婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん!

行枝ローザ

文字の大きさ
上 下
72 / 267

疑惑

しおりを挟む
しかし物事の展開というのは、思いもよらない時に展開するもので──
「あっ、あのっ……シ、シ、シーナ……じょ……」
同じ学園にいるとはいえさすがに四六時中リオンと一緒にいるわけではなく、ひとりでシーナが歩いていると、モゴモゴと後ろから呼びかけられた。
おそらく『嬢』と敬称をつけたはずだろうが、わざとなのかそこからさらにボリュームを落してきたせいで、シーナの耳には自分の名前が──記憶が蘇ってから半分ぐらいは『シオン』という偽名で呼んでもらっていたせいで実感が薄いのだが──呼び捨てにされたように聞こえ、その礼儀知らずの顔を見てやろうと振り返る。
「……やっぱり」
「え?……あっ、あのっ……」
そこにいたのは警護対象を警護せずに、ひっそりと物陰に佇むモッサリとした男子生徒であった。

攻略対象の一人──クリシュア伯爵の第二令息であるジェラウス・クーラン。
彼は体力がなくて腕力などでリオン王太子を警護することは難しい代わり、その博識さのために文官的な意味での側近なのだが、根暗で研究バカで興味がないことはすべてスルーする要らないスキルを持っているくせに、『興味対象』となったシーナ・ティア・オイン子爵令嬢に対しては執着がひどい。
そいつがニヤニヤとしか表現のしようのない笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
「……何か御用かしら?クリシュア伯爵令息様?」
「そ、そ、そんなた、他人行儀…な……」
「いえ、だってリオン王太子殿下に紹介はされましたが、正式にご挨拶いただいていないのですから、お名前を呼ぶわけにはいきませんでしょう?」
言ってしまえば雨で濡れそぼった大型犬のような可愛らしさがあるかもしれないが、生憎とシーナはもっと堂々とした姿勢と態度の男の方が好みなので、自分の弱さを前面に出したような男は興味の範疇外である。
そこが彼とは相容れないのだがあちらは『ヒロイン』という修正力が掛かっているのか、一瞥もくれていないはずのピンクブロンドふわふわの子爵令嬢を恋愛対象として見て、いつもモジモジと王太子や側近たちのさらに後ろから様子を伺うだけだった。
「そ、そ、そ、そんな………」
「それはまあどうでもいいですけど」
「どう、どう、どう……」
「何か御用かしら?とお聞きしましたの。申し訳ありませんが、化粧室に忘れ物をしたので早く取りに行きたいのですが」
意訳すれば「早くトイレに行きたいので邪魔しないでいただける?オホホ」なのだが、相手には解ってもらえるだろうか?
わかってもらえていないだろうな──そう確信したのは、一歩下がったシーナの手を思いがけない素早さと強さで掴み、長い前髪の下から鋭く舐めるようにシーナを見つめたためである。
「……で、で、で、殿下にな、な、な…何を……の、の、飲ま……」
「え?薬草入りの栄養スープですけど?それが何か?」
「え…えい…えいよ……?」
「ええ。あなたもいろいろ研究なさっているって聞いてますけど。わたくしはわたくしで、ルエナ様と仲良くなるために、あの方がもっと美しくなるための素敵な料理を考えてますの。王太子殿下にはその味見役になっていただいているだけですわ」
うふっと可愛らしく頭を傾げてみせたが、あり得ない説明にジェラウスは思わず手を緩めた。
本当ならばシーナがランチを装って何か毒を盛ったのではないかと詰め寄り、言質を取ったら「大衆の面前で暴露されたくなければ…」と脅して王太子から彼女を奪うつもりだったのに──彼女は自信満々で否定する。
「そ、そ、そ、そんな…はず……は……」
「そんなはず?どうして?現に王太子殿下はピンピンしている……どころか、けっこう調子が良くなっていると思いますわよ?何でしたら、王太子殿下の血液検査でもなさってみては?というかお望みなら、王太子殿下にあの水筒を預けましたから、そのままお持ちになって研究なされば?」
呆然として動けなくなった伯爵令息からさらに距離を取り、シーナはひらりと身を翻してさっさと行きたかった方面へ足を運びながら言い捨てた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...