18 / 109
~村里育児編~
5
しおりを挟む
ジジッ…と小さな音を立てながらろうそくの光が大きくなると、ピンク色の煙が立ち上る。
それと同時に、部屋の中に漂う甘い香りも強くなった。
「………」
司祭は村長の後ろに控えながら、その有様を無言で見つめていた。
穏やかに、ではない──むしろ得体のしれない魔物を見るような、恐怖を湛えた目付きで、ただじっと黙っている。
『あの男は…危険…』
『赤ん坊を…犯してる…』
『赤ん坊を…嬲ってる…』
「赤ん坊を?」
『だから……』
「だから?」
『だから…俺…にも』
『俺にも……』
『俺にも……』
『慰みものに……』
「ほう…慰めるとな……己の情欲を……」
『あの赤ん坊を……』
『犯したい……赤ん坊を……』
『ぐにゃぐにゃに……』
『柔らかい…はずだ……』
『美味そう……』
『美味そう…』
『美味そう』
「美味そう…か……」
村会議も行われる村長家の一番広い部屋に詰められた十数人の男たちが、皆同じようにぼんやりとした目付きで、同じ言葉を次々と唱える。
「……ま、まさか……本当に、彼らがあの赤ん坊に……稚い幼子に……欲情していたなんて……」
「ふん……」
村長の皺だらけの手には、シロンが殴り書いた秘密の会話が記されていた。
司祭様の元に訪れた者たちは おそらく赤ん坊を凌辱したいと言うはず。
原因不明。
魔素毒の森から拾ったため 何らかの影響を男に与えるのかも。
捨てられた親から何らかの方法で 魅了の草を与えられていた可能性あり。
毒素を抜く準備中。
その間はいっさい家を出ません。
村長と司祭様で 男たちの洗脳をお願いします。
薬酒は指ひとつ分 赤酒を指ふたつ分 水を指みっつ分 の割合で。
全員に。希望されるのならば 司祭様も。
赤ん坊に関する嘘も混じったその文章と、ゆらゆらと軽く上半身を揺らしながら座り込む男たちを眺めてから、村長は躊躇いもなくろうそくの火でその紙を焙る。
途端にブワッと大きな雲状の煙が沸き上がると、すかさず村長が息を吹きかけて男たち全員を包み込むように仕掛けた。
「なっ…………」
思わず大きな声を上げそうになった司祭が口元を押さえるのをチラリと見たが、村長は何も言わずにゆっくりと煙っている紙を左右に揺らした。
「ほぉ~れほれ……赤子は不味そうじゃ……あの赤子は喰えぬ……あの赤子はお前の嬲りものにはならぬ……慰みものにはならぬ……赤子はもう…お前の目に入らぬっ!」
パァンッと勢いよく柏手がひとつ鳴ると、男たちに向かって充満していた煙は一気に霧散した。
視点の合わない男たちはもはや何ひとつ言葉を発することなく、ただユラユラと揺れている。
目の前で繰り広げられている光景が理解できず、司祭の目もボンヤリとし始めていた。
「ほっほっ……司祭様も男どもの言葉で、直接的にではなくとも赤子の魅了に罹っておられたようじゃな……さて……シロンは『どこかの親に捨てられた子』と言うておったが、捨てた親が人間かどうか……」
ブツブツと村長は独り言を吐き出したが、やがて溜息をひとつ吐くと、先ほどの柏手よりも柔らかく二回ほど手を打った。
「はい…ここに……」
音も立てずに家の奥へと続くドアから入ってきたのは、鼻から下を布で覆った男たちと同じ数の女たち。
そのほとんどは憎々し気に虚ろな表情の男たちを睨みつけているが、誰も口を利かない。
「長……用意はできておる」
「妻よ。女たちよ。相すまぬ。これも皆、この長が至らぬばかりに、ディーヴァント家の慈悲に縋らねばならなくなった。秘薬による死はない……が、数日は正気には戻らぬゆえ、こちらの司祭様に預かっていただく。毒抜きが終わった者から家に帰すが、ディーヴァントの者がこの地を離れるまで、毎日司祭様の元へ通わせるがよい」
女たちがその言葉に、無言のまま揃って頷く。
「子への不安もあろう。おぞましいことではあるが、赤子とまではいかずとも、幼子を抱える者の中には、夫が、弟が、兄が、息子が……あのような汚らわしい欲望を抱いていたと嫌悪する者もおるだろう。どうしても許せぬ者は、服用を止めるまでは不能となる秘薬も預かっておる。そのうち申し出よ」
ふたたび揃って頷く。
「では」
長の妻が、他のグラスよりも大きく薄い色をしたグラスを司祭に差し出した。
司祭もそのまま受け取って口をつけたのを確かめると、女たちもそれぞれ思う者に向けてグラスを差し出す。
緑の酒──魔素毒の森から採取したダナスという草から作られる忘却の秘薬と、村長の催眠術を強化させるためのギロンの花の蜜をほんの数滴入れた水を混ぜた物は、次々と男たちの喉を滑り落ちていった。
