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至福
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父自身に貴族的な思惑もなかったとは言えないが、たぶんディーファン家公爵当主としては普通の貴族よりも王家に癒着するつもりなどさらさらなく、他の侯爵以下よりも権力に対する気持ちは薄かっただろう。
何せそんなものに頼らずとも妻の方がエミリエンヌ元第一王女を通じて王家への覚えがめでたく、ディーファン一族の気質もあって権力争いで神経をすり減らすより、宰相の側であまり忙しくなく、領地もしっかり看られればいいというぐらいの人だったからだ。
それでもたいして暇ではないのだが、『適材適所』という効率を求めて人をその箇所に当てはめることが好きで、逆にそれにのめり込んでしまったがために息子にも良い席を与えられたぐらいにしか思っていなかった。
しかしディーファン公爵が考えていたよりもリオン王子はアルベールに懐き、逆に他の友人を得ずに同年代の子供たちとは少し距離を置き、必要以上に親しくなろうとはしなかった。
複数の友人というか将来の側近候補が王子の側に集まるのが好ましいのに、一体なぜかと周りの大人は不思議がるばかりだったが──原因はルエナの肖像画を描くために対面したシーナと、そのラフスケッチを見たリオン王子がそれぞれ前世の記憶を取り戻したことにある。
ふたりは子供らしからぬ用心さで断罪されるルエナを始めとしたディーファン公爵家救済のために、側近候補である子供たちを近付けることを避けるように画策し、そして妹が何より大切だというアルベールを巻き込んで自分たちの秘密を打ち明けることで結束を強めてきた。
結果──
アルベールの目には少年には見えるが絶対違うと本能が騒がしく警告したその少女が、今は本来の髪色を取り戻し、あまり裕福ではない子爵家でかけられるだけ頑張って着飾らせた可愛らしい姿のまま、自分の膝の上で眠っている。
動くに動けないが、こういう時両親はいったいどうしているのだろうと、にやけそうになる頬を引き締めるのに精いっぱいだった。
「うっ…わっ!」
ガタンッと酷く馬車が跳ね、振りをするだけだったはずなのにしっかり寝ていたリオンと、シーナが膝から落ちそうに身動ぎしたのに慌てていたアルベールは同時に声を上げた。
その衝撃にシーナの身体も跳ねて膝から滑って仰向けに床に落ちそうになったところを、アルベールが思わず抱きしめるような姿勢で受け止める。
しかもその逞しい腕にシーナが縋るように抱きつき、リオンも姿勢を崩しつつニマニマと見ているが、ぐらりと傾いだ馬車が安定を取り戻すまでは赤面しつつもふたりともどうにもすることはできない。
それを見ながらリオンは笑いながら、わざと恨めしそうな口調で文句をつける。
「あーあ。いいなぁ。うらやましいなぁ。俺なんて、まだルエナ嬢の横に座らせてもらったことすらないのになぁ。小さい時から『間違いがあってはいけません』とか言われてさぁ。十歳で『間違い起こす』って、どんな早熟だよなぁ?」
「うっ、うっさいわね!知らないわよ、そんなこと!どーせ閨教育とやらで、もう初体験だって済ませてるから心配されてたんでしょ?!」
「いや閨教育って……どこのエロノベだよ……十歳の子供なんて、よほど早熟でなきゃ、精通もまだだろうが……」
「ああ、そうだっけ。忘れてたわ~」
前世での保健体育授業の記憶があるリオンとシーナは平気な顔で言葉を交わしていたが、女性とそういう話をすることは常識外であるアルベールは赤くなったままガチガチに固まり、動けなくなってしまっていた。
何せそんなものに頼らずとも妻の方がエミリエンヌ元第一王女を通じて王家への覚えがめでたく、ディーファン一族の気質もあって権力争いで神経をすり減らすより、宰相の側であまり忙しくなく、領地もしっかり看られればいいというぐらいの人だったからだ。
それでもたいして暇ではないのだが、『適材適所』という効率を求めて人をその箇所に当てはめることが好きで、逆にそれにのめり込んでしまったがために息子にも良い席を与えられたぐらいにしか思っていなかった。
しかしディーファン公爵が考えていたよりもリオン王子はアルベールに懐き、逆に他の友人を得ずに同年代の子供たちとは少し距離を置き、必要以上に親しくなろうとはしなかった。
複数の友人というか将来の側近候補が王子の側に集まるのが好ましいのに、一体なぜかと周りの大人は不思議がるばかりだったが──原因はルエナの肖像画を描くために対面したシーナと、そのラフスケッチを見たリオン王子がそれぞれ前世の記憶を取り戻したことにある。
ふたりは子供らしからぬ用心さで断罪されるルエナを始めとしたディーファン公爵家救済のために、側近候補である子供たちを近付けることを避けるように画策し、そして妹が何より大切だというアルベールを巻き込んで自分たちの秘密を打ち明けることで結束を強めてきた。
結果──
アルベールの目には少年には見えるが絶対違うと本能が騒がしく警告したその少女が、今は本来の髪色を取り戻し、あまり裕福ではない子爵家でかけられるだけ頑張って着飾らせた可愛らしい姿のまま、自分の膝の上で眠っている。
動くに動けないが、こういう時両親はいったいどうしているのだろうと、にやけそうになる頬を引き締めるのに精いっぱいだった。
「うっ…わっ!」
ガタンッと酷く馬車が跳ね、振りをするだけだったはずなのにしっかり寝ていたリオンと、シーナが膝から落ちそうに身動ぎしたのに慌てていたアルベールは同時に声を上げた。
その衝撃にシーナの身体も跳ねて膝から滑って仰向けに床に落ちそうになったところを、アルベールが思わず抱きしめるような姿勢で受け止める。
しかもその逞しい腕にシーナが縋るように抱きつき、リオンも姿勢を崩しつつニマニマと見ているが、ぐらりと傾いだ馬車が安定を取り戻すまでは赤面しつつもふたりともどうにもすることはできない。
それを見ながらリオンは笑いながら、わざと恨めしそうな口調で文句をつける。
「あーあ。いいなぁ。うらやましいなぁ。俺なんて、まだルエナ嬢の横に座らせてもらったことすらないのになぁ。小さい時から『間違いがあってはいけません』とか言われてさぁ。十歳で『間違い起こす』って、どんな早熟だよなぁ?」
「うっ、うっさいわね!知らないわよ、そんなこと!どーせ閨教育とやらで、もう初体験だって済ませてるから心配されてたんでしょ?!」
「いや閨教育って……どこのエロノベだよ……十歳の子供なんて、よほど早熟でなきゃ、精通もまだだろうが……」
「ああ、そうだっけ。忘れてたわ~」
前世での保健体育授業の記憶があるリオンとシーナは平気な顔で言葉を交わしていたが、女性とそういう話をすることは常識外であるアルベールは赤くなったままガチガチに固まり、動けなくなってしまっていた。
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