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追放
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いつまで待ってもオイン子爵令嬢が、ディーファン公爵家から解放されない。
なんということか。
彼女が王太子に押し付けられた『公爵令嬢の罪滅ぼし』のための『行儀見習い』が完了すれば、ちゃんと家に戻されると思っていたのに。
低位貴族ではあったが彼女の礼儀作法は完璧だったし、今さら彼女が公爵家に行儀見習いに入る意味はないはずなのだ。
それに期間は『長期休暇中』だったはずなのに、学園が再開してもオイン子爵令嬢は相変わらずディーファン公爵家の馬車に同乗させられ、常にディーファン公爵令嬢のそばに置かれている。
そのせいで声がかけられない──
「……い……って……ル…」
「あ?」
「えっ」
思わず低い声で振り返ると、仲間がビクッと怯えたように一足下がった。
「…んだよ」
シーナや王太子の前では甘えん坊弟キャラを貫いていたルイフェン・クウェンティ・ダンビューラは、声を掛けてきたジェラウス・クーラン・クリシュアを睨みつけた。
「っあ…い、いや、その、ルイ…フェン…。その、ごめん…ディ、ディディエのこと……聞いた?」
「ああ」
ふいっと顔を逸らしたが、ジェラウスはおどおどしながらルイフェンの横に立った。
シーナたちと同じ学年の彼が二つ下の子息令嬢がいるこの教室までやってくることは珍しく、ヒソヒソとした声と視線を感じてルイフェンはスタスタと廊下を歩きだすと、何も言わないのにジェラウスは勝手についてくる。
いつだってこうだ。
シーナー・ティア・オイン子爵令嬢に目をつけたのはルイフェンの方が早かったのに、リオン王太子がさっさとその横に立った。
しかも王太子の学園内側近であるはずのディディエ・ファーケン・ムスタフやイストフ・シュラー・エビフェールクス、そして彼の兄であるベレフォン・ジュスト・ダンビューラまでが同学年だというだけでルイフェンを除け者にしてシーナの手を取ろうと競ったのである。
ズルイ、と単純に考えた。
だから自分の容姿を思いっきり生かして『可愛い弟キャラ』を作り上げて、シーナにとっての特別になろうとしたのに──
「ディディエさんがどうしたの?」
「あの……学園内側近の任を、解かれた、って……」
「え?」
思わず鼻の穴が膨らみ、口角が持ち上がる。
「は?」
「え……ンンッ…そ、そう……」
ジェラウスが目を見開いて『信じられない』という表情を浮かべたのに気が付いて素早く顔を伏せ、驚き過ぎたせいで表情筋が誤作動したという体で口元に拳を当てた。
込み上げる笑いを堪えつつ眉を顰めて困惑した感じを装い、上目遣いでジェラウスに確認する。
「任を解かれた…って……新しい学園内側近を選ぶってこと?」
「うん……そ、それが、さ……」
ルイフェンは呆然とした。
彼らと同じ学園内側近であるイストフ・シュラー・エビフェールクスは変わらずリオン王太子のそばにいるが、ルイフェンの一つ上の学年にいる年子のクルーファニー男爵子息のリオネル・ドゥーファンとリュシアン・ラオネスが学園内側近だというのである。
何故か自分が呼ばれずにいるなとは思っていたが、まさか新しい側近たちが王太子のそばにいるとは──
「なっ、何でっ……」
「何でって、ぼ、僕に言われても……」
しかもディディエは学園内側近どころか領地に帰還するようにと命じられ、貴族学園から除籍ということになっているらしい。
王宮に勤められずとも領地持ちの貴族ならば必ずしも王都の貴族学園を卒業する必要はないが、逆に言えばこの学園を卒業しなければ王宮に勤めることはおろか、王太子側近になる道すら閉ざされる。
自らその道を選んだとは思えないが──
「……ぼ、僕も……実は、その、薬学専門学術院にしょ、所属するように…って、父上に言われて……」
「は?」
「だ、だから…その、お別れ、を言いに……」
人脈と宮廷職につくための知識を得るための貴族学園ではなく、研究員として報酬を得る職員になるための薬学専門学術院に転学するということは、つまり王太子ひいては国王直属の宮廷貴族にはなれないということ。
「勝った」
「え?」
「あ、ううん……そう、その…いつ……?」