それと同時に、部屋の中に漂う甘い香りも強くなった。
「………」
司祭は村長の後ろに控えながら、その有様を無言で見つめていた。
穏やかに、ではない──むしろ得体のしれない魔物を見るような、恐怖を湛えた目付きで、ただじっと黙っている。
『あの男は…危険…』
『赤ん坊を…犯してる…』
『赤ん坊を…嬲ってる…』
「赤ん坊を?」
『だから……』
「だから?」
『だから…俺…にも』
『俺にも……』
『俺にも……』
『慰みものに……』
「ほう…慰めるとな……己の情欲を……」
『あの赤ん坊を……』
『犯したい……赤ん坊を……』
『ぐにゃぐにゃに……』
『柔らかい…はずだ……』
『美味そう……』
『美味そう…』
『美味そう』
「美味そう…か……」
村会議も行われる村長家の一番広い部屋に詰められた十数人の男たちが、皆同じようにぼんやりとした目付きで、同じ言葉を次々と唱える。
「……ま、まさか……本当に、彼らがあの赤ん坊に……稚い幼子に……欲情していたなんて……」
「ふん……」
村長の皺だらけの手には、シロンが殴り書いた秘密の会話が記されていた。
司祭様の元に訪れた者たちは おそらく赤ん坊を凌辱したいと言うはず。
原因不明。
魔素毒の森から拾ったため 何らかの影響を男に与えるのかも。
捨てられた親から何らかの方法で 魅了の草を与えられていた可能性あり。
毒素を抜く準備中。
その間はいっさい家を出ません。
村長と司祭様で 男たちの洗脳をお願いします。
薬酒は指ひとつ分 赤酒を指ふたつ分 水を指みっつ分 の割合で。
全員に。希望されるのならば 司祭様も。
赤ん坊に関する嘘も混じったその文章と、ゆらゆらと軽く上半身を揺らしながら座り込む男たちを眺めてから、村長は躊躇いもなくろうそくの火でその紙を焙る。
途端にブワッと大きな雲状の煙が沸き上がると、すかさず村長が息を吹きかけて男たち全員を包み込むように仕掛けた。
「なっ…………」
思わず大きな声を上げそうになった司祭が口元を押さえるのをチラリと見たが、村長は何も言わずにゆっくりと煙っている紙を左右に揺らした。
「ほぉ~れほれ……赤子は不味そうじゃ……あの赤子は喰えぬ……あの赤子はお前の嬲りものにはならぬ……慰みものにはならぬ……赤子はもう…お前の目に入らぬっ!」
パァンッと勢いよく柏手がひとつ鳴ると、男たちに向かって充満していた煙は一気に霧散した。
視点の合わない男たちはもはや何ひとつ言葉を発することなく、ただユラユラと揺れている。
目の前で繰り広げられている光景が理解できず、司祭の目もボンヤリとし始めていた。
「ほっほっ……司祭様も男どもの言葉で、直接的にではなくとも赤子の魅了に罹っておられたようじゃな……さて……シロンは『どこかの親に捨てられた子』と言うておったが、捨てた親が人間かどうか……」
ブツブツと村長は独り言を吐き出したが、やがて溜息をひとつ吐くと、先ほどの柏手よりも柔らかく二回ほど手を打った。
「はい…ここに……」
音も立てずに家の奥へと続くドアから入ってきたのは、鼻から下を布で覆った男たちと同じ数の女たち。
そのほとんどは憎々し気に虚ろな表情の男たちを睨みつけているが、誰も口を利かない。
「長……用意はできておる」
「妻よ。女たちよ。相すまぬ。これも皆、この長が至らぬばかりに、ディーヴァント家の慈悲に縋らねばならなくなった。秘薬による死はない……が、数日は正気には戻らぬゆえ、こちらの司祭様に預かっていただく。毒抜きが終わった者から家に帰すが、ディーヴァントの者がこの地を離れるまで、毎日司祭様の元へ通わせるがよい」
女たちがその言葉に、無言のまま揃って頷く。
「子への不安もあろう。おぞましいことではあるが、赤子とまではいかずとも、幼子を抱える者の中には、夫が、弟が、兄が、息子が……あのような汚らわしい欲望を抱いていたと嫌悪する者もおるだろう。どうしても許せぬ者は、服用を止めるまでは不能となる秘薬も預かっておる。そのうち申し出よ」
ふたたび揃って頷く。
「では」
長の妻が、他のグラスよりも大きく薄い色をしたグラスを司祭に差し出した。
司祭もそのまま受け取って口をつけたのを確かめると、女たちもそれぞれ思う者に向けてグラスを差し出す。
緑の酒──魔素毒の森から採取したダナスという草から作られる忘却の秘薬と、村長の催眠術を強化させるためのギロンの花の蜜をほんの数滴入れた水を混ぜた物は、次々と男たちの喉を滑り落ちていった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる