婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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思惑

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邪神──排除──国交のない国──
絶対にそうだろうか?
シーナは考える。

海の向こう、まだ航海でしか行き来できないくらいすべての国々が断絶され、そしてこの国と同じように多神教に不寛容な宗教的に厳格な国ばかりなのだろうか?
いやここまで視野の狭い国なんて、よほどのことがないと存在しえないはずだ。
「………国王はともかく、宰相だとか外相とか、他国と関わり合いを持たざるを得ないような立場なら、他国の宗教や習慣、文化とかそれこそ知識……そんなものに造詣が深いと言えないまでも、触れることは可能なんじゃない?」
「ん?」
シーナの呟きに反応したのはリオンだけだが、聞き取ったのはテーブルについている全員で、それぞれ疑問形の顔つきで顎に指を添えて唇を触りながら疑問を呈した子爵令嬢に視線をやった。


それから少し経ったが──
ルエナに対する周囲の視線が変わった。
何より『婚約者であるディーファン公爵令嬢を差し置いて、王太子と親しくする子爵令嬢』という仮面を脱いだシーナの姿が、距離感がおかしかった王太子の横ではなく、仲の良い姉妹のようにルエナの側にあるのだ。
そんなふたりを「仲良くしているのは見せかけ」とか「未来の正妃と未来の愛妾が、在学中から結託している」と陰口を叩く者はまだいるが、あまり多くはない。
だいたいそんなことを言っているのは王太子及び王家の選択肢から漏れたか、端から選択基準に至ることすら叶わなかった令嬢たちばかりで、高嶺の花すぎるルエナに対して不遜な態度を取れる度胸のある令息がいなかったという証拠でもある。
無論噂のまま王家がディーファン公爵家を見限る形でルエナ嬢との婚約破棄というのが現実となれば、傷物令嬢の受け入れ先として片手を差し伸べる準備をしていた貴族家はそれなりにおり、当主の意向を受けて状況の変化を見逃すまいと目を光らせている者はいた。
「……ルエナ嬢は以前のような病鬼じみた容貌から、ディーファン公爵夫人譲りの美貌へと変化しているらしいな」
「ええ……まさかと思いましたが。ついこの間の夜会でも、王太子殿下にエスコートされて、王家側で挨拶を受けていましたね」
「さすがに完全な健康状態とは言えないようで、ダンスはされていませんでしたがね。いや、あの折れそうな首筋と鎖骨の具合はなかなか……」
「シッ……滅多なことを言わない方がよいですぞ……ほれ、現国王陛下がまだ王太子であったころ、同じような目線を王太子妃に向けた輩が……」
「そういえば爵位降格どころか、没落の憂き目にもあったのでしたな……剣呑、剣呑」
王家の者が参加しない食事会で、当主おとこたちが別室に集まってヒソヒソと情報交換を交わし、今後はどの陣営につくのが得策かと腹を探り合ったが、正しい回答に辿り着くにはまだ時間がかかりそうだった。


バシッ!
バシッ!
バシッ!

別に何かしたわけではない──ただ、目の前にいたから。
強いて言うのならば、ただ使われるだけの人間のくせに髪の艶が良すぎて、うまく取り入れば数ヶ月の愛妾扱いをされそうな顔をしていたからだ。
だからといって身の回りをする侍女たちに手を上げるわけにはいかない。
だって彼女たちは契約した雇用期間が過ぎれば自分の生家に戻り、この家で有能に勤めたという経歴を持ってどこかの貴族家に嫁いでいくのだから。
だから孤児院上がりの見目好い者を連れて来させて、気の済むまで扇で殴りつけるだけに済ませている。

自分は何と親切なのだろう。

別に王太子妃の座などいらない。
国中の富を好きにできると思い込んでルエナ嬢の代わりにあの席に座りたいと思っている令嬢は多いが、あの椅子に敷いてあるのはクッションではなく鋭い針の山だ。
チクチクとドレスの下から肌を刺し、血を流して痛みに耐えながら笑みを浮かべねばならぬというのに。
本当に美味い汁を吸えるのは王妃ないし王太子妃ではなく、その背後にいる両親や傀儡として操る『自分』以外の何者か、なのに。
だから彼女の思考を奪って絶対的に逆らえないように囲い込み、『王太子妃の話し相手コンパニオン』という名前で王宮に上がり、そこで最高の贅沢を何の責任も無しに手に入れるつもりでいたのだ。
しかしそれを横から奪おうとしていたのか、こちらが指示した以上に彼女に薬茶を飲ませてしまい、結果的に王太子や身の程知らずの子爵令嬢がルエナを強力に囲い込んでしまう悪手を招いたのである。
「……ハァッ……ハァッ……ッチ……また、壊れたわ……」
ようやく気持ちが落ち着いたところで見下ろすと、黙って打ち据えられるだけだった孤児は口から泡と涎を垂らし、耳や鼻からは赤い血を流し、そして目を反転させて四肢を痙攣させて床に伸びていた。
ピク、ピクという動きに最初は恐怖を覚えたが、今ではすっかり見慣れてしまい、まるで紙屑でも捨てるかのように護衛に始末させることにも躊躇いはなかった。


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