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沈静
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その雫は止まることなくいつしか頬を流れる筋は顎から滴り、ついにカップを置いたルエナは両手で涙が止まらない目を拭い、成人間近の令嬢とは思えないほどの激しさで泣きじゃくった。
「もっ…もうしわけっ……うぅっ…うあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!」
「うん……うん……大丈夫……君が僕に言えないことがあるように、僕だって君に言えていないことがある。それがダメなんじゃないよ。そうじゃなくて、頑張りすぎて視野が狭くなって、他人が言うことをちゃんと自分で考えたりもっと別の意見がないかと掬い上げて篩にかける術を身につけたり、そのために信頼できる人を側に置くことをしたり……でも、君にはそれをできる環境が、違うな……君がそうさせないための環境ができてしまった。それを周りの大人たちが、君のご両親が気付けなかった。それは彼らの失態であって、拒否できる道すら塞がれてしまった君のせいじゃないよ。だから今の『ごめん』は泣き過ぎて、ローズティーとキッシュとカナッペと甘すぎないクッキーとケーキと……えぇと……とにかく僕が作った料理がおいしく食べられなくてごめんなさ~いって意味で受け取るよ!」
「……は?」
リオンが言ったことの中で一番あり得ない言葉に、ルエナが顔を隠すのも忘れていつの間にか隣に座った婚約者の顔をまじまじと凝視した。
「え……で、でんか……が、おりょ……り……」
子爵家や男爵ぐらいの令息や令嬢が奉公に上がるとしても、厨房や洗濯などで働くことはほぼ無いため、料理ができないという者も多く、侯爵家以上であれば自分が食べる肉をカットするためのナイフを扱うことすらおぼつかない者もいる。
ただし軍事についている者であればどんな高位貴族であっても料理当番は回ってくるために心得はあるかもしれないが、さすがに成人前の王太子にそのような経験があるとは考えにくい。
ディーファン家では兄であるアルベールどころか父ですら家の厨房に入って料理をしたこともないし、たとえ公爵邸で晩餐会などが開かれたとしても、その料理を作ったり取り分けたりするのは厨房の者や給仕たちの仕事である。
リオンの言ったことにルエナが混乱した表情を浮かべると、まだ涙で濡れている頬をハンカチで拭いながら、その理由を話し始めた。
「僕は幼い頃から王宮の料理人の食事を受け付けなかったんだ。保存のなっていない臭さの残る肉を調理するためにごってり濃い匂いと味付けをされた料理や、鮮度の落ちた野菜たちを誤魔化すために蒸してバターやクリームを乗せた上に、味付けには塩をかけるような……さらにその塩辛さを我慢して食べるために用意された砂糖をたっぷり入れたお茶やジュースとかね」
「じゅ…じゅーす?とは……な、なんです、かっ……」
淑女らしくなく鼻水が垂れそうになって、ルエナは慌てて顔下半分を手で覆うとしたが、それより先駆けてリオンはルエナの涙を拭いたハンカチをそのままその手の中に押し込める。
「それを使ってくれていいよ。後で誰かが綺麗にしてくれるから……ジュースというのは……えぇと……あ!と、遠い国の言葉でね!果実水のことをそう呼ぶのだよ!」
「ま……あ……わたくしも王太子妃教育のひとつとして近隣諸国での外交業務に必要ということでいろいろな言語を学びましたが……殿下は、もっと博識ですのね!」
まるで幼子のように好奇心と尊敬のまなざしを向けられ、リオンは思わずこう思った。
(尊し!リアルルエナ!!涙で目と鼻は真っ赤だが!そのリアルさが!また!スチルには絶対ない表情で!異世界転生万歳!!!!!!)
「もっ…もうしわけっ……うぅっ…うあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!」
「うん……うん……大丈夫……君が僕に言えないことがあるように、僕だって君に言えていないことがある。それがダメなんじゃないよ。そうじゃなくて、頑張りすぎて視野が狭くなって、他人が言うことをちゃんと自分で考えたりもっと別の意見がないかと掬い上げて篩にかける術を身につけたり、そのために信頼できる人を側に置くことをしたり……でも、君にはそれをできる環境が、違うな……君がそうさせないための環境ができてしまった。それを周りの大人たちが、君のご両親が気付けなかった。それは彼らの失態であって、拒否できる道すら塞がれてしまった君のせいじゃないよ。だから今の『ごめん』は泣き過ぎて、ローズティーとキッシュとカナッペと甘すぎないクッキーとケーキと……えぇと……とにかく僕が作った料理がおいしく食べられなくてごめんなさ~いって意味で受け取るよ!」
「……は?」
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「え……で、でんか……が、おりょ……り……」
子爵家や男爵ぐらいの令息や令嬢が奉公に上がるとしても、厨房や洗濯などで働くことはほぼ無いため、料理ができないという者も多く、侯爵家以上であれば自分が食べる肉をカットするためのナイフを扱うことすらおぼつかない者もいる。
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リオンの言ったことにルエナが混乱した表情を浮かべると、まだ涙で濡れている頬をハンカチで拭いながら、その理由を話し始めた。
「僕は幼い頃から王宮の料理人の食事を受け付けなかったんだ。保存のなっていない臭さの残る肉を調理するためにごってり濃い匂いと味付けをされた料理や、鮮度の落ちた野菜たちを誤魔化すために蒸してバターやクリームを乗せた上に、味付けには塩をかけるような……さらにその塩辛さを我慢して食べるために用意された砂糖をたっぷり入れたお茶やジュースとかね」
「じゅ…じゅーす?とは……な、なんです、かっ……」
淑女らしくなく鼻水が垂れそうになって、ルエナは慌てて顔下半分を手で覆うとしたが、それより先駆けてリオンはルエナの涙を拭いたハンカチをそのままその手の中に押し込める。
「それを使ってくれていいよ。後で誰かが綺麗にしてくれるから……ジュースというのは……えぇと……あ!と、遠い国の言葉でね!果実水のことをそう呼ぶのだよ!」
「ま……あ……わたくしも王太子妃教育のひとつとして近隣諸国での外交業務に必要ということでいろいろな言語を学びましたが……殿下は、もっと博識ですのね!」
まるで幼子のように好奇心と尊敬のまなざしを向けられ、リオンは思わずこう思った。
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