婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
133 / 267

排除

しおりを挟む
さすがに前世でも今世でも人を殺したことはないが、リオンのためならば自分の手を汚すことも厭わない。
それは恋愛感情などでは絶対にないが凛音に対する前世から引きずる肉親愛であり、さらには激愛するルエナ嬢への侮辱に変換され、シーナは完全に頭に血が上っていた。
最初はニヤニヤとバカにした笑みを浮かべていた医師は、剣先が喉元に刺さる痛みでようやくシーナの顔を見上げ、その冷酷な光を湛えた瞳を認めて「ヒュッ」と音を立てて息を飲む。
シーナ自身は自分の顔を見ることはできないが、大の男が恐怖にガタガタと細かく身体を震えさせるのを見てわずかに自分を取り戻した。
「シオン!」
イントネーションが少しだけ違うが、かつて呼ばれた名を聞き慣れた声で呼ばれ、シーナはふっと身体から強張りが抜けた。
ふらりと揺れる腕が剣の重さに耐えきれずに自重で医師の喉元から下まで切り下げられる寸前で、後ろから腰を抱きかかえられるのとは反対の腕で支えられたが付き当てられていた皮膚がほんの表面だけ掠り、ツゥと一筋赤い線が走るのを見て、シーナはさっきまで知らずに放っていた殺気と意識を手放した。


『男が怖い』と思ったのはいつからだったろうか──怖いというよりも『気持ち悪い』という方がよりしっくりくる感覚かもしれない。
まさか産まれてすぐからではないだろうが、幼い頃から次兄にやけに身体を触れていたことはうっすらと覚えていた。
祖父と一緒に風呂に入った際に詩音が凛音の小さな胸飾りを弄ったことが、十一歳になった次兄が三歳の詩音に対してすでに性的虐待を行っていたことが露見したのである。
そこから祖父が両親に注意するように進言したにも関わらず、莉音と詩音がそれぞれ次兄に殺害され穢される結末となってしまったが、そこに至るまで悲劇は避けられなかったのだろうか。
さすがに死んだ後のことまでは知りようがないが、たった十八年という短い生の中でめったに顔を合わせることのなかった長兄からは凛音ともども疎まれていたのは知っている。
理由はわからない──歳の近い次兄のことも嫌っていたらしいから、別に双子で産まれたからというわけではなく、とにかく両親の下に産まれたことが憎悪の対象となったのかもしれない。
だからこそ詩音が幼い頃から次兄に性的虐待を受けていたことも無視されたのだろう。
「クソ兄貴め……」
暗闇の中でそう呟いたつもりだったが、目を固く瞑ったままのシーナの口から洩れたのは、微かな呻き声だけだった。
「シオン!」
力強く大きい指が自分の手を握りこんでいることを本能で悟り、逃げようとしたが身体は動かず、指先が微かにピクリと動いただけである。
「大丈夫か?……安心しろ。この部屋にあの失礼な医者はいない。シオンやイストフに対する言葉から、ひょっとしたら他の令嬢たちに対しても不適切な行動を取っていたかもしれないからな。学園の衛兵たちに引き渡して、今は王宮の文官と学園長が共に今までの業務状況を聞き取っている」
「ほか……に、も……?」
「ああ。俺は医局室に縁がなかったために知らなかったが……どうやら積極的に出入りしている令嬢もいたらしい。すでに卒業して婚姻している者もいるから、調べは慎重に行われるだろうが……彼女らに対してその貞操に関わるような事柄が判明すれば、関係者たちにそれぞれ沙汰が下されるはずだ」
「う……ん……あり、がと……」
実際シーナに対して何かされたわけではない。
それでももしイストフを運び込んだ時に、先にシーナ嬢が医局室に入ったとしたら、どんな目に遭っていたかわからない。
アルベールとしてはこれから先、少なくともルエナやシーナ嬢が無事に卒業するまでに男性から理不尽な扱いを受けるような事態はすべて排除しようと、改めて心に決めた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

処理中です...