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中庭
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貴族学園内は、今日も静寂である。
それは自然なものではなく──ある意味腫れ物に触れないように、静かなる怒りの的とならないように、息を潜めているだけだ。
それに教師たちは溜息をつくが、授業をサボらなければ学内での貴族子息令嬢たちがどのような派閥で固まり、どのように過ごそうが関与しない。
けっして庶民が所属することのできない貴族学園は、いわゆる『小さな社交界』だ。
最悪、身体を欠損するような刃傷沙汰や殺人事件でも起こらなければ、事務職や厨房、宿舎にいる者も含めた『大人』たちが仲裁に入ることもない。
だからこそルエナが取り入ろうとする令嬢たちを振り払うこともしなければ、シーナを排除しようとする声に耳を傾けることなく放置しようと、王太子殿下が婚約者以外の令嬢を横に立たせて学園内側近を引き連れて闊歩しようと、誰も咎めないのだ。
そういった問題を自力で片付けることができなければ、正式な社交界で生き抜くことなどできるとは思ってもらえない。
つまり、この学園内で権力を持ったり、円滑に関係を持って卒業に至ることこそが、日常的に続けられる試験だとも言えるのだ。
それをルエナは失敗した──卒業前に。
そう判断されてもおかしくないのに、王室からリオン王太子とディーファン公爵令嬢の婚約解消の発表は出されない。
「……いったい、どうなっているのかしら?」
「ええ。本日もルエナさ…いえ、ディーファン公爵令嬢はいらっしゃっていませんわよね?」
「そういうならば、あのオイン子爵家の庶子上がりも…ですわ」
「そういえば辺境から来たというイェンとかいう聞いたこともない伯爵家の令嬢もですわね?」
「あら!あの小娘はイストフ様と婚約されたのではなくって?ふふっ…残念でしたわね?」
「それがいかがいたしましたの?どうせ王都の礼儀も知らない田舎貴族でしょう?次年度に入学するという話ですもの……身を以て、格の違いを教えて差し上げますわ!」
「そうしてイストフ様の婚約者の座を……ですの?でも、あの方もオイン子爵令…いえ、あの成り上がり令嬢にご執着だったのでは?」
学園内の中庭で開かれるお茶会で囀る令嬢たちは華やかだが、話している内容はなかなか上品とは言い難い。
イストフはエビフェールクス辺境侯爵家の次男であるからもちろん爵位を受け継ぐことはないが、解体された学園内側近の中で唯一リオン王太子のそばに残った者であり、将来的には王宮でも同じく側近となる事は間違いないと噂されている。
そうなればきっと断絶した侯爵位を授けられる可能性もないとは言えず、そうなれば王家預かりとなった領地が本拠地となり、辺境などという野蛮で危険な地に赴く必要もない。
それこそ彼女らの言う『野蛮な地』の者と関わることもない、まさしく『優良物件』。
今まで彼に興味がなかったはずの伯爵家や子爵家の令嬢たちが、舌鋒という名の見えない剣を振るっている間、主催であるはずの公爵令嬢は微笑もせず、何か思いに耽る様子で笑みを浮かべることもなくお茶を口に運んだ。
それは自然なものではなく──ある意味腫れ物に触れないように、静かなる怒りの的とならないように、息を潜めているだけだ。
それに教師たちは溜息をつくが、授業をサボらなければ学内での貴族子息令嬢たちがどのような派閥で固まり、どのように過ごそうが関与しない。
けっして庶民が所属することのできない貴族学園は、いわゆる『小さな社交界』だ。
最悪、身体を欠損するような刃傷沙汰や殺人事件でも起こらなければ、事務職や厨房、宿舎にいる者も含めた『大人』たちが仲裁に入ることもない。
だからこそルエナが取り入ろうとする令嬢たちを振り払うこともしなければ、シーナを排除しようとする声に耳を傾けることなく放置しようと、王太子殿下が婚約者以外の令嬢を横に立たせて学園内側近を引き連れて闊歩しようと、誰も咎めないのだ。
そういった問題を自力で片付けることができなければ、正式な社交界で生き抜くことなどできるとは思ってもらえない。
つまり、この学園内で権力を持ったり、円滑に関係を持って卒業に至ることこそが、日常的に続けられる試験だとも言えるのだ。
それをルエナは失敗した──卒業前に。
そう判断されてもおかしくないのに、王室からリオン王太子とディーファン公爵令嬢の婚約解消の発表は出されない。
「……いったい、どうなっているのかしら?」
「ええ。本日もルエナさ…いえ、ディーファン公爵令嬢はいらっしゃっていませんわよね?」
「そういうならば、あのオイン子爵家の庶子上がりも…ですわ」
「そういえば辺境から来たというイェンとかいう聞いたこともない伯爵家の令嬢もですわね?」
「あら!あの小娘はイストフ様と婚約されたのではなくって?ふふっ…残念でしたわね?」
「それがいかがいたしましたの?どうせ王都の礼儀も知らない田舎貴族でしょう?次年度に入学するという話ですもの……身を以て、格の違いを教えて差し上げますわ!」
「そうしてイストフ様の婚約者の座を……ですの?でも、あの方もオイン子爵令…いえ、あの成り上がり令嬢にご執着だったのでは?」
学園内の中庭で開かれるお茶会で囀る令嬢たちは華やかだが、話している内容はなかなか上品とは言い難い。
イストフはエビフェールクス辺境侯爵家の次男であるからもちろん爵位を受け継ぐことはないが、解体された学園内側近の中で唯一リオン王太子のそばに残った者であり、将来的には王宮でも同じく側近となる事は間違いないと噂されている。
そうなればきっと断絶した侯爵位を授けられる可能性もないとは言えず、そうなれば王家預かりとなった領地が本拠地となり、辺境などという野蛮で危険な地に赴く必要もない。
それこそ彼女らの言う『野蛮な地』の者と関わることもない、まさしく『優良物件』。
今まで彼に興味がなかったはずの伯爵家や子爵家の令嬢たちが、舌鋒という名の見えない剣を振るっている間、主催であるはずの公爵令嬢は微笑もせず、何か思いに耽る様子で笑みを浮かべることもなくお茶を口に運んだ。
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