婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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優越

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キシッと我知らずに歯を食いしばる。
その視線の先にあるのは、少し痩せすぎではあるが他家にはないプラチナブロンドを緩く巻き、一部分を括った不思議な髪型をした公爵令嬢と、赤よりも淡く輝くピンクブロンドをはしたなくも肩ぐらいの長さで切りそろえた子爵令嬢だ。
たとえ侍女として側に侍るどころか下働きとなろうとも、女たるもの髪は長く保つものである。
あのように切ってしまうのは世俗を捨てた修道女や病気で床に臥せって、他人の手を煩わせる厄介者と決まっているのだ。
「……本当に見苦しい」
「ええ、まったくでわす。我が家の使用人にも、あのような姿の者はひとりとしておりませんわ」
「さすがは気狂い公女様。側に置く者にも寛容ですこと」
ご機嫌取りの貴族令嬢たちがクスクスと嗤って追従するが、それすらも気に障る。
だが肝心の『憎悪対象』たちはこちらに気をやるわけでもなく──いや、今あの子爵令嬢が自分の方を見た気がした。

自分を、こちらを、流し見て──口元がニヤリと歪んだのをハッキリと自覚すると、手に握りこんだ繊細な薄板で作られた扇子を、思わずミシリと握りしめた。



────勝った。

シーナは緩む口元を引き締めることなく、勝利の色をたっぷりと乗せて見せつける。
いやはや文化的成熟差か教育レベルの違いか、求められている社会的礼儀のせいか、貴族令嬢たちの表立った虐めは『陰口』程度。
むしろ人目があるところで手を出すのは下賤の者、もしくは気がふれた所業と思われ、前者は鞭打ちや殴打など体罰の末に解雇や放逐、後者であれば悪魔祓いの意味も込めて修道院送りになってしまう。
だからこそシーナに対する嫌がらせはハッキリとした犯人も示されずに、勝手な憶測でルエナのせいにされてきた一面があった。
おそらくその噂を意図的に流したのは、自分とルエナが親しくしているこの状態に歯噛みしているあの面々だろう。

健康的なルエナは、絶対美しい。

前世で遊んでいたアプリゲームでは頬がこけ目がギョロリとした顔に派手派手しい化粧を施されていたが、アレは絶対、作成者が『清潔感があって薄化粧なのに美少女なヒロイン』の対比として『派手で醜悪な悪役令嬢』というテンプレ通りな容貌をさせていたに過ぎない。
おかげでファンアートでは好きに弄り放題で、『化粧を失敗して歌舞伎の隈取りみたいになったルエナ』だとか『化粧を取ったら眉無し一重で鼻ペチャ薄い唇の無表情ブサイクルエナ』だとかルネッサンス時代の結い上げた髪のてっぺんにどこぞの塔やら女神像やらを突き刺したとんでも正装姿だとか、散々な扱いをされていた。
シーナがまだ『詩音』だった頃、それこそ違法なクスリ入りのお茶を摂取させられていたルエナほどではないにしろ、実兄から受けた暴行のせいで長い間食事を取れなくなった時には、それこそゲーム内のルエナのように不健康な顔つきになってしまったのである。
みるみる痩せ細ってそのうち点滴のお世話になる羽目になろうかというところでようやく父が動き、部屋に閉じ籠ったまま不登校になってしまったひとり娘に説教しようと部屋に突撃してきた。
まさか幽鬼のような有様になっているとは思わなかった少女に絶望的な目を向けてきた時には『ようやく来たか』と思ったが、唇を歪めるぐらいしか気力が無く、莉音以外の兄たちふたりが生まれて初めて父から殴り飛ばされたことは知らなかった。

そして莉音が詩音に『フォーチュン・ワールド~運命の人を探して~』という乙女ゲームを薦めてきたのは、きっと『ヒロインのように可愛がられるのがあたり前』と詩音の記憶を上書きしたかったのかもしれないが、そううまくはいかなかった。
何せ詩音はゲームや小説、マンガを通してハマったのは誰からも愛されるヒロインではなく、大勢の令嬢を引き連れてその先頭に立つ悪役令嬢にドはまりしてしまい、きっとその気持ちの根底には「兄ではなく、姉がほしい」と逆の方向に憧れがあったのは想像に難くない。


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