小さく溢した勝利宣言は相手には届かなかったらしく、ジェラウスに疑わしそうな目付きで見られたが、慌てて誤魔化したルイフェンはまた上目遣いで心細そうな表情を作ってみせた。
なんということか。
彼女が王太子に押し付けられた『公爵令嬢の罪滅ぼし』のための『行儀見習い』が完了すれば、ちゃんと家に戻されると思っていたのに。
低位貴族ではあったが彼女の礼儀作法は完璧だったし、今さら彼女が公爵家に行儀見習いに入る意味はないはずなのだ。
それに期間は『長期休暇中』だったはずなのに、学園が再開してもオイン子爵令嬢は相変わらずディーファン公爵家の馬車に同乗させられ、常にディーファン公爵令嬢のそばに置かれている。
そのせいで声がかけられない──
「……い……って……ル…」
「あ?」
「えっ」
思わず低い声で振り返ると、仲間がビクッと怯えたように一足下がった。
「…んだよ」
シーナや王太子の前では甘えん坊弟キャラを貫いていたルイフェン・クウェンティ・ダンビューラは、声を掛けてきたジェラウス・クーラン・クリシュアを睨みつけた。
「っあ…い、いや、その、ルイ…フェン…。その、ごめん…ディ、ディディエのこと……聞いた?」
「ああ」
ふいっと顔を逸らしたが、ジェラウスはおどおどしながらルイフェンの横に立った。
シーナたちと同じ学年の彼が二つ下の子息令嬢がいるこの教室までやってくることは珍しく、ヒソヒソとした声と視線を感じてルイフェンはスタスタと廊下を歩きだすと、何も言わないのにジェラウスは勝手についてくる。
いつだってこうだ。
シーナー・ティア・オイン子爵令嬢に目をつけたのはルイフェンの方が早かったのに、リオン王太子がさっさとその横に立った。
しかも王太子の学園内側近であるはずのディディエ・ファーケン・ムスタフやイストフ・シュラー・エビフェールクス、そして彼の兄であるベレフォン・ジュスト・ダンビューラまでが同学年だというだけでルイフェンを除け者にしてシーナの手を取ろうと競ったのである。
ズルイ、と単純に考えた。
だから自分の容姿を思いっきり生かして『可愛い弟キャラ』を作り上げて、シーナにとっての特別になろうとしたのに──
「ディディエさんがどうしたの?」
「あの……学園内側近の任を、解かれた、って……」
「え?」
思わず鼻の穴が膨らみ、口角が持ち上がる。
「は?」
「え……ンンッ…そ、そう……」
ジェラウスが目を見開いて『信じられない』という表情を浮かべたのに気が付いて素早く顔を伏せ、驚き過ぎたせいで表情筋が誤作動したという体で口元に拳を当てた。
込み上げる笑いを堪えつつ眉を顰めて困惑した感じを装い、上目遣いでジェラウスに確認する。
「任を解かれた…って……新しい学園内側近を選ぶってこと?」
「うん……そ、それが、さ……」
ルイフェンは呆然とした。
彼らと同じ学園内側近であるイストフ・シュラー・エビフェールクスは変わらずリオン王太子のそばにいるが、ルイフェンの一つ上の学年にいる年子のクルーファニー男爵子息のリオネル・ドゥーファンとリュシアン・ラオネスが学園内側近だというのである。
何故か自分が呼ばれずにいるなとは思っていたが、まさか新しい側近たちが王太子のそばにいるとは──
「なっ、何でっ……」
「何でって、ぼ、僕に言われても……」
しかもディディエは学園内側近どころか領地に帰還するようにと命じられ、貴族学園から除籍ということになっているらしい。
王宮に勤められずとも領地持ちの貴族ならば必ずしも王都の貴族学園を卒業する必要はないが、逆に言えばこの学園を卒業しなければ王宮に勤めることはおろか、王太子側近になる道すら閉ざされる。
自らその道を選んだとは思えないが──
「……ぼ、僕も……実は、その、薬学専門学術院にしょ、所属するように…って、父上に言われて……」
「は?」
「だ、だから…その、お別れ、を言いに……」
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「勝った」
「え?」
「あ、ううん……そう、その…いつ……?」
小さく溢した勝利宣言は相手には届かなかったらしく、ジェラウスに疑わしそうな目付きで見られたが、慌てて誤魔化したルイフェンはまた上目遣いで心細そうな表情を作ってみせた。
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