婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
115 / 267

辺境

しおりを挟む
得体の知れないものにすら動じない落ち着きと、それを従える者の風格──それは単にアルベールが幼い時からリオンやシーナと接しており、ふたりの持つ前世からの記憶と『げーむ』という不思議な名前でこの国のことが知られており、しかも現在ディーファン家を中心とした『王太子からの婚約破棄と公爵家の没落』が実現しようとしていた流れを事前に知っていたからに過ぎない。
だがその事実を知らない者──イストフにしてみれば、自分が恋焦がれ関係を持とうとしていた者が異常者であるかもしれないのに、それと堂々と渡り歩くアルベールは目指すべき騎士の見本と思えたのかもしれなかった。
「アルベール様……」
まさか女性と同じような感情を持ったわけではないだろうが、明らかに憧憬の色を浮かべるイストフにこそ内心薄気味悪さを覚えながらも、アルベールはなるべく表情を変えずに声をかけてきた後輩を見下ろした。
「素晴らしいです!ぜひ、俺をあなたの下僕しもべに!ああ、俺もあなたのようになりたいのです!!」
「……うん。ファンは大事にしなよ?派閥を作るには、心酔する盲信者がいると便利よ?」
「『ふぁん』とは……?いや、それよりも盲信者はいらないんだが……」
「いやいや……やっぱりひとりでも信用できる人間がリオンを守ってくれた方が、アタシも安心だもの。それにやっぱり中にいるのも、逃げ出した奴もどうにかするのに、アルベールひとりじゃ大変じゃない。イストフの性癖……じゃなくて、幼馴染みちゃんをロリコン兄から救い出すっていう使命も、王太子の後ろ盾があれば遂げやすそうじゃない?」
「う…うむ……そう、だな……確かに……」
むろんアルベールには『ろりこん』という前世の略語の意味などよくわからなかったが、とにかくそれが『少女を十二歳も年上の男に嫁がす』ということから救うのだということはわかった。
しかしそれでも七歳違いの男も、例え幼馴染みといっても、その少女に『兄』と認識されているのではないだろうか?
「しかしその少女が特にお前に好意を抱いていなかったとしたら?もしくはたとえ年齢が離れていても少女の方が兄に焦がれているとしたら、お前はその少女を想い人から引き剥がすということにならないのか……?」
「あ……いや……うん……」
アルベールが問いかけると、イストフは困ったような嬉しそうな顔をした後、チラリとシーナの方を気不味そうに窺ってから目を伏せた。
「いや……さすがに幼女に手を出せないだろう?だがどうにも兄はそんな目であの子を見ていたらしくて。『いずれはこういうことをするんだ』と言って、その……いわゆる高級娼婦を招き入れて、目の前で……初めは意味がわからなかったらしいんだが、さすがにね……『兄が怖い』と手紙を寄こしてきたのが、つい去年なんだ」
「はぁ?!」
まさしくシーナが嫌悪するタイプの男だと聞いて、たちまちその顔に怒りが浮かぶ。


イストフと兄が伯爵令嬢のその少女に会ったのは、『幼女』どころか生まれたての赤ん坊の頃であった。
イストフが七歳であったから、当然兄は十二歳。
前世でいえば中学生だ。
早い子ならば男でも女でも『性の目覚め』を自覚するが、イストフの故郷である辺境侯爵領では四年後にはすでに婚姻できるということで、性教育はどこよりも早く施されている。
それは間違っても未成年の内に間違いを犯して、王家から『早すぎる婚姻に伴う若年者の間違った出産は感心しない』と領地経営に口を出されることを好まないというのが建て前だ。
実際は──『早くから子を持ち、婚姻可能となったらさっさと家族になって税金を納められる状態になれ』ということらしい。
だからといって子も生せないような赤ん坊をすぐさま『花嫁』とするなど、たとえ早婚奨励の辺境侯爵領ですら鬼畜の所業だ。
それなのに彼女がエビフェールクス侯爵家嫡男の婚約者に選ばれたのは、何故か侯爵領邸のある都ではふさわしい身分の令嬢がなかなか生まれず、その赤ん坊が久しぶりの女児だったためである。
「……実際、血の繋がりが濃すぎて領内での出生率も落ちていたんだ。他の貴族は王都での社交で得た縁を頼って婚姻できたが、それだと王国の法によって十八歳以上でないと婚姻できない。だから父上は『ジャビウ王国の血統を守る』という建前で、領内で生まれ育った貴族家との婚姻しか認めていないんだ」
だからこそ、生まれたての赤ん坊なんかを十二歳の少年の婚約者に据えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...