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~誕生編~
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無数の星々が夜空に瞬き、深紺の闇はいつもより暗い。
新月。
夜道を明るく照らすはずの月は姿を消し、代わりに禍々しい気配が忍び寄ってくる昏い森への道を、一人の男が歩いて行く。
シロン・ディーヴァント──もうすぐ二十五歳になるというのに嫁や恋人の存在もない独身男だが、本人はいたって気楽に生きていた。
妻どころか、両親もすでにいない天涯孤独。
それでいいと思えるのは、シロンが定期的に居住を替えるせいだった。
ディーヴァント家は特権階級というわけではないが、戸籍のあるファーガラント王国の各地に家がある──どころか、属国にも寝室と居間だけの簡易的なログハウス的な物が、『必要な』場所にある。
それは代々続く特殊な稼業のおかげであるが、そのどれかひとつに定住することができないせいで、異性とほんのわずかな交流はあってもなかなか仲を深めることができないため、家族ができないのも事実だった。
その家業とは──
「おっ、これはツイている」
シロンは森の端に自生し始めているひと群れの白い花に目を向けた。
いくつもの房に分かれた可憐な小花だが、見た目に反してその花から抽出した香水と蜜は『魅惑』と『幻覚』の作用をもたらし、その根を煎じれば逆に解毒剤となる。
効き目はごく軽いため、娼館などに媚薬として取り扱われていた。
しかし、今夜の目標はこの森の奥にある。
通常『魔素毒の森』──そう呼ばれるこの森での薬草の採取や、木材の伐採がシロンの一族が担う家業だった。
魔力持ちの人間では魔素毒が強すぎて中毒症状を起こしたり、逆に無魔力の人間では森に生息する魔物やそれらを獲物と狙う強靭な獣人族に間違って襲われて命を落としかねない危険な場所だが、シロンは先祖伝来の加護法があり、比較的安全な森では一人で、もっと危険度が高い森を訪れる場合には馴染みの冒険者を連れて行くことにしていた。
かつては各地に散らばった一族の者たちがこういった森が広がりすぎないようにそれぞれが『管理』していたのだが、複雑な加護や術式を引き継ぐための厳格な仕来りが『普通の人間』との交流を阻んで、もうシロン以外に血族はいない。
今夜訪れているこの森はまだ魔素毒が外に漏れるほど満ちているわけではないが、シロンがサクサク刈り始めたギロンの白花が蔓延りはじめているということは、大木の伐採をメインとした大掛かりな手入れが必要だろう。
しかしシロンと同等の加護法と防御力を持つ人間を募ることは奇跡に近いから、おそらくほぼ単独での作業になるだろうと覚悟していた。
新月。
夜道を明るく照らすはずの月は姿を消し、代わりに禍々しい気配が忍び寄ってくる昏い森への道を、一人の男が歩いて行く。
シロン・ディーヴァント──もうすぐ二十五歳になるというのに嫁や恋人の存在もない独身男だが、本人はいたって気楽に生きていた。
妻どころか、両親もすでにいない天涯孤独。
それでいいと思えるのは、シロンが定期的に居住を替えるせいだった。
ディーヴァント家は特権階級というわけではないが、戸籍のあるファーガラント王国の各地に家がある──どころか、属国にも寝室と居間だけの簡易的なログハウス的な物が、『必要な』場所にある。
それは代々続く特殊な稼業のおかげであるが、そのどれかひとつに定住することができないせいで、異性とほんのわずかな交流はあってもなかなか仲を深めることができないため、家族ができないのも事実だった。
その家業とは──
「おっ、これはツイている」
シロンは森の端に自生し始めているひと群れの白い花に目を向けた。
いくつもの房に分かれた可憐な小花だが、見た目に反してその花から抽出した香水と蜜は『魅惑』と『幻覚』の作用をもたらし、その根を煎じれば逆に解毒剤となる。
効き目はごく軽いため、娼館などに媚薬として取り扱われていた。
しかし、今夜の目標はこの森の奥にある。
通常『魔素毒の森』──そう呼ばれるこの森での薬草の採取や、木材の伐採がシロンの一族が担う家業だった。
魔力持ちの人間では魔素毒が強すぎて中毒症状を起こしたり、逆に無魔力の人間では森に生息する魔物やそれらを獲物と狙う強靭な獣人族に間違って襲われて命を落としかねない危険な場所だが、シロンは先祖伝来の加護法があり、比較的安全な森では一人で、もっと危険度が高い森を訪れる場合には馴染みの冒険者を連れて行くことにしていた。
かつては各地に散らばった一族の者たちがこういった森が広がりすぎないようにそれぞれが『管理』していたのだが、複雑な加護や術式を引き継ぐための厳格な仕来りが『普通の人間』との交流を阻んで、もうシロン以外に血族はいない。
今夜訪れているこの森はまだ魔素毒が外に漏れるほど満ちているわけではないが、シロンがサクサク刈り始めたギロンの白花が蔓延りはじめているということは、大木の伐採をメインとした大掛かりな手入れが必要だろう。
しかしシロンと同等の加護法と防御力を持つ人間を募ることは奇跡に近いから、おそらくほぼ単独での作業になるだろうと覚悟していた。
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