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健康
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物語でよくある『遅くにできた甘やかされた王子様』──たったひとりその身に負わされる期待と持ち上げと傀儡化したい大人たちの思惑で作られるのは、いつだって『愚かなハリボテ王子様』
「には、ならなかったと」
「おう!まだ記憶覚醒はしていなかったが、何故か王宮厨房の料理をめちゃくちゃ嫌がったせいで、祖父様の命令で海辺の別荘へやられたんだ。おかげで俺を懐柔しようとしていた貴族様たちはガッカリさ!」
祖父──先代王がまだ玉座にあった時、王太子のたったひとりの息子が蒸し野菜に塩をかけたのだとか、ただ焼いただけの鶏肉に塩をかけたのだけしか食べないと聞きつけ、「貧しい料理が好きならば、貧しい者たちと共に食べよ!」と怒ったらしい。
しかしその命令に対して王太子夫妻は嬉々として従い、やっと授かった息子を王宮に勤める貴族たちから遠ざけつつ健康的な生活へと身を置かせた。
「そこには王家の者たちを派遣するわけにはいかないと、祖父様がこれまた我儘を通しやがってね」
「アハハ!『我儘王子様』は先代王だったわけ?!王様の不妊症もビックリ裏設定だけど、それもまた」
「……そう言えば、母上が『高貴な身分の方がいらっしゃるから、少し実家に戻りますね!』と宣言して、毎年数ヶ月は王都の家を出ていたな……てっきり領地に帰ってあちらの家をまとめていたと思っていたが、もしかして……?」
アルベールがヒクリと頬を引き攣らせたが、リオンがまたしても頭を盾に動かす。
「うん。夫人には特にお目にかかったわけではないが、別荘に野菜を届けてくれる農家の者たちが喜んでいたね。『緑のお嬢様が帰ってきてくれたおかげで、栄養のある素晴らしい野菜を王家に納められる』ってね」
どうやら野菜の生育のために母は自分の実家に戻り、それぞれの農家を回っていたらしい。
だが頑なに彼女は王家の別荘に立ち寄ることはせず、リオンが採れたてのキュウリやトマトが運ばれてくるのを裏門で待ち構え、その場で手渡された野菜たちを両手に井戸で洗ってそのままかぶりつくという話を笑って聞いていたというのを、リオンは少し大きくなってから教えてもらった。
「『緑のお嬢様に会いたい』って言ったんだけどね。母上の家から派遣された兵や家庭教師たちも説得してくれたんだけど、『王太子夫妻が貴族に会わせたくないとおっしゃるので』と何度も断られて……村へ遊びに行った時に偶然畑仕事をしているのに会って、『こんにちは、若様』って挨拶してもらったぐらいかな?」
「は…母上……が……畑……」
アルベールは呆然とした。
それはそうだろう──物心つく前から綺麗なドレスを着た母が庭で剪定や花を摘むのを見ていたが、草取りや土を耕すという姿を見たことはないのだから。
だいたい畑仕事は男の仕事と相場が──
「いや?決まってないよ?というか、逆に男たちは酪農で牛や豚、馬の世話をして、妻たちが畑の世話をして老人たちが手伝う……っていうのが田舎では一般的じゃないか?」
「まぁ、そうよね。よほど大きい石でも掘り出さなきゃいけないとかでもない限り、男手だけで農村が回るわけないわ」
裕福で雇い人が何人もいるような豪農ならともかく、『働ける者は働く』というのが農家の基本だろう。
シーナもそれが普通と思っているのか、うんうんと頷いた。
「フルール様って、けっこう早起きよ?貴族のご夫人にしては珍しく朝寝坊をしない方。たぶんアルが身支度する前に起き出して庭を見回って手入れして、それから朝食を取られるの。知らないでしょう?」
「……ああ」
知らなかった。
あのディーファン家屋敷の美しい庭が、母の手で直接管理されているということなど。
「には、ならなかったと」
「おう!まだ記憶覚醒はしていなかったが、何故か王宮厨房の料理をめちゃくちゃ嫌がったせいで、祖父様の命令で海辺の別荘へやられたんだ。おかげで俺を懐柔しようとしていた貴族様たちはガッカリさ!」
祖父──先代王がまだ玉座にあった時、王太子のたったひとりの息子が蒸し野菜に塩をかけたのだとか、ただ焼いただけの鶏肉に塩をかけたのだけしか食べないと聞きつけ、「貧しい料理が好きならば、貧しい者たちと共に食べよ!」と怒ったらしい。
しかしその命令に対して王太子夫妻は嬉々として従い、やっと授かった息子を王宮に勤める貴族たちから遠ざけつつ健康的な生活へと身を置かせた。
「そこには王家の者たちを派遣するわけにはいかないと、祖父様がこれまた我儘を通しやがってね」
「アハハ!『我儘王子様』は先代王だったわけ?!王様の不妊症もビックリ裏設定だけど、それもまた」
「……そう言えば、母上が『高貴な身分の方がいらっしゃるから、少し実家に戻りますね!』と宣言して、毎年数ヶ月は王都の家を出ていたな……てっきり領地に帰ってあちらの家をまとめていたと思っていたが、もしかして……?」
アルベールがヒクリと頬を引き攣らせたが、リオンがまたしても頭を盾に動かす。
「うん。夫人には特にお目にかかったわけではないが、別荘に野菜を届けてくれる農家の者たちが喜んでいたね。『緑のお嬢様が帰ってきてくれたおかげで、栄養のある素晴らしい野菜を王家に納められる』ってね」
どうやら野菜の生育のために母は自分の実家に戻り、それぞれの農家を回っていたらしい。
だが頑なに彼女は王家の別荘に立ち寄ることはせず、リオンが採れたてのキュウリやトマトが運ばれてくるのを裏門で待ち構え、その場で手渡された野菜たちを両手に井戸で洗ってそのままかぶりつくという話を笑って聞いていたというのを、リオンは少し大きくなってから教えてもらった。
「『緑のお嬢様に会いたい』って言ったんだけどね。母上の家から派遣された兵や家庭教師たちも説得してくれたんだけど、『王太子夫妻が貴族に会わせたくないとおっしゃるので』と何度も断られて……村へ遊びに行った時に偶然畑仕事をしているのに会って、『こんにちは、若様』って挨拶してもらったぐらいかな?」
「は…母上……が……畑……」
アルベールは呆然とした。
それはそうだろう──物心つく前から綺麗なドレスを着た母が庭で剪定や花を摘むのを見ていたが、草取りや土を耕すという姿を見たことはないのだから。
だいたい畑仕事は男の仕事と相場が──
「いや?決まってないよ?というか、逆に男たちは酪農で牛や豚、馬の世話をして、妻たちが畑の世話をして老人たちが手伝う……っていうのが田舎では一般的じゃないか?」
「まぁ、そうよね。よほど大きい石でも掘り出さなきゃいけないとかでもない限り、男手だけで農村が回るわけないわ」
裕福で雇い人が何人もいるような豪農ならともかく、『働ける者は働く』というのが農家の基本だろう。
シーナもそれが普通と思っているのか、うんうんと頷いた。
「フルール様って、けっこう早起きよ?貴族のご夫人にしては珍しく朝寝坊をしない方。たぶんアルが身支度する前に起き出して庭を見回って手入れして、それから朝食を取られるの。知らないでしょう?」
「……ああ」
知らなかった。
あのディーファン家屋敷の美しい庭が、母の手で直接管理されているということなど。
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