207 / 267
同席
しおりを挟む
だがそれを見逃してくれない者がいる──
「いいかげん、認めちゃえよ」
「……何さ」
「兄貴は兄貴。アルはアル。『男』ったって別もんだろ?真っ当な恋愛しろよ、我が妹」
「うっ…うるっさいわねっ!今は兄貴でも妹でもないんだからねっ!」
ニヤニヤと笑いながらリオンがコソコソと囁くが、遠目から見れば子爵令嬢の方に高貴な頭が寄せられているように見えないでもない。
それがまた誤解を生むかもしれないが──
「そんなわけで」
「何でしょうか?」
自分たちから少し離れて立ったままのアルベールに向かって、リオン王太子が近付くようにと合図した。
「こうやって私がルエナとシーナを独り占めしてるとね、ちょっと外聞が悪いと思わない?」
「ちょっと!」
「はぁ………?」
「だからここら辺に座っててほしいんだけど」
瞠目するアルベールが示されたのは、シーナの横、そして妹のルエナの真向かいである。
さすがに王太子と同席するのは──と遠慮するかと思いきや、アルベールは「ただちに」と浅くお辞儀をして、さっさと余分な椅子を探しに行ってしまった。
「ちょっと!ちょっとちょっと!!」
「何俺らにしか通じないギャグ言ってんのさ。いいからほら、もうちょっとそっちに移動しろって。じゃないとアルとぴったりくっつくカップルシートになるだろう?」
「バッ、バッカじゃないのっ!!」
ぐぎぃ…と喉の奥で不思議な唸り声を上げるシーナがやや乱暴めにルエナのそばに椅子をずらして、ドスンと貴族令嬢らしくない勢いで座り直すと、生粋のお嬢様はビクッと身体を硬直させた。
「あ…あの……シーナ……」
「何っ?!」
「ヒッ………」
「あっ、間違えたっ!!」
イラつきのあまり常にない勢いでルエナの声に反応したシーナは、強張るどころか目に涙まで浮かべてブルブルと震えるルエナを認識し、たちまち雰囲気を和らげる。
前世ではこんな言葉や態度で怯えるのは、自分の方だった──そして、それがどんなに恐ろしいことなのかも、同時に理解する。
「あ~…いや、あの……その……ごめんなさい」
できるだけゆっくり、怯えさせないようにとシーナは頭を下げた。
気分的にご機嫌取りというよりは、まるで怯えた猫をこれ以上刺激しないようにと用心しているようにも見える。
(……懐かしいな)
父親は家の内外一切が自分にとって心地いいようにするため、屋外で飼える大型犬を警備の意味も込めて飼育していたが、家の中で飼うような小型犬や猫、ウサギなどの小動物は禁止されていた。
その代わり手のかかる熱帯魚の大きな水槽が玄関と客を通す専用のリビングに置かれていたが、それを子供たちが触ることは許されずに専任の者が常時管理することが決まっており、凛音にとっても詩音にとっても『自分たちのペット』という感覚は持てずにいたのである。
長兄も猫より犬の方がいいと大型犬の躾などは進んでやっていたが、次兄はそもそも動物に愛護の気持ちなどなく見下して、たとえ人を噛み殺すことも可能な大型犬だろうと『家で飼っている犬だから、家族の言うことを聞くはず、むしろ聞けと躾けられている』と思い込んで酷い咬み痕と縫合痕を身体に残した。
その血なまぐさい現場を兄よりもずっと幼かった凛音と詩音はしっかりと見てしまい、ふたりとも揃って犬恐怖症になってしまった。
そんな双子の心を癒したのが、友人の家で飼われていた猫である。
成猫ではなくもうすぐ一歳を迎えるというぐらいの微妙な大きさの猫だったが、愛情いっぱいに可愛がられていたその猫はいいリハビリになった。
可愛さのあまり駆け寄った詩音から脱兎のごとく逃げ出したのを笑われ、猫への接し方を同い年の友人がレクチャーしてくれるのを真剣に聞き、自分から膝の上に乗ってくれた時はまるで油の挿していないロボットのようなぎこちなさで首をゆっくりと凛音と友人の方に向け、涙を溜めた目を見開いて思いっきり笑ったことを思い出す。
「いいかげん、認めちゃえよ」
「……何さ」
「兄貴は兄貴。アルはアル。『男』ったって別もんだろ?真っ当な恋愛しろよ、我が妹」
「うっ…うるっさいわねっ!今は兄貴でも妹でもないんだからねっ!」
ニヤニヤと笑いながらリオンがコソコソと囁くが、遠目から見れば子爵令嬢の方に高貴な頭が寄せられているように見えないでもない。
それがまた誤解を生むかもしれないが──
「そんなわけで」
「何でしょうか?」
自分たちから少し離れて立ったままのアルベールに向かって、リオン王太子が近付くようにと合図した。
「こうやって私がルエナとシーナを独り占めしてるとね、ちょっと外聞が悪いと思わない?」
