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妄想
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だがいつまでもここにいるわけにはいかず、ベレフォンは立ち上がった。
今からでも、自分だけでも、弟を見捨てて──
だが生活力のない伯爵家次男にとって隠れる場所といえば、王都内にあるダンビューラ伯爵邸の自室しかなく、そこに帰るには馬車を動かさねばならない。
自分の足で歩いて帰るなどという発想はなく、しかもその馬車の手配すら学園内の事務職の者に言いつけていたために、どうやってその準備をしてもらうのかすら知らなかった。
だいたい王都でも領地でも、馬車も馬も父が乗りたいとひとこと言えば執事が従僕に指示を出し、乗馬服や外出着に着替え終わって玄関を出る時にはすでに出られるように準備されている。
むろん息子であってもそのやりとりは行われ、むしろ子供である分、乳母や教育係から従僕、執事、そして父への許可取りと、許可が出た後でまた執事から従僕、厩舎と教育係へのそれぞれの伝言、それから子供担当の侍女による着替えという手間がかかった。
長男は馬に興味があるということで、十歳を越えた頃から自分で愛馬を世話したり乗馬の準備を厩舎の者に習ったりしていたが、ベレフォンもルイフォンも『高貴なる伯爵家の者は、下々の者がやることに手を出す必要はない』主義だったので、そういったことを一切知ろうとはしてこなかった。
おかげでいまだに学園での乗馬授業に関しても優雅に跨るだけで、トロット以上の速駆けはできなかったが、それすらも自分の鍛錬不足ではなく『必要ではない』と勝手に判断して授業でも教師の指示を無視したのが原因である。
それが親の爵位や王太子の『虎の威を借りる行為』だとは微塵も思っておらず、自分が持っていて当然の権利とすら思っていた。
そのため意気消沈しながらも王太子に冷酷に扱われたのは、彼に対してひとことも発していないルエナ・リル・ディーファン公爵令嬢のせいだといつの間にか思い込み、さらには逆恨みしながら事務職員室がある階下へと向かった。
「クソッ……さっさとあの女が婚約破棄されれば……いったいどうやって殿下に……いや、そもそもあの王太子がバカみたいに縋りついているのか?王家の血も引かない公爵家の女なんかに騙されて……さすが、元侯爵家から嫁いできた王妃の子孫だよな……ま、まさか……公爵家の王位簒奪……?」
そうか。
そう考えれば、すべて辻褄が合う。
学園内では重要な役目を果たす実力もないのに、王太子より一歳年上というだけで王宮での側近候補に持ち上げられ、取り入ったアルベール・ラダ・ディーファン。
おそらくあの男を通じて父親であるディーファン公爵がリオン王太子を唆し、ディーファン公爵家を筆頭にしたうえで後ろ盾としてさらに力をつけ、今王座にある国王陛下を引きずり降ろそうとしているに違いない。
妄想は何故か確信へと変わって、ベレフォンはトボトボと頼りなく進めていた足を止めて目を輝かせると、自分に絶対的正義があると思い込んで、今度は目的を持って馬車の手配へと向かった。
今からでも、自分だけでも、弟を見捨てて──
だが生活力のない伯爵家次男にとって隠れる場所といえば、王都内にあるダンビューラ伯爵邸の自室しかなく、そこに帰るには馬車を動かさねばならない。
自分の足で歩いて帰るなどという発想はなく、しかもその馬車の手配すら学園内の事務職の者に言いつけていたために、どうやってその準備をしてもらうのかすら知らなかった。
だいたい王都でも領地でも、馬車も馬も父が乗りたいとひとこと言えば執事が従僕に指示を出し、乗馬服や外出着に着替え終わって玄関を出る時にはすでに出られるように準備されている。
むろん息子であってもそのやりとりは行われ、むしろ子供である分、乳母や教育係から従僕、執事、そして父への許可取りと、許可が出た後でまた執事から従僕、厩舎と教育係へのそれぞれの伝言、それから子供担当の侍女による着替えという手間がかかった。
長男は馬に興味があるということで、十歳を越えた頃から自分で愛馬を世話したり乗馬の準備を厩舎の者に習ったりしていたが、ベレフォンもルイフォンも『高貴なる伯爵家の者は、下々の者がやることに手を出す必要はない』主義だったので、そういったことを一切知ろうとはしてこなかった。
おかげでいまだに学園での乗馬授業に関しても優雅に跨るだけで、トロット以上の速駆けはできなかったが、それすらも自分の鍛錬不足ではなく『必要ではない』と勝手に判断して授業でも教師の指示を無視したのが原因である。
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そのため意気消沈しながらも王太子に冷酷に扱われたのは、彼に対してひとことも発していないルエナ・リル・ディーファン公爵令嬢のせいだといつの間にか思い込み、さらには逆恨みしながら事務職員室がある階下へと向かった。
「クソッ……さっさとあの女が婚約破棄されれば……いったいどうやって殿下に……いや、そもそもあの王太子がバカみたいに縋りついているのか?王家の血も引かない公爵家の女なんかに騙されて……さすが、元侯爵家から嫁いできた王妃の子孫だよな……ま、まさか……公爵家の王位簒奪……?」
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そう考えれば、すべて辻褄が合う。
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妄想は何故か確信へと変わって、ベレフォンはトボトボと頼りなく進めていた足を止めて目を輝かせると、自分に絶対的正義があると思い込んで、今度は目的を持って馬車の手配へと向かった。
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