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無知・1
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実際は直接教えてもらったわけではなく、『男女の機微もわからない幼子ならば、どうせ女体の変化にも気付かないだろう』と高を括って義姉に相談していたのを、リオンが素知らぬふりで聞き耳を立てていたというわけである。
だがその悩みに対してリオンの母──当時はまだ王太子妃だった──は同情するとともに、こう提案した。
「それならば、ルーウェン伯爵領の素敵な保養地に行くといいわ!美しい湖に清らかな水が流れる川、どこまでも広がる草原と青空の下で採れたてのお野菜を食べる喜びと言ったら……」
「えぇっ?そんな……草原なんて、汚らしい虫がたくさんいるではありませんか。おまけに陽を遮る四阿もなく照らされてしまったら、肌が焼けて火ぶくれを起こしてしまいますわよ?お義姉様……お願いですから、お義姉様の玉のようなお肌に醜い火傷痕が残るような蛮行はお止めくださいまし」
「ば、蛮行なんて……」
「それに、お毒味を通さずに、採れたばかりの生の野菜など……どうぞ身体をおいといくださいませ。万が一、お義姉様が不遜な輩に毒でも盛られて儚くなってしまわれたら、このリオンだけでなく、兄もわたくしも悲しみの淵から立ち上がれなくなってしまいます……」
その時、叔母に名指しで『悲しみ予備軍』にされたリオンはその場で遊んでいたオモチャと乳母を放り出し、それこそ叔母の厭う『健康的に日焼けし、かすり傷を負った腕』をこれ見よがしに差し出しながら、にっこりと笑って庭の散策に誘った。
ちなみにその提案は大いに拒絶され、子供らしく拗ねて見せて外に連れ出すことに成功したものの、叔母は王太子宮と王城を繋ぐ王族だけが使える中庭の渡り廊下を歩くことだけをようやく受け入れたのである。
陽の光を遮り風だけを通す石造りの屋根と床を進むだけなのに日傘をいくつも用意させて徹底的に日焼けしないようにと準備し、王城へ渡った後は用無しとばかりに、エスコートのために差し出していた幼児の腕から冷たい指は離れていった。
「……あれは今思えば、血行不良から来る末端冷え性だな」
「ついでに運動も栄養も不足していたんでしょう?よく王宮侍医が無理やり栄養取らせなかったわね?」
「そこまで科学的医学的に発展してないからな、異世界は……せいぜいが『もう少しお身体に良い物をお食べください』ぐらいだよ、言えるのは」
「『良い物』って……」
「まあ端的に言えば、父上や母上が俺を授かった時に食べていた物…を指すんだと思うんだが。叔母上にとっては『王宮の厨房で作られる料理が最上。次点が夫の実家である公爵家』みたいな価値観で、採れたてを川や井戸の水で冷やしただけでかぶりつく生野菜なんて、毒以外の何物でもないって母上に向かって宣言していたね!」
「うわぁ~~~……」
その言葉にシーナもルエナも眉を顰めたが、理由はまったく違う。
シーナはもちろん前世の記憶から生野菜に含まれるビタミンやミネラルなどの栄養素が豊富に含まれていることを理解した上で生野菜を毒扱いされたことに対する怒りであり、ルエナの場合はまさしくリオンの叔母と価値観を共にすることからの生野菜という物への不信感に同調するものであった。
エリー嬢に関して言えばまず辺境の地で手に入る最上の物はすべてエビフェールクス辺境侯爵家が召し上げてしまうため、手に入る物といえば保存を目的とした加工品ばかりであり、まず『新鮮な物』といえば猟師を生業とする者が献上品以外にこっそりと手に入れた獣肉であったが、そんな物ですら口にできるのは貴族の中でも当主や後継ぎの息子ぐらいであったため、まず『生野菜』という言葉自体に馴染みがなかったのである。
「お姉様……お姉様たちはその『生野菜』という物をお食べになったことがありまして?」
