婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

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意外

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シーナがその言葉をきっかけに、原作者が知人の子供のために作った方の原作を嬉々として話し始めた。
ところどころ記憶が曖昧でアニメバージョンや第二作目のエピソードが混じってしまったり順番が入れ替わった気もするが、それでも荒唐無稽なファンタジーはやはり幼い少女の心を掴み、しかもその話をしながらシーナが描く『話すドア』、『たまごに装飾が付いたような双子』、『襞襟の付いたお仕着せを着た白兎』、『変てこな帽子を被りティーカップを持った小さいおじさん』、『可愛らしい一軒家』、『目とニヤニヤ笑う口と尻尾だけの猫』…そのイラストが次々とスケッチブックに現れるとどんどんその距離が縮まっていく。物理的に。
「はわわ……こ、これは薔薇……滴っているのはなぜ黒なのですか?」
「ああ、これはえんぴ…違う、木炭画だから真っ黒だけど、色がついていたらこれは白薔薇なんだけど、赤いハートの女王様が『赤い薔薇を植えろ!』と言ったのね?それを間違えたから、咲いた薔薇に赤いペンキを塗って誤魔化そうとしたの」
「あ、赤いペンキ……?でもそんなことをしたら、薔薇が可哀想ですわ……」
「だよねぇ?でもその女王は『自分の言うことが聞けないものは首を刎ねてしまえ!』という暴君だったから、首を刎ねられたくないトランプの庭師は色を誤魔化そうとして……」
「ええっ!植える薔薇の色を間違えただけで首を刎ねるなんて!美しい花をそのまま愛でればいいのに……」
「あ…あははは……こ、これは作り話だからね?!お伽噺!大丈夫!本当に首を刎ねられたりしないから!」
「ほ…本当ですの……?」
日に何度も「首を刎ねよ!」と叫ぶ女王に対して「仰せのままに」と皆言うが、実際はその者を引っ立てて裏に連れて行かれ、何食わぬ顔でまた女王の行列の最後に加わるのだと説明すると、グスッと鼻を啜り始め目尻を赤くしたエルネスティーヌ嬢がパァっと顔を明るくした。
それはこっそりと聞き耳を立てているルエナ嬢も同じようで、ハーブティーの入ったカップを傾けながら目元がホッと緩むのをシーナも盗み見てそっと微笑む。
「でね……」


シーナの話に聞き入る幼い令嬢、ディーファン公爵令嬢、そしてパーラーメイドたち──彼女たちを置いて、リオン王太子、ディファン公爵子息アルベール、そしてイェン伯爵令嬢をエスコートするはずのイストフは庭へと移動した。
「知らなかった………」
ポツリとイストフが零す。
「何が?」
「あっ…いえ……」
リオンがその呟きを掬い取りさりげなく聞き返すと、イストフはハッとしたように顔を俯けた。
「言っていいよ。たぶん……君には意外だった、ということだと思うけど」
「あ…あの…は…はい……そ、の……何故か、シーナ嬢は……その…あのような物語を紡げるような令嬢…だと、は……」
「ああ、元は平民だからね。生きるのに精いっぱいな生活だっただろうけど、君が思っているよりずっと情緒豊かだし、きっと子供たちを喜ばせる話をたくさん知っているよ」
前世の詩音は、実兄から受けた鬼畜な行いのせいで世界はほぼ『自分の部屋』で完結していたが、空想の中だけでも幸せに──母も祖父も詩音がゲームだろうがアニメだろうがマンガだろうが求めるままに与え、詩音が幼い頃に読んでいた絵本を再び欲しがった時には金持ちの家柄と『大病院の院長様』という権力を使って絶版だった本を探し出したりもした。
おかげで詩音の子供系文学に関しては原語とまではいかなくとも英文で書かれたものもある程度は読め、凛音と一緒にアプリだったりテレビゲーム機で遊びゲームの根底にある『元ネタ』を探すのを趣味にもしていたし、その挿絵を真似して描き始めたために絵のレベルもアップしたのである。

そこまで説明する必要はないが、シーナ嬢を『元・平民だから作法知らずの子爵家養女』だと思い込んでいる者たちは多く、おそらくイストフもそのうちの一人だったのだろう。
確かに喜怒哀楽をストレートに表現するのはしがらみのない平民以下だというのがこの世界での常識だろうが、さすがに乙女ゲームをやりこみ、転生物の小説や漫画も読み込み、「あ、コレって例のアレね」と気付いた詩音がそんなウッカリしたことをするわけはない。
『ヒロイン』としてレールは外さず、しかしガッツリ贔屓の『悪役令嬢ルエナ』を絶対に断罪させない路線で進ませるために、敢えてそちら・・・で振舞っていたに過ぎないのだ。


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