「ちょっと!」
「はぁ………?」
「だからここら辺に座っててほしいんだけど」
瞠目するアルベールが示されたのは、シーナの横、そして妹のルエナの真向かいである。
さすがに王太子と同席するのは──と遠慮するかと思いきや、アルベールは「ただちに」と浅くお辞儀をして、さっさと余分な椅子を探しに行ってしまった。
「ちょっと!ちょっとちょっと!!」
「何俺らにしか通じないギャグ言ってんのさ。いいからほら、もうちょっとそっちに移動しろって。じゃないとアルとぴったりくっつくカップルシートになるだろう?」
「バッ、バッカじゃないのっ!!」
ぐぎぃ…と喉の奥で不思議な唸り声を上げるシーナがやや乱暴めにルエナのそばに椅子をずらして、ドスンと貴族令嬢らしくない勢いで座り直すと、生粋のお嬢様はビクッと身体を硬直させた。
「あ…あの……シーナ……」
「何っ?!」
「ヒッ………」
「あっ、間違えたっ!!」
イラつきのあまり常にない勢いでルエナの声に反応したシーナは、強張るどころか目に涙まで浮かべてブルブルと震えるルエナを認識し、たちまち雰囲気を和らげる。
前世ではこんな言葉や態度で怯えるのは、自分の方だった──そして、それがどんなに恐ろしいことなのかも、同時に理解する。
「あ~…いや、あの……その……ごめんなさい」
できるだけゆっくり、怯えさせないようにとシーナは頭を下げた。
気分的にご機嫌取りというよりは、まるで怯えた猫をこれ以上刺激しないようにと用心しているようにも見える。
(……懐かしいな)
父親は家の内外一切が自分にとって心地いいようにするため、屋外で飼える大型犬を警備の意味も込めて飼育していたが、家の中で飼うような小型犬や猫、ウサギなどの小動物は禁止されていた。
その代わり手のかかる熱帯魚の大きな水槽が玄関と客を通す専用のリビングに置かれていたが、それを子供たちが触ることは許されずに専任の者が常時管理することが決まっており、凛音にとっても詩音にとっても『自分たちのペット』という感覚は持てずにいたのである。
長兄も猫より犬の方がいいと大型犬の躾などは進んでやっていたが、次兄はそもそも動物に愛護の気持ちなどなく見下して、たとえ人を噛み殺すことも可能な大型犬だろうと『家で飼っている犬だから、家族の言うことを聞くはず、むしろ聞けと躾けられている』と思い込んで酷い咬み痕と縫合痕を身体に残した。
その血なまぐさい現場を兄よりもずっと幼かった凛音と詩音はしっかりと見てしまい、ふたりとも揃って犬恐怖症になってしまった。
そんな双子の心を癒したのが、友人の家で飼われていた猫である。
成猫ではなくもうすぐ一歳を迎えるというぐらいの微妙な大きさの猫だったが、愛情いっぱいに可愛がられていたその猫はいいリハビリになった。
可愛さのあまり駆け寄った詩音から脱兎のごとく逃げ出したのを笑われ、猫への接し方を同い年の友人がレクチャーしてくれるのを真剣に聞き、自分から膝の上に乗ってくれた時はまるで油の挿していないロボットのようなぎこちなさで首をゆっくりと凛音と友人の方に向け、涙を溜めた目を見開いて思いっきり笑ったことを思い出す。
0
お気に入りに追加
84
あなたにおすすめの小説

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです
灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。
それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。
その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。
この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。
フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。
それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが……
ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。
他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。


生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる