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そんな乳幼児の寝かしつけはどうするのかといえば、赤ん坊にはミルクやらおむつ替えやらを行った後は一応同室で転寝をしつつ見守り、一晩中起きなくなれば『幼児』として扱われるらしい。
幼児になれば『言い聞かせ』で済むと思っているのか「ちゃんと眠らないと立派な紳士(または淑女)になれません」と脅しつけられ、ひたすら暗い室内で決まった時間になって乳母なりカーテンを開ける専門の使用人が来るまでずっとベッドの中にいなければならないという。
「え……じゃ、じゃあ……お腹がすいたり、トイレ……いえ、その、ご不浄に起きなければならない時は……?」
「まぁ!体調がすぐれない時は室内用のご不浄壷を使いますし、必要以上に淑女が食べ物を欲しがるなど……そんなはしたないことはできませんわ……」
そう言いながら頬を染めるご令嬢ふたりを交互に見ながら、シーナはハッと気が付く。
前世では時代が遡ればやはり高貴な子供が夜中まで好き勝手に起きていることはできなかっただろうし、貧しい家の子供であれば無駄なエネルギーを費やすことはできなかっただろう。
やるとすれば野盗紛いにどこかの家の畑で野菜を黙ってもらってくるか、獣に怯えながら山や森で何かしら食べられる物を漁るしかなかったに違いない。
だが詩音として生きていた時代ではさすがに子供が夜更かしをすることにあまりいい顔をされなかったものの、問答無用で部屋の中に閉じ込められるほど悪いことをした覚えはないし、空腹で起きれば使用人がホットミルクや小さなおにぎりを作って食べさせてくれて、優しくベッドに連れ帰ってくれてからお伽噺や童謡を歌って寝かしつけてくれた。
さすがに小学生中学年にもなれば寝かしつけの歌などはなくなったが「早くお休みくださいよ」と言われながら蜂蜜入りのホットミルクなどはあの家を出るまで続き、母や凛音との三人暮らしになってからは昼夜関係のない生活となったが、朝までゲームをしていようと腹痛で何度もトイレに起きようと特に咎められはしなかった。
「じゃあ……朝まで友達とおしゃべりとか、天体観測のために夜中起きてたりとか、眠くなるまで本を読むとか……」
「えぇっ?!そ、そんなことをするのは殿方だけですわ!」
「そうですわ……シーナさん……あなた、本当に夜遅くまで……時には朝になってもずっと起きたようだとサ…いえ、侍女のひとりが報告してきましたが、淑女たるものきちんと休まねば……侍女たちも休めないですわ」
「え?」
「その……一応寝ずの者も見回りの者もおりますけど……あまり遅くまで起きていると、専属の者が休めないのですわ」
「あっ」
今いるこの世界と前世とでは比べようがないかもしれないが、少なくとも金のある伯爵家と遜色ないと言えるのではないかと思う『詩音』の時は住み込みの使用人といえどキッチリ勤務時間が決まっていて、夜中に起きている者がたまたまお世話してくれた時は『勤務時間外』として手当が支払われていた。
けれどもこの世界が詩音の知識にあったとおりであるならば、使用人たちの給金は固定給で、雇用主の良心によってボーナス的な物が金銭あるいは現物で気紛れに支給されるしかない。
今のシーナの立場はディーファン公爵家の食客とルエナ付き話し相手と貴族学園に通う学友というどう判断していいかわからない立場の人間であり、専属はいないものの各部屋を整える使用人がシーナの使う部屋を整えてくれるのだ。
彼女たちが出入りするにも部屋の主がいないことが前提条件であるし、ただでさえシーナの使わせてもらっている部屋にはあまり気軽に触ってはいけないと思わせるものが多い。
そしてこれは致し方のないことではあるが──シーナ・ティア・オイン子爵令嬢という貴族図鑑に載ったことのない養女など正体が怪しすぎて、半同室状態となった公爵令嬢の専属侍女たちが警戒して見張るのは仕方がないだろう。
幼児になれば『言い聞かせ』で済むと思っているのか「ちゃんと眠らないと立派な紳士(または淑女)になれません」と脅しつけられ、ひたすら暗い室内で決まった時間になって乳母なりカーテンを開ける専門の使用人が来るまでずっとベッドの中にいなければならないという。
「え……じゃ、じゃあ……お腹がすいたり、トイレ……いえ、その、ご不浄に起きなければならない時は……?」
「まぁ!体調がすぐれない時は室内用のご不浄壷を使いますし、必要以上に淑女が食べ物を欲しがるなど……そんなはしたないことはできませんわ……」
そう言いながら頬を染めるご令嬢ふたりを交互に見ながら、シーナはハッと気が付く。
前世では時代が遡ればやはり高貴な子供が夜中まで好き勝手に起きていることはできなかっただろうし、貧しい家の子供であれば無駄なエネルギーを費やすことはできなかっただろう。
やるとすれば野盗紛いにどこかの家の畑で野菜を黙ってもらってくるか、獣に怯えながら山や森で何かしら食べられる物を漁るしかなかったに違いない。
だが詩音として生きていた時代ではさすがに子供が夜更かしをすることにあまりいい顔をされなかったものの、問答無用で部屋の中に閉じ込められるほど悪いことをした覚えはないし、空腹で起きれば使用人がホットミルクや小さなおにぎりを作って食べさせてくれて、優しくベッドに連れ帰ってくれてからお伽噺や童謡を歌って寝かしつけてくれた。
さすがに小学生中学年にもなれば寝かしつけの歌などはなくなったが「早くお休みくださいよ」と言われながら蜂蜜入りのホットミルクなどはあの家を出るまで続き、母や凛音との三人暮らしになってからは昼夜関係のない生活となったが、朝までゲームをしていようと腹痛で何度もトイレに起きようと特に咎められはしなかった。
「じゃあ……朝まで友達とおしゃべりとか、天体観測のために夜中起きてたりとか、眠くなるまで本を読むとか……」
「えぇっ?!そ、そんなことをするのは殿方だけですわ!」
「そうですわ……シーナさん……あなた、本当に夜遅くまで……時には朝になってもずっと起きたようだとサ…いえ、侍女のひとりが報告してきましたが、淑女たるものきちんと休まねば……侍女たちも休めないですわ」
「え?」
「その……一応寝ずの者も見回りの者もおりますけど……あまり遅くまで起きていると、専属の者が休めないのですわ」
「あっ」
今いるこの世界と前世とでは比べようがないかもしれないが、少なくとも金のある伯爵家と遜色ないと言えるのではないかと思う『詩音』の時は住み込みの使用人といえどキッチリ勤務時間が決まっていて、夜中に起きている者がたまたまお世話してくれた時は『勤務時間外』として手当が支払われていた。
けれどもこの世界が詩音の知識にあったとおりであるならば、使用人たちの給金は固定給で、雇用主の良心によってボーナス的な物が金銭あるいは現物で気紛れに支給されるしかない。
今のシーナの立場はディーファン公爵家の食客とルエナ付き話し相手と貴族学園に通う学友というどう判断していいかわからない立場の人間であり、専属はいないものの各部屋を整える使用人がシーナの使う部屋を整えてくれるのだ。
彼女たちが出入りするにも部屋の主がいないことが前提条件であるし、ただでさえシーナの使わせてもらっている部屋にはあまり気軽に触ってはいけないと思わせるものが多い。
そしてこれは致し方のないことではあるが──シーナ・ティア・オイン子爵令嬢という貴族図鑑に載ったことのない養女など正体が怪しすぎて、半同室状態となった公爵令嬢の専属侍女たちが警戒して見張るのは仕方がないだろう。
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