そう問われてシーナやルエナだけでなく、アルベールも「え?」と問いかけ直す。
何せディーファン家の今日の朝食の席でも、当然のようにディーファン家自慢の菜園で朝に採れた生野菜は出てきたのだから。
だがその悩みに対してリオンの母──当時はまだ王太子妃だった──は同情するとともに、こう提案した。
「それならば、ルーウェン伯爵領の素敵な保養地に行くといいわ!美しい湖に清らかな水が流れる川、どこまでも広がる草原と青空の下で採れたてのお野菜を食べる喜びと言ったら……」
「えぇっ?そんな……草原なんて、汚らしい虫がたくさんいるではありませんか。おまけに陽を遮る四阿もなく照らされてしまったら、肌が焼けて火ぶくれを起こしてしまいますわよ?お義姉様……お願いですから、お義姉様の玉のようなお肌に醜い火傷痕が残るような蛮行はお止めくださいまし」
「ば、蛮行なんて……」
「それに、お毒味を通さずに、採れたばかりの生の野菜など……どうぞ身体をおいといくださいませ。万が一、お義姉様が不遜な輩に毒でも盛られて儚くなってしまわれたら、このリオンだけでなく、兄もわたくしも悲しみの淵から立ち上がれなくなってしまいます……」
その時、叔母に名指しで『悲しみ予備軍』にされたリオンはその場で遊んでいたオモチャと乳母を放り出し、それこそ叔母の厭う『健康的に日焼けし、かすり傷を負った腕』をこれ見よがしに差し出しながら、にっこりと笑って庭の散策に誘った。
ちなみにその提案は大いに拒絶され、子供らしく拗ねて見せて外に連れ出すことに成功したものの、叔母は王太子宮と王城を繋ぐ王族だけが使える中庭の渡り廊下を歩くことだけをようやく受け入れたのである。
陽の光を遮り風だけを通す石造りの屋根と床を進むだけなのに日傘をいくつも用意させて徹底的に日焼けしないようにと準備し、王城へ渡った後は用無しとばかりに、エスコートのために差し出していた幼児の腕から冷たい指は離れていった。
「……あれは今思えば、血行不良から来る末端冷え性だな」
「ついでに運動も栄養も不足していたんでしょう?よく王宮侍医が無理やり栄養取らせなかったわね?」
「そこまで科学的医学的に発展してないからな、異世界は……せいぜいが『もう少しお身体に良い物をお食べください』ぐらいだよ、言えるのは」
「『良い物』って……」
「まあ端的に言えば、父上や母上が俺を授かった時に食べていた物…を指すんだと思うんだが。叔母上にとっては『王宮の厨房で作られる料理が最上。次点が夫の実家である公爵家』みたいな価値観で、採れたてを川や井戸の水で冷やしただけでかぶりつく生野菜なんて、毒以外の何物でもないって母上に向かって宣言していたね!」
「うわぁ~~~……」
その言葉にシーナもルエナも眉を顰めたが、理由はまったく違う。
シーナはもちろん前世の記憶から生野菜に含まれるビタミンやミネラルなどの栄養素が豊富に含まれていることを理解した上で生野菜を毒扱いされたことに対する怒りであり、ルエナの場合はまさしくリオンの叔母と価値観を共にすることからの生野菜という物への不信感に同調するものであった。
エリー嬢に関して言えばまず辺境の地で手に入る最上の物はすべてエビフェールクス辺境侯爵家が召し上げてしまうため、手に入る物といえば保存を目的とした加工品ばかりであり、まず『新鮮な物』といえば猟師を生業とする者が献上品以外にこっそりと手に入れた獣肉であったが、そんな物ですら口にできるのは貴族の中でも当主や後継ぎの息子ぐらいであったため、まず『生野菜』という言葉自体に馴染みがなかったのである。
「お姉様……お姉様たちはその『生野菜』という物をお食べになったことがありまして?」
そう問われてシーナやルエナだけでなく、アルベールも「え?」と問いかけ直す。
何せディーファン家の今日の朝食の席でも、当然のようにディーファン家自慢の菜園で朝に採れた生野菜は出てきたのだから。
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