書いた秘密の会話が記されていた。
司祭様の元に訪れた者たちは おそらく赤ん坊を凌辱したいと言うはず。
原因不明。
魔素毒の森から拾ったため 何らかの影響を男に与えるのかも。
捨てられた親から何らかの方法で 魅了の草を与えられていた可能性あり。
毒素を抜く準備中。
その間はいっさい家を出ません。
村長と司祭様で 男たちの洗脳をお願いします。
薬酒は指ひとつ分 赤酒を指ふたつ分 水を指みっつ分 の割合で。
全員に。希望されるのならば 司祭様も。
赤ん坊に関する嘘も混じったその文章と、ゆらゆらと軽く上半身を揺らしながら座り込む男たちを眺めてから、村長は躊躇いもなくろうそくの火でその紙を焙る。
途端にブワッと大きな雲状の煙が沸き上がると、すかさず村長が息を吹きかけて男たち全員を包み込むように仕掛けた。
「なっ…………」
思わず大きな声を上げそうになった司祭が口元を押さえるのをチラリと見たが、村長は何も言わずにゆっくりと煙っている紙を左右に揺らした。
「ほぉ~れほれ……赤子は不味そうじゃ……あの赤子は喰えぬ……あの赤子はお前の嬲りものにはならぬ……慰みものにはならぬ……赤子はもう…お前の目に入らぬっ!」
パァンッと勢いよく柏手がひとつ鳴ると、男たちに向かって充満していた煙は一気に霧散した。
視点の合わない男たちはもはや何ひとつ言葉を発することなく、ただユラユラと揺れている。
目の前で繰り広げられている光景が理解できず、司祭の目もボンヤリとし始めていた。
「ほっほっ……司祭様も男どもの言葉で、直接的にではなくとも赤子の魅了に罹っておられたようじゃな……さて……シロンは『どこかの親に捨てられた子』と言うておったが、捨てた親が人間かどうか……」
ブツブツと村長は独り言を吐き出したが、やがて溜息をひとつ吐くと、先ほどの柏手よりも柔らかく二回ほど手を打った。
「はい…ここに……」
音も立てずに家の奥へと続くドアから入ってきたのは、鼻から下を布で覆った男たちと同じ数の女たち。
そのほとんどは憎々し気に虚ろな表情の男たちを睨みつけているが、誰も口を利かない。
「長……用意はできておる」
「妻よ。女たちよ。相すまぬ。これも皆、この長が至らぬばかりに、ディーヴァント家の慈悲に縋らねばならなくなった。秘薬による死はない……が、数日は正気には戻らぬゆえ、こちらの司祭様に預かっていただく。毒抜きが終わった者から家に帰すが、ディーヴァントの者がこの地を離れるまで、毎日司祭様の元へ通わせるがよい」
女たちがその言葉に、無言のまま揃って頷く。
「子への不安もあろう。おぞましいことではあるが、赤子とまではいかずとも、幼子を抱える者の中には、夫が、弟が、兄が、息子が……あのような汚らわしい欲望を抱いていたと嫌悪する者もおるだろう。どうしても許せぬ者は、服用を止めるまでは不能となる秘薬も預かっておる。そのうち申し出よ」
ふたたび揃って頷く。
「では」
長の妻が、他のグラスよりも大きく薄い色をしたグラスを司祭に差し出した。
司祭もそのまま受け取って口をつけたのを確かめると、女たちもそれぞれ思う者に向けてグラスを差し出す。
緑の酒──魔素毒の森から採取したダナスという草から作られる忘却の秘薬と、村長の催眠術を強化させるためのギロンの花の蜜をほんの数滴入れた水を混ぜた物は、次々と男たちの喉を滑り落ちていった。
それと同時に、部屋の中に漂う甘い香りも強くなった。
「………」
司祭は村長の後ろに控えながら、その有様を無言で見つめていた。
穏やかに、ではない──むしろ得体のしれない魔物を見るような、恐怖を湛えた目付きで、ただじっと黙っている。
『あの男は…危険…』
『赤ん坊を…犯してる…』
『赤ん坊を…嬲ってる…』
「赤ん坊を?」
『だから……』
「だから?」
『だから…俺…にも』
『俺にも……』
『俺にも……』
『慰みものに……』
「ほう…慰めるとな……己の情欲を……」
『あの赤ん坊を……』
『犯したい……赤ん坊を……』
『ぐにゃぐにゃに……』
『柔らかい…はずだ……』
『美味そう……』
『美味そう…』
『美味そう』
「美味そう…か……」
村会議も行われる村長家の一番広い部屋に詰められた十数人の男たちが、皆同じようにぼんやりとした目付きで、同じ言葉を次々と唱える。
「……ま、まさか……本当に、彼らがあの赤ん坊に……稚い幼子に……欲情していたなんて……」
「ふん……」
村長の皺だらけの手には、シロンが殴り書いた秘密の会話が記されていた。
司祭様の元に訪れた者たちは おそらく赤ん坊を凌辱したいと言うはず。
原因不明。
魔素毒の森から拾ったため 何らかの影響を男に与えるのかも。
捨てられた親から何らかの方法で 魅了の草を与えられていた可能性あり。
毒素を抜く準備中。
その間はいっさい家を出ません。
村長と司祭様で 男たちの洗脳をお願いします。
薬酒は指ひとつ分 赤酒を指ふたつ分 水を指みっつ分 の割合で。
全員に。希望されるのならば 司祭様も。
赤ん坊に関する嘘も混じったその文章と、ゆらゆらと軽く上半身を揺らしながら座り込む男たちを眺めてから、村長は躊躇いもなくろうそくの火でその紙を焙る。
途端にブワッと大きな雲状の煙が沸き上がると、すかさず村長が息を吹きかけて男たち全員を包み込むように仕掛けた。
「なっ…………」
思わず大きな声を上げそうになった司祭が口元を押さえるのをチラリと見たが、村長は何も言わずにゆっくりと煙っている紙を左右に揺らした。
「ほぉ~れほれ……赤子は不味そうじゃ……あの赤子は喰えぬ……あの赤子はお前の嬲りものにはならぬ……慰みものにはならぬ……赤子はもう…お前の目に入らぬっ!」
パァンッと勢いよく柏手がひとつ鳴ると、男たちに向かって充満していた煙は一気に霧散した。
視点の合わない男たちはもはや何ひとつ言葉を発することなく、ただユラユラと揺れている。
目の前で繰り広げられている光景が理解できず、司祭の目もボンヤリとし始めていた。
「ほっほっ……司祭様も男どもの言葉で、直接的にではなくとも赤子の魅了に罹っておられたようじゃな……さて……シロンは『どこかの親に捨てられた子』と言うておったが、捨てた親が人間かどうか……」
ブツブツと村長は独り言を吐き出したが、やがて溜息をひとつ吐くと、先ほどの柏手よりも柔らかく二回ほど手を打った。
「はい…ここに……」
音も立てずに家の奥へと続くドアから入ってきたのは、鼻から下を布で覆った男たちと同じ数の女たち。
そのほとんどは憎々し気に虚ろな表情の男たちを睨みつけているが、誰も口を利かない。
「長……用意はできておる」
「妻よ。女たちよ。相すまぬ。これも皆、この長が至らぬばかりに、ディーヴァント家の慈悲に縋らねばならなくなった。秘薬による死はない……が、数日は正気には戻らぬゆえ、こちらの司祭様に預かっていただく。毒抜きが終わった者から家に帰すが、ディーヴァントの者がこの地を離れるまで、毎日司祭様の元へ通わせるがよい」
女たちがその言葉に、無言のまま揃って頷く。
「子への不安もあろう。おぞましいことではあるが、赤子とまではいかずとも、幼子を抱える者の中には、夫が、弟が、兄が、息子が……あのような汚らわしい欲望を抱いていたと嫌悪する者もおるだろう。どうしても許せぬ者は、服用を止めるまでは不能となる秘薬も預かっておる。そのうち申し出よ」
ふたたび揃って頷く。
「では」
長の妻が、他のグラスよりも大きく薄い色をしたグラスを司祭に差し出した。
司祭もそのまま受け取って口をつけたのを確かめると、女たちもそれぞれ思う者に向けてグラスを差し出す。
緑の酒──魔素毒の森から採取したダナスという草から作られる忘却の秘薬と、村長の催眠術を強化させるためのギロンの花の蜜をほんの数滴入れた水を混ぜた物は、次々と男たちの喉を滑り落ちていった。
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